「あれは・・・・ある意味、詐欺を働いている、とは言わないのかね?」
「いや、幾ら何でも詐欺と言う言葉は言い過ぎでしょう」
「ですが、あの病室や診察室で患者に接する時の態度と、医局で我々に対する態度とでは
余りに差があり過ぎて・・・・・・」
「あれで、それでも、ちゃんとした成果と言うのか、患者が健康を取り戻して退院して行くの
だから、文句は言えんのだがね」
そう言いつつ、上司であるはずの吾郎に対して、それは思いっきり蔑んだ物言いばかりで。
そこに、頭でっかちで経験不足の、臨床の現場では到底役に立つはずもない、と踏んでいた
はずの新任医局長の並外れた診療成果を目の当たりにして、妬みや嫉み、嫉妬と言った
醜悪な感情が混沌と渦巻いている事も、また、容易に窺い知れる事でもあったけれど。
「確かにキレる事は認めるがね」
「まるで多重人格者を見るようで、一緒に仕事をしている我々の方がおかしくなって
しまいそうだが」
自己紹介、と称して一度、医局に顔を出した翌日には、読破するだけでも何時間も掛かりそうな
膨大な資料を携え、それについての詳細、かつ、具体的な診療方針を示した上で、自らも
何人かのクランケを担当し。
特に何度、治療方針を変えてみてもさっぱり効果の上がらなかったクランケに対して、
治療方針そのものはさほど変更する事なく、ただ、医者と患者との信頼関係、と言う最も
メンタルなケアの上からの飛躍的な回復を見るにあたり。
まだ、こちらに赴任して日も浅いうちから、その治療に対する感銘は口コミで広がり、稲垣
先生にぜひ、と診察を希望する患者が日に何人も、その病院を訪れるようにもなり始めて
いた。
「けれど、クランケに対する稲垣先生の、相手の心をほっと温かくさせて、解き解すような
あの笑顔は、自分に向けられたものでないと分かっていても、つい、心が和む事はありますよ」
苦り切った顔で醜い言葉を吐き続ける先輩医師に対して、現場の若手医師からは、幾分か
遠慮気味にそんな声も上がる。
「僕も一度、治療に当たられている所を勉強させて頂いた事がありますが。相手と目を
見交わせて優しく微笑みかけて、そっと指先をほんの少し触れ合わせただけなのに、クランケが
泣き出してしまった事があって・・・・何か稲垣先生が特別な魔法でもお掛けになられた
のかと思ったほどでしたが」
「それこそ、まやかしか何かじゃないのか」
「稲垣先生は・・・僕達に見せているような傲慢で辛辣な・・・と言うよりは無反応で
無表情な態度はあくまでポーズであって・・・・本当は全く違う人格の持ち主なんじゃ
ないのかな、って思ってみたりする事もあるんですが」
「だとしたら、それこそ、本当の二重人格者と言う事になるんじゃないのかね?と言うか、
それじゃあ、なぜ、患者の前で見せるような顔とは敢えて別の顔を、我々には示す必要が
あるんだ?」
「だから・・・逆なんですよ。あの、患者に対する時の彼の醸し出す温かで柔らかで、穏やかな、
春の陽だまりを思わせるようなそんな空気と表情や態度は、彼の治療のテクニックに過ぎない
んですよ。ほら、外科医の中でもその技術に差があったりするように、彼は心療内科医と
してのテクニックに長けている、と言うだけの話、と言いますか」
「・・・・・なるほど。そう言う風に説明されると、分からなくもないな」
昼休み、と言っても全員が揃って休憩を取っているとは限らないにしても、大抵、その時間には
敢えて1人きりになろうとするかのように、吾郎が席を外し姿を消してしまうので。
そう言った吾郎に関する噂話が、いつも医局を埋めていた。
「木村先生は僕達よりは稲垣先生とも親しい、と言うか・・・ご存知なんでしょう?どういう
方なんですか?」
若手医師の中でも殊に吾郎に心酔している様子の生田が、僅かに遠慮がちにそんな問いを
投げ掛けて来たりする。
「・・・・・・・患者としての稲垣先生の事しか、俺も知んねぇよ」
曖昧に言葉を濁し、木村は手元に携えた午後から診察する事になっている予約患者のカルテを
熱心に読み解く振りをして。
「どんな患者さんだったんですか?」
「守秘義務があるから・・・そんな事はお前に教える事なんか出来ねぇだろ」
生田からの質問にそう答えながら、自分の記憶の中にある吾郎は今も鮮烈にその存在を
示していて。
幼少の頃から限られた世界、希薄な人間関係の中で自分の存在そのものを自分で否定して
しまっていた。
自分がそこに存在している事そのものが罪悪でもあるかのように信じられずに、無駄に
命だけを繋がれてしまっている事に不平を洩らして。
それでも、いつもこちらに見せ掛けている攻撃的にも見える傲慢な態度の奥に隠した、彼
自身が生来、育んで来たらしい怖いほどに素直で真っ直ぐな質を、彼が退院する間際の頃には
窺い知る事さえ、自分にも出来ていたのだ、と。
そういう質を自分の前で時折は、示してくれていた、あの真っ直ぐな眼差しは今も脳裏に
鮮明に思い描く事が出来る。
吾郎が患者に対して見せる、自分達医局員には決して仄めかせる事さえないその慈愛に満ちて
見える眼差しや態度は、そうした吾郎自身の中に内包されている生来の性質を惜しげもなく
前面に示している結果に過ぎなくて。
それが患者に表わす効能を、吾郎自身も良く知っているのだ、と。
ここに治療を求めてやって来る患者は皆、多かれ少なかれ、心に歪なものを持って、それを
解き解されたい、と。
それを受け入れられ、受け止められ、包まれて、癒されたい、と無意識のうちに渇望して
やって来るのだから。
子供の頃と・・・・とは言っても、ほんの5年でしかない隔たりだったんだ、と。
あの頃と、やはり、まるで変わってはいないのだ、と。
そんな安堵の奥に疼くひんやりとした痛みからは、敢えて、ほんの僅か、目を逸らしてみる。
唯一、自分に対する態度を除いて、吾郎は何も変わってはいない、と。
「治療計画書、拝見させて頂きました」
レポートの上に落とされていた眼差しが、薄いガラスを通してこちらに向けられるのを感じた。
自分は敢えて、そんな吾郎と視線を交じり合わせないように、そのほんの少し下、カッターシャツの
襟元の奥に見え隠れする喉仏が、僅かに上下する様を何となく捉えたまま。
「特にこれと言った問題点、改善箇所等の指導の必要性は感じられませんでした。このまま
計画書に則って治療を進めて頂いて結構です」
「はい」
机の上で向きを変えられ、こちらに指し向けられた書類を指先で引き寄せ、手に取り。
「さすがは木村先生。ノーチェックでパスですか」
明らかに好意的には感じられないセリフがどこからともなく投げ掛けられるのを、ただ、
聞き流して。
何も自分が優秀だからノーチェックでパスしている訳ではない、と言う事を木村はそれとなく
察知している。
当たり障りのないやり取り。
殊更、吾郎が自分と関わる事を意識して遠ざけようとしている空気は、何かの際に仄めかされても
いるように感じられ。
治療計画にしても。
ずっと、これまで、ただの1度もチェックを食らった事がなかった。
他の先輩医師達がこてんぱんと言ってもいいほどに、もっとこう!と吾郎自身の治療に対する
方針や考えをみっちり指導されているのを、その実、内心で木村は羨ましく感じている。
そんな風に熱心に、吾郎から例え、小言であってもいいから自分にそうしたものを向けられたい、
と木村は、人知れず渇望している。
一礼して吾郎の机に背中を向けた木村に。
「・・・・・あ・・木村先生」
呼び止めるような吾郎の声を聞いて。
反射的に思いっきり振り向いてしまっていた。
意識的にいつもなるべく交わさないようにして来た視線がまともにぶつかり、吾郎の眼差しに
一瞬、戸惑うような光が浮かんだ。
「あ・・・・いえ・・・木村先生はもう以前のような・・・・治療理念はお持ちではいらっしゃらない
のかな、と・・・・・」
吾郎が言わんとしている事の意味を懸命に探ろうと、思考回路をフル回転させているらしい
木村からの返事を暫く、待っていた吾郎はやがて。
「あ、いえ、失礼しました。もう戻って頂いて結構です」
軽い嘆息の後で低くそう言い渡し。
吾郎が何を指して、以前のような、と口にしたのか、吾郎に向けてもう一度、深く下げた
頭を上げ、木村は自分の席に戻ってからも、自分の示した治療計画書を前に、ずっと考え
続けた。
「稲垣先生の歓迎会をさせて頂きたいと思うんですが」
かれこれ、吾郎が赴任して来てからひと月ほどが過ぎようとしていた。
始めのうちでこそ、吾郎に対する辣悪な噂話で埋め尽くされていた医局内にも、若手を
中心に徐々に少しずつ信頼と尊敬を帯びた、吾郎と近しくなりたいと感じさせられる空気も
流れ始め。
そんな声を挙げたのは、若手医師の中でも中心的な存在の生田だった。
煩雑なデスクワークをこなしている合間の手を止め、声を掛けて来た若手医師を振り返り。
「形ばかりを取り繕うようにして行われる歓迎会に興味はありませんから。お互い、限られた
貴重な時間をそんな無駄な事に費やす必要はないでしょう?」
クランケに対峙する時とはまるで別の。
本物と見紛うほどに美しく形作られた造花を見るような、感情の欠片も灯さない笑みを伴って
返された答えに生田は言葉を失う。
「・・・吾・・あ、いや、稲垣先生・・・・」
こうして上司と部下と言う関係の下、吾郎と毎日、職場で顔を会わせる事になっては居ても、
以前のような振る舞いはしないように、と厳に戒められた言葉が脳裏を離れず、ほとんど
会話を交わす事さえないまま、ただ、淡々と職務を全うしていたに過ぎなかった木村だったが。
今の2人のやり取りを聞くとはなしに耳にしていて、思わず、そんな呼び掛けをしてしまっていた。
回転式の、自分達が使っているものとは何段階も違うであろう椅子をゆっくりと回して
その眼差しが木村を捉える。
「何か?」
問う声音も語調も温度も、他の医局員達に対するものとまるで、寸分変わらぬまま、ただ
一言向けられただけの言葉に、思うまいと意識しながら、それでも微かな落胆を覚えてしまう
自分の不甲斐なさを歯痒く思う。
ここでは自分は既に、吾郎にとって、他のまるで見知らぬ医局員達と完全に同等な立場、
扱いである事を改めて、思い知らされるようでもあって。
医師と患者として接していた頃の、少しは自分に対して心を開きかけてくれていたかも
知れない、と思えた吾郎の姿はもうどこを探しても見当たらない。
「・・・・あ・・・生田先生を始めとする若手の先生方は、決して形だけを取り繕って
歓迎会をしたい、と仰っている訳ではない、と・・・・・・」
自分の口から零れる声が、自分のものではないような、奇妙な感覚に苛まれながら、それでも、
その事を吾郎に知って欲しくて。
吾郎が自ら作り上げてしまっている壁を、彼らは取り払ってもらいたい、と願っている事を
知って欲しくて。
そう言葉を添えていた。
「治療に関する僕の理念や思想について、医師の立場としてお互いにディスカッションを
したい等のお考えでしたら、プライベートな時間を割いてではなくて、この医局内で大いに
行いましょう。それは僕の目指すものでもあります」
あくまで医師と言う職務の上で、仕事上での付き合いしかする気はない、と遠回しに断言
する言葉に、生田達の微かな落胆が窺えないでもなかったが。
「吾郎くん、そういう頑なな態度は良くないなー」
ふとそこへ割り込んで来た、幾分、からかいを込めた気さくな語調に、医局の空気が一瞬にして
改まる。
「東山教授!」
一気に明らかな緊張を帯びた若手医師達は、慌てて、一礼するとそそくさとその傍を離れた。
椅子に腰掛けたままの吾郎の肩に軽く手を置いて、眼鏡の下の眼差しを楽しげに細めた様子の
東山に、吾郎もまた、ここでこんな顔を見せる事も珍しい、と思える親しげな表情を浮かべ。
「ちゃんとみんなと仲良くしないとダメだよ。それでなくても、黙ってそこに居る君は
余りに高貴で近寄り難い空気を如実に表わしているんだから。もっと気さくに自分の方から
打ち解けて行くようにしないと」
「医局員達と友人関係等の親しい関係を作る気はありませんから。友人なら他で見つけます」
「別に僕は友人になれ、なんて言ってないよ。ただ、職場の雰囲気作りと言うのも、上司、
医局長としての大切な勤めだと言っているだけで」
「職場の雰囲気作り、ですか・・・・・」
明らかに不満げな表情を隠そうとさえせず、吾郎は少し上目遣いに教授の眼鏡の奥の瞳を
見遣る。
「そうそう。明るく楽しい職場の雰囲気作り」
「病院の医局内がそんな風に明るく楽しい雰囲気、と言うのも、僕としてはどうか、と感じない
でもないですが?」
教授からの示唆に面と向かって異論を唱える吾郎の態度に、それでも、教授である東山は
楽しげに僅かに眼差しを和らげただけで。
そんな2人のやり取りを医局員達は異物でも見るような眼差しで、恐々、それでも、興味
深げに見遣っている。
「どこの職場でも同じだよ。眉間に皺を寄せて考え込んでばかりいたっていい事なんか何も
ないよ。ポジティブシンキング。僕達人間には無限の可能性が秘められている。そう信じて
常に前を見詰めないとね」
そのストイックな外見を大きく裏切って、語調はあくまでも低く穏やかに、そんな説を説く
教授に吾郎は苦笑を隠さない。
「尊敬します」
「みんなも。彼は僕がまだ向こうの大学病院に居た頃から、手塩に掛けて育てた僕の愛弟子、
大切な1番弟子なんだから。あんまり苛めないでね」
医局内を軽く見渡してそんな言葉を投げ掛けた東山は、吾郎に先駆けて昨年、確かに吾郎が
在籍していた同じ大学から赴任して来た新任教授で。
ここに来て初めて、吾郎の医局長就任の謎が一つ解明される。
要は教授のお気に入り。
大学病院内での医局の教授と言う立場の人間が、何よりも強力、かつ強大な実権を握っている
事は確かで、そう言った風潮を改めようと言う動きが、現在、色々と模索されている現状も
また、否めない現実であるのだとしても。
現段階でまだ、吾郎達が勤務しているこの大学病院内では、その風潮は昔のまま、教授の
一声が鶴の一声で。
そうして、吾郎にはそうした、人脈的な繋がりの他に、確固たる実績と能力も兼ね備えた
上で、と言う事になれば、もう、それを認めない訳には行かない。
「ところで、吾郎くん。君も色々と忙しくはしているんだろうけど、そろそろ帰国して
ひと月になる頃だし、少しぐらいはプライベートな時間を取れるようにもなって来ただろう?」
とても教授が医局長に向ける職場の上司としての顔とは思えない、親しみの篭もった眼差しを
向けて、そんな問いを投げる東山に。
「勉強しなければならない事は、まだ、山のようにあります。あらたかな治療効果の得られない
クランケもまだ居ますし、そういう人達にとって、どういう治療がより効果的なのか、僕は
もっと深く学ぶ必要があります」
「そんなに根を詰めるのは良くないよ。君が勉強熱心なのは、大いに僕としても喜ぶべき
事ではあるけど、さっきも言ったでしょ?眉間に皺寄せて、考え込むばかりでもダメなんだよ。
脳を切り替えて、別の物を見た時に、全く想像もしなかった方向から解決策に繋がる答えを
導き出す事だってあるんだから」
じっと、熱の篭もった眼差しで真っ直ぐに東山を見上げる吾郎の視線に、東山は肩に置いた
手を、宥めるように何度か軽く弾ませた。
「でも、僕は・・・・!僕は知りたいんです」
「何を?」
やんわりと。父親がムキになって何事かを言い掛ける息子に向ける、それに似た眼差しを
東山は吾郎に向けて。
そう問われて、吾郎ははっとしたように口を噤んだ。
「君が本当に知りたい、と思っている事は、必ずしもこの臨床現場で得られるものとは
限らないかも知れないよ?」
「・・・・・・・・・・・」
「もっと視野を広げて、多角的に取り組まないと導き出せない答えもまた、幾らでもある
ものだし」
「・・・・・・・・・・・」
「と言う事で、今夜は僕に付き合いなさい」
ほんの僅かな間ののち、東山は吾郎にそう言い渡し。
「あ、木村くん?君も」
それまで、その存在などまるで念頭にも置いていなかった風の、2人だけのやり取りの最後を
そんな言葉で締め括られて、木村はほぼ反射的に顔を上げたものの、咄嗟にどんな表情を
作っていいのか分からないでいて。
「え?あ!あの・・・教授!」
明らかな戸惑いと、そんな事を唐突に口にした教授に対する如実な責めを露わにして、吾郎の
顔が強張った。
「どうして、木村先生も・・・?!」
同席させるんですか、と。
一応は木村を意識して飲み込まれたそんなセリフが、ありありと聞こえるようでもあって。
「あ・・・いえ。折角の・・・帰国の?再会のお祝いの席と言う事でしたら、俺は遠慮させて
もらった方が・・・・・」
らしくもなく、迷うように躊躇うように言葉を濁す木村に東山が笑みを向ける。
「吾郎くんが色々とお世話になったそうだから。ぜひ、僕も一度、木村先生のお話をゆっくり
伺わせて頂きたいと思っていましたし」
教授である東山からそんな丁寧な言葉遣いで誘いを受けて、断れる理由を思い浮かべる事さえ
出来ない。
「き、木村先生もこんな唐突なお誘いには応じられませんよね?予定とか色々詰まってて、
お忙しいでしょう?」
有無を言わせない口調で、それでも、いつもの冷静さを欠いた、若干、裏返り気味のそんな
セリフを吾郎から向けられて、木村は自分でも呆れるほどはっきりとした苦笑を隠そうとも
思えなかった。
ええ、はい・・・と答えようと口を開き掛けた刹那。
「吾郎くん?僕はここでは一応、教授なんだよ?教授の言う事は医局員にとっては絶対命令と
同じ効力を持っているって事、忘れてない?」
にっこりと。
端正な面差しに綺麗で油断ならない笑みを閃かせて。
東山が吾郎の口を、同時に木村の口をも封じ込める。
何かを言いたげに。
木村に向けられた吾郎の眼差しは、はっきりと尖り。
その眼差しだけで木村を抹消しようとしているかのような勢いで。
「そんなに嫌がる事ないだろう?君にとっても懐かしいでしょう?木村先生の事は」
物言わぬ饒舌な吾郎の眼差しに、東山が肩を竦める。
「教授?くれぐれも下らない無駄話に花を咲かせるような、そんな真似はなさらないで下さいね」
それが精一杯の抵抗であるかのように、吾郎は木村に向けていたものとはまた、別の色合いの、
それでも険しい表情をはっきりとそちらに向けて。
「吾郎くんの言う下らない無駄話って、どんな話の事なんだろうね?」
意外なほど無邪気に向けられた東山の笑みに、木村はただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
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