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【2】
「中居くんはペテン師になれるね」
パタン、と携帯を畳んだ俺の顔をわざわざ覗き込んで来て、そんなセリフと同時に冷ややかな
冷笑を浴びせ掛けて来る、そのちょい特徴のある目に、つい、視線が吸い寄せられそうになり。
ふいっと視線を逸らすように瞼を伏せて。
「誰のせいでペテン師紛いの嘘までこかされてると思ってんだ?」
こっちも相応に負けねぇ程度の凄味を利かせた笑みを返してやる。
「大体・・・・何で、んな土壇場になって・・・・つか、もうちょい余裕見て準備する、とか
言う発想はおめぇん中にはねぇんか?」
「・・・・・・忘れてたんだから仕方ないでしょ!色々と慣れない事だらけで、毎日、半分
ぐらいは軽いパニック状態で・・・・・・」
そんな言い訳を、それでも正直に、そして、悔しそうに、更にはちょい恥ずかしくて情け
なさそうな、そんな色んな顔をごちゃ混ぜにしたみてぇな表情で、それでも、やっぱ、整い
過ぎた綺麗な横顔を、つい、まじまじと見遣りながら。
内心で完全に舌を巻く思いを感じて。
半分ぐれぇは軽いパニック状態?
木村の誕生日を忘れかけるぐれぇ?
毎日、ほぼ朝から晩までずっと傍に居たにも関わらず、そんな片鱗は一欠けらさえ感じさせ
られた記憶のねぇ事に、今更ながら思い当たって。
いつも、至極、沈着冷静に、目の前にある煩雑な諸々を、マジ、コンピューター並みの有能さで
以って、バッサバッサと捌いてる印象しかねくて。
つくづく・・・・・
顔に表れねぇヤツなんだ、って。
今更、そんな事までも気付かされる思いで。
ふ、と。
さっき電話口で耳にした木村の、ちょい呆れ返るようなセリフを反芻して。
ちょっと納得の行く気分?
表面の表情に表わさないこいつのそうした癖?みてぇなもんと、あいつはずっと長いこと
接して来て・・・・だから?
だから、今もあんな風に・・・・・
「木村のヤロウがマジ、心配ぶっこいてんぞ。せめて、何で・・・・遅くなる、ぐれぇの連絡
・・・・・・・」
「だって!そんな連絡入れようもんなら、何があったんだ、とか、それこそ木村くんがちゃんと
納得の行く言い訳を拵えておかなきゃ、とてもじゃないけど言い逃れられない・・・・・・」
「んだよ、頭使う事だけは得意なんじゃねぇの、おめぇ」
「僕、中居くんと違ってそんな悪知恵は働かないから」
「言ってくれんじゃん?え?何?おめぇは今、その俺の悪知恵のお陰で窮地を救われてんじゃ
ねぇのか?」
「第一・・・・木村くんは心配性過ぎるんだよ。過保護って言うの?そりゃあ・・・・確かに
そんな頃もあったし、今だって自分でも100%完全にその心配がなくなった、と過信してる
つもりもないけど、それにしたってさ・・・・・」
「おめぇ、木村ん前ではちゃんと見せてる?」
「・・・・・・・何を?」
問い返して来る眼差しが訝って、けど、その奥にほんの僅か恥らうような、一瞬、そんな
淡い光が浮いて、それを完全に隠して誤魔化す剣呑とした眉間の皺に、内心でけっ!とか
思ったりなんかもしながら。
何を見せる、っつーんだよ?ナニを想像したんだ、てめぇは。
「自分」
「何?どう言う意味?」
「本音」
「だから!見せ・・・てる、よ。一緒に住んでるんだから。そんないつも、いいカッコばかりも
してらんない・・・・・・」
「辛い時には辛ぇんだ、とか、苦しい時には苦しいんだ、とか。弱味なんかもちゃんと?」
「・・・・・・・しつこいよ、中居くん。それが一体、何?」
「いや。もし、そう言う弱いとこも何もかんも、ちゃーーーんと木村に見せてやってんだと
したら、木村はおめぇが感じてるほどに過剰な心配はしねくなんじゃねぇのかな、って思った
だけ、っつーの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
むす、と。
分かり易く黙り込んで。
珍しくあからさまに不機嫌な感情を乗せた眼差しを、少しの間、こっちに突き刺し。
「・・・・・・・話、戻そう。中居くんは、木村くんはどんな物を喜んでくれると思う?」
「だーかーら!別に何でもいいんじゃねぇか?おめぇから貰えるもんだったら、何だって
嬉しいに決まってんべ」
木村から電話がある前から既に、何度目かの、いい加減、そろそろ堂々巡り感も否めねぇ
そんなやり取りをまた繰り返し。
「モノじゃねぇって。おめぇが自分で考えて、自分がいいって思ったもん、やんのが1番、
喜ぶって」
「・・・・・・・・・・・・・それが分かんないから相談に乗ってもらってるんじゃない・・・・・」
「つか、おめぇ。向こうからこっち帰って来て・・・・木村の誕生日、何回かあったべ。
そん時はどうしてたんだよ?」
「帰って来た年はまだ、そんな関係じゃなかった。お互いに仕事の事でしか会話した記憶が
ないし。その次の年は・・・少しは関係が改善されて・・・一応、商品券?みたいなのを・・・・・」
「商品券?!」
余りにも愛想の感じらんねぇセレクトに思わず噴き出しちまって。
「商品券、ておめぇ・・・・・」
ちょっとの間、二の句が継げねぇ思いでしろしろと、つい、吾郎の顔を眺めちまい。
そんなこっちの視線に吾郎の頬が薄く淡く、仄かな朱に彩られる様が思いの他、綺麗に見えて、
逆にこっちが変にドギマギさせられちまったりだとかして。
「あ、で・・・!そん時!そん時、木村はどんな反応だったんだよ?!」
焦って話を継ぐように。
そんな声を迸らせる。
「ちょっとだけ驚いて・・・一応、喜んではくれてるみたいだった。僕がそう言う事するって
思ってもみなかったみたいで」
「・・・・・ふぅん?そんじゃあ良かったじゃねぇか。だったら今年も何か適当に・・・・」
「中居くんにとってはそりゃあ、こんな事、下らない事なのかも知れないけど・・・・・・」
「あ?・・・・いや、別に下らねぇとは・・・・」
「・・・・・・頭では分かってるつもりで・・・・木村くんがモノになんか拘らない事。中居くんが
言ってくれた通り、何だって喜んでくれる事、それが例え愛想もへったくれもない商品券
だったとしても、喜んでくれたみたいな事、も・・・・・けど・・・・」
へ?さすがに商品券が愛想もクソもねぇ、って事ぐれぇは自覚あったんか、こいつも。
とか、内心でそんな事を呟きながらも。
「けど?けど、何だ?」
「怖い、んだよ」
「は?」
おおよそ、これまでのこいつとの付き合いの中で、こいつには縁のなさそうなそんな言葉に
思わず洩れたこっちの声ははっきりと驚きを示すモノで。
「怖ぇ?」
もう一度、その信じ難ぇ単語を口に乗せ、更にそいつの反応を窺った。
「一度だけ、なんだけどね・・・・・もうそれも随分と昔に一度だけ。こんなモノって言われ
ちゃった事があって。木村くんにプレゼントを渡そうとした時・・・・・。もちろん、それは
そのモノそのものじゃなくて、結局、僕が起こした行動に対して、だったんだけど・・・・
でも・・・・今でもやっぱり・・・・自分1人で考えて選んで決めるのは・・・・怖い、気が
して・・・・・」
握り締めて白く色を失った拳が小刻みに震えて。
「・・・・・・トラウマってやつ?」
「・・・・・・そんなご大層なもんでもない、けど・・・・・」
「いや、見てる感じ、結構、ご大層に見えっけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「つか。去年は自分1人で選んで決められたんじゃねぇのか?なのに何で今年は・・・・・」
「・・・・・・恐らく・・・そこに無駄な感情が入り込んで来てるから、でしょ、今年は」
まるで他人事みてぇに、そんなセリフを口にして、吾郎はほんのちょい顔を伏せて、こっちに
表情を読み取らせまいともするように。
「回りくどい言い方してんじゃねぇよ。んだよ、無駄な感情、とかって」
「去年は単なる社交辞令程度だった。僕の中でも何かしなくちゃ悪いかな、程度の。けど、
今年は・・・・・・」
「今年は?」
「出来る事なら・・・木村くんに喜んで欲しい、とか思ってる自分が居て・・・・・」
そんなセリフを綴る声音が、何でこんなに悔しそうなのかは、ま、敢えて追求は避けといて
やるとして。
「いいんじゃねぇの?」
「は?」
「おめぇん中でそう言う変化?がある事、木村が知ったら、それだけでぜってぇ喜ぶと、俺ぁ
思ぉけども?」
「・・・・・・・・・・」
「金出して、形に変えて表わす気持ちってぇのも嬉しいかも知んねぇけど。んなモノなんかじゃあ
到底表わせねぇような?一言、言葉で伝えるだけでも、それが何モノにも代え難ぇ大切な宝物に
なる事だってあんじゃねぇか?」
「・・・・・・・・・・」
「俺に相談して俺の意見を参考におめぇが選んだ、っつーよか、ぜってぇ、おめぇがおめぇの
感性で、おめぇ自身で選んだものの方が木村はぜってぇ喜ぶって」
「・・・・・・・そう、かな?」
「ぜってぇ!」
こっちが自信満々な、らしくもねぇ笑みを頑張って浮かべてやったにも関わらず。
吾郎は思いっきり胡散臭げに眉根を寄せ。
「意外に、肝心な所で頼りにならないんだね、中居くんは」
思いっきりそんな可愛くねぇ捨てゼリフを残して。
けど、吾郎は漸く、何かを吹っ切ったように俺に背を向けた。
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