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【19】
中居さんの後ろを少し遅れながら、ズキズキと痛む頭を押さえつつ、それでも、きょろきょろと
忙しなく周囲に視線を飛ばしながら歩いていたら。
「おめぇ、何、そんなにキョドってやがんだよ?見るからに怪しいヤツに見えっから
止めてくれ」
後ろを振り向いた中居さんの冷たい声と視線が突き刺さって。
「え?だって・・・誰か来たら嫌じゃないですか。こんな頭で堂々と歩いてる人間だなんて
思われたくないんですよ、俺」
「いや、堂々としてた方がぜってぇ、まともに見えっから。わざとそういうヘアスタイルに
してんだ、って思う、っつーか・・・誰も、んなにおめぇの事なんかに注目したりなんか
してねぇ、っつーの。自意識過剰過ぎんだよ、おめぇ」
「中居さんは・・・中居さんに癖毛の人間の苦労も苦悩も分かりっこないですよ」
「分かんねぇよ。んな、くっだらねぇ事に使う神経も、割く時間も勿体ねぇの一言だな、
俺に言わせりゃ。そのエネルギーっつーの?時間?もっと他の事に回しゃ、おめぇの人生、
もっと有意義なものになるに違いねぇ、って。俺、真剣にそう思ぉわ」
「・・・・・・・・・・俺だって!俺だって好きで苦労してんじゃないんですからねっ!」
悔しくて、思わず声を高めしてまい、イテテテテ・・・とまた、頭を押さえる。
「バーカ」
笑いを含んだ中居さんの声に、ほんの僅かだけ労わるような眼差しが混じって、俺はえ?
と中居さんに注目してしまった。
「もうちっと辛抱しろ。下のコンビニでお薦めのドリンク剤、買ってやっから」
それが精一杯の優しさだ、と言わんばかりに中居さんは、ちょっとだけ躊躇いがちにこっちに
手を伸ばして来て。
セット出来てない髪をほんの少しだけくしゃっとかき回して。
「止めて下さい」
軽くその手を押さえるようにしてどけたら、中居さんははっきり意地悪く笑って見せた。
エレベーターの中で。
どんどん下降して行く電光数字を何となく眺めながら。
俺はやっぱり、ずっと気になって仕方なかった事を、また、口にした。
無駄だと知りつつ。
「あの・・・どうしても気になってしようがないんですけど・・・・この疑問が解決する
まで、きっと、俺、その事に囚われ続けて、他の事って考えらんない気、するんですけど
・・・・・・」
なるべく必死!って顔を表に出さないようにして。
俺が真剣だって分かれば分かるほど、中居さんからの答えは遠ざかりそうな事は確実だった
から。
「・・・・・あぁん?」
中居さんは面倒臭そうに唸って、壁に背中を預けて胸の前で腕を組んで、少し俯き加減に
目を瞑っていて。
眠そうだなー、って。
ふと、そんな思いが脳裏をよぎる。
「いや・・・・俺、なんであんな恰好してたのかなー、って」
「まぁだ言ってやがったの?」
その姿勢のまま、目だけがこちらを向いた。
完全に呆れた笑みが口元を彩っていて。
「オンナじゃあるめぇし。貞操の危機って訳でもねぇんだし。なんで、そんなに気にすんの
かねぇ?何?もしかして、おめぇ、ひょっとして、期待しちゃった、とか言う?俺がぁ
おめぇの事、裸に剥いて、あんな事だとかこんな事だとか?」
キラキラといっそ目映いほどに、その瞳が意地悪く光るのを絶望的な思いで見詰めていた。
・・・・・・聞くんじゃなかった・・・・・・・
わざわざ中居さんの大好きな下ネタ、しかも、恰好の同性愛的シチュエーションに、中居さんが
こんな風に嬉々として反応して来ないはずがなかったのに。
どー・・・・・っと疲れが圧し掛かって来て、頭の痛みは益々、逃れようのないほどに
迫って来るし。
あ・・・・何かちょっと、ウルッ、って・・・・
涙目になり掛けてるよ、俺・・・・・・
「って、おめ・・泣く事ぁねぇべ?」
ちょっと意外なほどに中居さんの声がうろたえて。
「わーった。わーったから。ほんとの事、教えてやるよ」
諦めたように、面白かった玩具を他の誰かに手渡すように、若干、しょんぼりした風も
見せながら。
「おめぇが自分で勝手に脱いじまったんだよ」
「そんな事・・・?!」
反論し掛けた俺を目線だけで封じて。
「うち、引っ張って帰って来て。暑い、クーラー、つけて!とかおめぇが抜かしやがって。
クーラーなんかねぇ、って答えたら、嘘、信じられない、今時、クーラーのない家なんて
あり得ない、とかブーブー文句抜かしながら、暑くて眠れないじゃん!何とかしてよ!
とか喚きながら、じゃんじゃん威勢良く、着てるもん、全部、脱いじまったの!」
「・・・・・・嘘ぉ・・・・・」
・・・・・・・・聞くんじゃなかった、パート2・・・・・
なに、それ?
あり得ない!
絶対、断固としてあり得ないっ!
・・・・・けど。
「ま、元々、そういうスタイルで寝るヤツなんか、って思ったし?オンナじゃねぇんだから
別段、止める必要もねぇし」
「・・・・・相手が女性だったとしても、止めなかったんじゃないんですか?」
「お?まぁ、それもそうか。これ、幸い?タナボタだもんな?自分から脱いでくれるもん、
誰も止めねぇか?」
キラリ、と意地悪く光った瞳が悪魔のそれを思わせて。
・・・・・・・・はぁぁぁぁぁ
俺って気のせいでなきゃ、木村先生の担当になってから、あっちでもこっちでも、ほぼ
赤の他人って言って間違いのない人達に、悉く、裸、見られてない?
・・・・・・・あぁ、でも、やっぱり、どうしても信じらんないよ。自分から脱いだ、なんて。
「別に信じなくてもいいぞ?俺が深〜〜〜い意味でもって、おめぇの事、裸に剥いたんだと
思いたきゃ、そう思っててくれても全然構わねぇし、こっちとしては?何なら、そのご期待に
お応えしてやろうか?」
まるで俺の独白が聞こえているかのようなタイミングで、中居さんがそんなセリフを届けて来る。
「・・・・・謹んで御免被ります・・・・・」
・・・・・・・溜息
・・・・・・・溜息
・・・・・・・溜息の嵐・・・・・
マンションの下には本当にコンビニがあって。
中居さんは買い物し慣れた様子で目的の棚まで一直線に進んで、迷う事無く一本のドリンク剤を
手に取ると、あっと言う間に清算を済ませて。
まだ、自動ドアの付近でぼんやりしていた俺に「ん」とほぼ、無言でそれを突きつけてくれた。
「あ・・・幾らですか?払います、俺」
「いいべ。そんな大した額でもねぇし」
「でも、一晩、お世話になったんですし・・・本当は俺が何かお礼って言うか・・・さして
頂かないといけないとこなんでしょうし・・・・」
「何もしてねぇから。ただ、寝かせてやっただけだし」
「でも・・・前後不覚に酔っ払ってた俺をここまで運んで来るだけでも大変だったでしょう?」
「そう思うんだったら、金輪際、あんな風に俺を呼び出したりだとかすんな」
「・・・・・・はい。ご迷惑をお掛けして・・・すいませんでした」
ふっ、と。
中居さんの唇が綻ぶのが見えて。
「やっと、まともに頭、働くようになって来たか?」
眼差しに浮かんだのは安心したようなそれで。
そうして、上で言っていた通り、コンビニの前の道路でタクシーを拾ってくれて。
「いいか?ちゃんとこのまま真っ直ぐ、センセんとこに行くんだぞ?着替えにだとか、髪
セットするために、うちに戻ったりなんかすんな?ちゃんとタイムカード、押しといて
やっからな」
「はい」
タクシーが発進するのと同時に中居さんはくるっと踵を返して。
あっちの方角に駅があるんだなー、って。
それにしても、ここってどこら辺なんだろう、って、今更になってそんな疑問が湧いた。
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