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「な?よっく聞こえるべ?」
「俺と拓哉兄貴はあんな大声で喋ったりしない」
「なぁ、もういいべ?別によぉ、ちょっとぐれぇ声聞こえたとしてもよ、兄弟なんだしよぉ」
「兄弟でもプライバシーは尊重されるべきだ」
「かも知んねぇけどよぉ・・・・」
「まーくんだって嫌でしょ?拓哉兄貴とかとさ内緒話とかしてて、それ、俺とかに聞かれ
たりだとかしてたとしたら、嫌でしょ?」
「・・・・・ぅ」
理詰めで来やがんだよな、こいつ・・・・・
「今日、幼稚園であった事とかさ、この際、ちょっとぐらいだったら俺の噂話でもいいよ」
・・・・・本人に聞かれて平気な噂話ってどんなんだよ?
「ほら、早く行って!!あんまりぐずぐずしてると拓哉兄貴が迎えに来ちゃうよ。まーくん、
寝かさなきゃって」
「・・・・・・うぅ・・・」
「唸らない」
「・・・・・・うぅ・・・」
「まーくん」
厳かに。吾郎に名前を呼ばれてぴくり、と肩が痙攣した。
「早く行きな」
有無を言わせないこの言い方は拓哉兄貴のとおんなじだ、とか思いながら。
渋々、吾郎の部屋を出て、隣の剛の部屋をノックする。
「あれ?まーくんじゃない?何?どうしたの?こんな時間に珍しいね」
そう。
俺が剛の部屋に来る、なんて非日常的な事をやって疑われない方がおかしいんだよな、
そもそも。
「・・・・うん」
「何?何か用?」
「え?あ、あの、な・・・・・」
会話しろっつわれたって・・・・・
「吾郎ってオンナ好きだよなぁ・・・・」
適当に、っつわれたってなぁんにも浮かばねくて。
しょうがなしに唐突過ぎる事は百も承知でそんなセリフ吐いたら。
「え?何、いきなり」
とか、剛はちょっと驚いたように笑って。
「吾郎さんさ、寂しいんだよね、きっと」
って。
それからすぐ、剛は元々そんなにデカくねぇ目をもっと細めて、ほんの少しだけ自分も
寂しそうな顔をした。
「吾郎さんがね、一番、お母さん子だったの。お母さん子って分かる?お母さんが特別に
大好きで、いつも、何よりもお母さんが最優先って感じの」
「マザコン?」
「まーくん・・・」
俺のセリフに剛は苦笑して。
「とにかくさ、大好きだったんだよ。でね、吾郎さんはいっつも、その自分の大好きって
気持ちを凄く素直にお母さんに見せてたからさ、お母さんも凄い吾郎さんの事、可愛がっててね。
ほら、人間って誰でもそうだけど自分が好かれてるって思ったら嬉しいでしょ?だからさ、
お母さんは凄く吾郎さんの事可愛がってて、吾郎さんはいつも凄くお母さんに甘えてた」
・・・・・ま、簡単に想像はつくわな、実際には俺の記憶ん中にはそんな風に甘える吾郎を
見た事はねぇけど。
っつーか・・・・
俺ん中に母親の記憶っつーの、そのものがほとんどねぇんだから当たり前なんだけどな。
「今はね、割りと仲いいけどさ、昔は吾郎さんと拓哉兄貴はあんまり仲良くなかったんだよ」
「へ?」
突然、また、剛は突拍子もねぇ話、始めやがるし。
「そうやって吾郎さんが甘えるじゃない?そうすると必然的に拓哉兄貴は甘え難くなっちゃった
みたいで。拓哉兄貴はさ、自分も吾郎さんに負けないぐらいお母さんが好きなんだ、って
事、そういうの案外、そんなに上手く伝えられる方でもなくて。ほんとは吾郎さんみたいに
正直に素直な自分の気持ち伝えたいのに、それが出来なくて、それなのに、吾郎さんは凄く
簡単にそれ、やってのけちゃうもんだから。正直、拓哉兄貴、吾郎さんが羨ましかった
んだろうし、自分もそんな風に甘えたかったんじゃないかって思うけど」
「・・・・・・」
「けどさ、結局、とうとうそれが出来ないまま、お母さんあんな事になっちゃってさ。
しかも、突然だったでしょ?まーくんはまだ小さかったから覚えてないと思うけど、遺体の
状態が余りに酷いからって、ショック受けるといけないからって、最期のお別れも出来なくてさ。
吾郎さん、凄い落ち込んじゃってさ。しかも、まーくんだけはまだ、小さいからって親戚の
伯母さんが養子として引き取って育てる、とか言う話まで出てね」
・・・・・・そんな話は初耳だな・・・・・
「拓哉兄貴が物凄い反対してさ。そんなのは絶対に嫌だって。自分がちゃんと育てるって
啖呵切っちゃって。親戚中のみんなが絶対に無理だった言ったのね。当然だけど、その時、
拓哉兄貴はまだ、高校生でさ。自分の面倒だって自分一人じゃ怪しいんじゃないか、って
年頃だったのにさ。しかも、下に弟が3人も居る訳でしょ?それだけでも、普通だったら
ほっとけない状態じゃん?吾郎さんが高2でさ、俺が中2、慎吾がまだ中1で」
「・・・・・・・」
「それを拓哉兄貴がほとんど強引にそう決めちゃって。だから、当たり前だけど、拓哉
兄貴は親戚から後ろ指ささないように、って、まーくんの事、ちゃんと真っ当に育てなきゃ
って。いっつも、まーくんの事で頭が一杯で、ついでに手も一杯で、元々そんなに仲良く
なかった吾郎さんの事、正直、ほったらかしだったし。俺や慎吾に泣き言言える人じゃ
ないしね、吾郎さんは。兄弟みんながおんなじ痛み感じてるんだから、自分だけが特別に
痛い、なんて言えないって感じでさ」
「・・・・・・」
「元々、モテるのはそれなりにモテたみたいだから相手には困らなかったんじゃない?
気がついたら、いつも誰かしら女の人が吾郎さんの隣に居るようになったんだよね・・・・」
細めた目が揺らいで、それは少し泣き笑いのようにも見えて。
「吾郎さんもきっと分かってるんだよ、代わりになる人なんか居ないって。ただ、少し
気晴らししたいだけなんだよ。可愛い女の子と楽しくデートしてさ。女の人が恋しいん
だよ、うち、男ばっかりだから」
そう言って更に細められた目は笑ってた。
「純粋な子供の目から見るとさ、吾郎さんのやってる事って不潔って感じるかも知れない
けどさ、もう少しの間だけ辛抱してあげてよ。吾郎さんだってさ、いつまでもこんな、
無意味な気持ちの埋め方をする訳じゃないと思うからさ」
じゅ、純粋ってなんだよ?
ふ、不潔って。
おめぇ、何時代の化石だよ?!
そんな言葉使ってて、自分で哀しくなんねぇか?
にしてもよ、たった一言「吾郎ってオンナ好きだな」って振ったその一言に、こんなに
熱く語られるとは思っても見なくて。
しかも、吾郎と拓哉兄貴の不仲説だとか、そんなオマケの話まで聞いちまって・・・・
って・・・・これ、吾郎が聞いてたらマズくね?
ほんとはそのまま逃げ出したいぐれぇの心境だったけど、逃げ出すと後が怖い事は何となく
嫌って言うほど分かったから。
弁当作ってくれんのは吾郎だし、その他もろもろの、結構、俺に関わる色んな事、最近は
うちに居る吾郎が大半をこなしてくれてっから。
妙な反撃に出られると後が辛そうで。
しょうがなく吾郎の部屋に、も1回戻る。
「あぁ、まーくん、おかえり」とか。
ドアを開けた俺を迎えた吾郎はいつもとほとんどおんなじ様子で。
「・・・・どうだった?」
ちょっと聞くのは怖かったがそう尋ねると
「会話なんか聞き取れないよ、やっぱり。普通のボリュームで話してたんでしょ?今、
俺が喋ってるぐらいの声だよね?」
吾郎は気難しげに眉を寄せて、ひとさし指をデコに当てた。
「まーくんの声だな、とかね、剛の声だな、とか言う程度には聞き取れるけど、それ以上は
無理だよ。俺ね、これでもかなり一生懸命聞き耳立ててたんだよ?」
俺にそんな文句を言われても困るが。
ふ、と。
俺の目に机の上に置いたままになってた飲みかけのスポーツ飲料が目に入って。
一気にそれを飲み干して壁に押し当て。
「・・・・・聞いてみ?」
そのコップに更に耳を押し当ててみるように吾郎にゆって。
「・・・・え?・・・・あ、嘘・・・・」
目ぇ真ん丸くして吾郎が口をパクパクさせる。
「剛が何か・・・歌?鼻歌口ずさんでる・・・・」
そうしてコップから耳を離して、その音が聞き取れない事を確認して、そして、また、
もう1度、コップに耳をくっつけて。
吾郎は思いっきり顔を顰めた。
・・・・・あーらら・・・・知ぃらないっとぉ・・・・・
「・・・・つまり、こんな風にして盗み聞きしてたって事ね」
ふるふると唇を震わせて、滅多になく吾郎が本気で怒ってるっぽく見えた。
てっきりそのまま、剛んとこに怒鳴り込むのかと思いきや、
「まーくん、手伝ってくれてありがとね。もう寝て来な」
そんな風にドアんとこに俺を押しやる。
丁度、そこへ計ったようなタイミングでノックの音が軽く響いて。
「吾郎?そろそろマー坊、寝かさねぇとやべぇぞ」
なんて。ドアの外から拓哉兄貴の声がする。
ガキん頃の不仲説なんか信じらんねぇぐれぇ、今じゃ以心伝心っつーの?
おんなじタイミングじゃんって。
「あぁ、うん。こっちももう終わったから。今、下に降ろそうと思ってたとこ」
言いながら吾郎がドアを開け、ドアの向こうで待ち構えていた拓哉兄貴に俺を託して。
「あ、まーくん寝かしたらさ、ちょっといいかな?拓哉兄貴に話したい事あるんだけど」
これ以上ねぇっつーぐれぇ、極上の天使の微笑みで小首を傾げた吾郎に俺は、ざーっと
全身の血が音を立てて引いて行くのを感じた。
・・・・・・ひょっとして、吾郎に盗み聞きのネタばらしたの、マズかったか?やっぱ
・・・・
その晩、吾郎の話、とやらが気になるらしい拓哉兄貴が、必死に俺を寝かしつけようと
してるのをビシバシ感じながら、明日が剛の命日になったらどうしよう、って、ちょっと
だけマジで気が気じゃなくて、俺はなかなか寝付けなかった。
結局・・・・・
それから数日の間に剛は吾郎の書いたシナリオにまんまと嵌められて、再び吾郎の部屋を
訪れた拓哉兄貴の声を聞きつけて、やっぱしっつーべきなんだろうけど、壁にコップ
くっつけて隣の部屋の声を盗聴してる現場を、隣で喋ってるはずの当の本人達二人に
現行犯逮捕されて。
って、何の事はない、拓哉兄貴の部屋で録音した会話のテープを吾郎の部屋で流し、適当な
頃合を見計らって剛の部屋に乗り込んだらしいだけの事だったみてぇだけど。
で、みっちり、どっぷり、たっぷり、お説教食らったらしい。
てな事を何で俺が知ってっかっつーと・・・・・
剛の隣の部屋の慎吾が全部聞いてて、その顛末を面白可笑しく俺に聞かせてくれたせい
だった。
そう言や、1週間ほどは拓哉兄貴が横通るだけでびくっ、と体震わせて、吾郎の視線も
ひたすら避けてたもんな。
何かっちゃ「吾郎さん」の剛が。
吾郎はかなり強硬に内装を入れて防音対策して欲しいって拓哉兄貴に進言してたみてぇ
だったけど、
「うちのどこにそんな余裕、あんの?」
の一言で一蹴され。
「金は俺が作る」
って吾郎が豪語したらしいから、近々、ちょっと本気で一般受けする小説を書く気に
なってんのかも知んねぇけど。
何はともあれ、めでたし、めでたし・・・・?
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