睨み付ける波の先に何かが一瞬、浮かび上がった。
それは、荒れ狂う波に翻弄されながらも、2度、3度と浮き沈みを繰り返している。
ボクは慌てて暗闇に目を凝らす。
?!
人?!人間・ ・ ・?!
打ちつける雨のせいではっきりとは確認出来ないけれど、あれは人間だ。
驚くのと、海へ飛び込むのとは、ほぼ同時だった。
大した距離じゃない、はずだった。
けれど、ボクは既に普段より確かに衰弱していた。
何しろ嵐の中で無防備に立っていたのだから。
そんな身体で飛び込んでしまった。
当然のようにボクの身体は嵐の海にもみくちゃにされ、
ボクは自分の思うように手足を動かすことすら出来ずに、
それでもなんとか目標物に近付こうと、必死のあがきを続けた。
したたか波に打ちつけられながらも、ボクは奇跡的に目標物に辿り着いた。
夢中で手に触れたものを引っ掴み、岸を、どこか辿りつける場所を探す。
一人でもまともに泳げなかった。
人を引っ張って泳ぐなんて、とても無理だ・ ・ ・
氷のように冷たい海水に体温を奪われ、思考さえ途切れかける。
とにかく、なんとかして岸まで・ ・ ・
薄れかける意識の中で、そのことだけを祈るように考え続けた。
奇跡。
そう呼ぶにふさわしいとさえ思えた。
岸に辿りついた。−−−−−いや、打ち上げられたという方が
この場合は正しいのかもしれない。
ボクの手には確かに洋服の一部が握りしめられていて、
ボク達はほとんど重なり合うようにして砂浜に倒れていた。
ホッとしている暇はなかった。
慌てて脈を調べてみる。
ひどくゆっくりだけど、たしかに脈はある。
生きてる・ ・ ・
そう思ったのもつかの間。
息?! 呼吸、してない!!
口や鼻に手をかざしても、その息遣いが伝わっては来ない。
無我夢中で鼻をつまみ口から息を吹き込もうとして、一瞬、躊躇する。
オンナ・ ・ ・のコ?!
かたく閉ざされた瞳。うっすらと開けられた口元。長い金色の髪・ ・ ・
はっきりとはわからないけど、たぶん、ボクとそう年の違わない・ ・ ・
けれど、その次の瞬間、ボクはその口元を覆い息を吹き込んでいた。
生きて!!
ただ、一心にそう念じながら。
何度か息を吹き込むのを繰り返すうち、
グッ!!ゲホッ・ ・ ・ゴホッ・ ・ ・
彼女の表情が苦痛に歪み、海水を吐き出すと同時に、激しく咳き込んだ。
吐しゃ物をのどに詰まらせないように慌てて体を横向けにしながら、背中をさする。
まもなく咳は収まり、ようやく弱々しいけれど整った息遣いが
感じられるようになった。
不意に彼女はゆっくりと重い瞼を開いた。
青い・ ・ ・南国の海のような澄んだ色の瞳は、力なくボンヤリとボクを捉え、
すぐにまた、堅く閉ざされた。
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