教会での厳かな挙式の後、披露宴は外国風の立食形式のガーデンパーティーで行われ。
お祝いに駆けつけてくれた参列者に、新郎新婦がそれぞれ会場内を散策するようにして、
挨拶に訪れる。
「慎吾、おめでとう」
剛と共にシャンパングラスを手にした吾郎が、慎吾の姿を認めて声を掛けた。
「吾郎ちゃん?!ひっさしぶりぃ!!元気だった?!って言うか、凄い元気そうだねぇ?!
背、伸びた?!何か体格とかも随分、良くなっちゃってぇ?!」
バシバシと、結構な勢いで肩やら背中やらを叩かれ、吾郎がちょっと痛そうに顔を顰め、
その手を逃れるように身を捩る。
「痛いってば!」
そんな2人を笑って見ながら、剛も頷く。
「うん。吾郎ちゃん、ほんとに元気そうで見違えちゃったよね。あの頃はさ、ほんとに
身体とかも細くてさ、ちょっと風が吹くだけで飛んじゃうんじゃないか、とか、強く押したら
折れちゃうんじゃないか、とか、本気でそんな心配とかしたぐらいだったけど、今はこう、
ガッチリしたって言うか、立派な成人男性になったよねぇ、って感じで」
「何、それ?」
剛の言葉に吾郎は苦笑する。
「まぁ、向こうはとにかく食べる量が半端じゃないからさ。あんまり食べなさ過ぎると
みんな心配するから、なるべく合わせてるうちにこんなになっちゃって」
「凄いカッコイイよ。あの頃より断然いい」
剛がにこにこと人のいい笑顔で吾郎を見詰める。
「ほんと?そうかなぁ・・・・」
少し疑わしそうに小首を傾げて吾郎が曖昧な笑みを浮かべる。
「あぁ、でも、そういうとこ、変わんないね?昔のまんま」
慎吾がそんな吾郎の仕草に嬉しそうに笑顔を見せて。
「紹介するね。俺の奥さんのレーコさん」
3人のやり取りを慎吾の隣で新婦らしい控え目な笑顔で見ていた玲子の腰をそっと抱いて、
慎吾が玲子と2人を引き合わせる。
「初めまして」
それぞれに軽い握手を交わして。
玲子の視線がふと吾郎に留まる。
「君が吾郎くん?」
「初めまして」
もう一度吾郎が同じセリフを口にして軽い会釈を返して。
吾郎を映す玲子の瞳に僅かな憎悪が滲む。
「あちらでのご活躍ぶりは父を通じてかねがね伺ってますわ。大層、優秀なドクターで
いらっしゃるようね?本当は拓哉さんが来て下さるはずだったのに、それが叶わなくなって
しまって、父が代わりにぜひ、うちの病院のスタッフとしてお迎えしたい、と申して
ますわ」
好意的、とは言いがたい玲子の声音に吾郎は鮮やかな笑みを返す。
「恐縮です」
「それも木村先生の影響?木村先生のお仕込みなのかしら?」
「彼の影響が皆無・・・・と言う訳ではありませんが・・・・彼のお仕込み、と言う訳では
ありませんよ」
「そうよね。彼があなたにアメリカに行けと勧めるはずがないわね」
相変わらず憎悪を浮かべた瞳が、緩やかに細められる。
2人の間に流れる微妙な空気を感じて、慎吾が慌てて会話の矛先を変える。
「ねぇ、それよりさ、木村くん、知らない?まだ、来てないのかな?」
吾郎と剛にそんな問いを投げ掛けた慎吾に2人が揃って声を上げた。
「「え?!」」
そうして、すかさず剛が
「慎吾?!お前、まさか木村くんにも招待状出したのか?!」
非難がましい目で慎吾を問い詰める。
「出したよ、何で?」
あっけらかんと笑う慎吾に剛は眉を顰め、険しい表情で
「何で、って、だってお前。そんなの?!木村くんにとっては元婚約者の結婚式になるんだろ?
そんなの・・・・来れる訳ない・・・・」
言い掛ける剛の言葉を玲子が遮る。
「あら、彼は来るわよ。必ず来るわ。吾郎くんが出席する事を知って、吾郎くんに会う
ためだけに来るわよ」
確信に満ちた言葉だった。
これ以上ないほどに自信の溢れた。
そうして、敵意に満ちた眼差しを遠慮なく吾郎に突き刺す。
玲子の言葉には何も返さず、吾郎はただ、目を伏せて唇を薄く綻ばせただけだった。
「玲子〜!」
新婦を呼ぶ友人達の声に玲子ははっきり、社交辞令的笑みを浮かべ
「呼ばれてるから行くわね。貴方は貴方でお友達と募るお話もおありでしょうし」
吾郎と剛に等分に視線を投げて。
「ごゆっくり、お楽しみになって」
そうして、玲子を呼んだ友人の元へ駆け寄る玲子の後ろ姿を見送って。
「玲子さん、確かに怖いぐらい綺麗な人だね?慎吾が良く言ってたけど」
吾郎が温度のない笑みを浮かべ、慎吾に目を合わせる。
「木村くんも勿体無い事してさ。結局、結婚しなかったんだね、あの2人」
何かを含ませたような吾郎の物言いに慎吾も剛も咄嗟に何も返す事が出来ない。
「ねぇ、吾郎ちゃん?吾郎ちゃん、覚えてる?吾郎ちゃんと知り合って間がない頃、
大晦日、病室で奇跡の話、した事があったじゃない?」
不意に慎吾が前後と何ら脈絡のない話を持ち出した。
「え?あぁ、うん・・・・」
急に話が変わって多少、うろたえるように吾郎が曖昧に頷く。
「吾郎ちゃんが元気になる事と、俺がレーコさんと結婚する事。どっちもそんなの奇跡で
あり得ない、って俺、その時、本気でそう思ってた」
「うん、俺も。絶対にあり得ないって」
「でも、あり得たね。吾郎ちゃんは俺よりも先にその奇跡を叶えたし、俺も今、こうして
その奇跡を手に入れた」
「うん」
「俺達があの頃、奇跡だって感じてた事、奇跡って言葉に逃げて、自分達では何も手に入れ
ようとしない、ただの臆病者だっただけだって思わない?」
「・・・・・さぁ、どうだろ・・・・」
慎吾の言を認めているようでもいて、否定しているようにも感じられる曖昧極まりない
風で、吾郎は少し首を傾げ、感情の感じられない笑みを薄く口元に浮かべた。
「吾郎ちゃんの病気は治ろうって気になれば治る病気で、俺は木村くんが居るんだから、
って気持ちを伝えようとさえ思ってなかったよ。その前に自分の気持ちに気付かないように
してた」
「・・・・・・」
「吾郎ちゃんも・・・・・自分の気持ちに目を背けてる事とか・・・・あるんじゃないの?」
「ないよ、そんなの」
探るように、縋るように投げ掛けられた慎吾の問いを、一瞬の躊躇いすらなく、吾郎は
一言で一蹴する。
「でも、結局、吾郎ちゃん、木村くんに自分の気持ちとか考えだとか伝えてないんでしょ?
あれから5年、だよ?何で?」
「・・・・・・必要ないだろうと思ったから。向こうに発って暫くの頃は・・・・どうにか
して伝えなきゃいけない気がしてたけど・・・・段々、時間経って・・・・今更、そんな
事、蒸し返してもしょうがないかな、って。木村くんももう、俺の事なんか関係なしに、
ちゃんと自分の人生を歩いてるんだろう、って思ってさ」
「どうして?どうして、そんな風に勝手に決めちゃうの?そういう事、伝えるとか伝えない
とか言う以前に、一言、元気にしてる?って、何でそんな事さえ、連絡して来なかったの?」
問い詰める慎吾の熱をかわすように吾郎は慎吾から目を背けて。
「・・・・そうだね。お世話になった先生に一言、近況報告の手紙ぐらいは出すのが礼儀
だったかも知れないね」
「じゃなくてさ!!ただの主治医と患者って訳じゃなかったでしょ?!」
「何、それ。ただの主治医と患者だったよ。他に何があるって言うの?」
小首を傾げて目を細め、口元を綺麗な弧に彩らせて。吾郎が微笑む。
「あ、いや・・・何がって改めて言われると困るけどさ、友達って言うか・・・・吾郎
ちゃんも木村くんも退院しちゃったら、もう、なぁんの関係もない他人同士になるんです、
って感じなんかじゃなかったじゃん?吾郎ちゃんが元気になったら、それこそ、みんなで
一緒に遊べるって思ってたし、俺」
「あぁ、うん、そっか。そうだよね。そういう話、良くしたっけ?」
「そうだよ」
「慎吾からさ、結婚するから結婚式に出席して欲しいって連絡が来た時は、正直、ほんとに
ビックリしてね。まだ、俺の事、覚えててくれたんだ、とか。ほんとのちょっとの期間だった
じゃない?慎吾達と交流持ってたの。なのにさ。何か凄い懐かしくてね、で、ちょっと
嬉しかった。丁度、そろそろ、こっちにって思ってたのと時期が重なった事もあって、
丁度いいか、って」
「え?」
「こっちに帰って来る事になったから。木村くんとも・・・・そんなに遠くない将来、顔を
会わせる事にもなるし。これ、連絡先。良かったらまた、連絡してよ。それじゃ、俺、
これからまだ、色々と用があるから、これで失礼させてもらうね」
名刺を取り出し、慎吾と剛にそれぞれ手渡して、吾郎は自分の言いたい事だけ言うと、
手にしていたグラスを、通り掛ったコンパニオンのトレイに戻して。
「あ・・・レーコさんに宜しく。お幸せにね」
ありがちな社交辞令を添えて、吾郎は薄い笑みに表情を彩らせて、さっさと身を翻した。
「あっ?!ちょっ?!吾郎ちゃん?!吾郎ちゃん、ってばっ!!」
呼び止めようとする慎吾の声など、まるで、届かない、と言わんばかりに、吾郎は躊躇う
様子すら見せず歩を進め、あっと言う間にの姿は慎吾の目の届かない人混みの中に紛れて
しまった。
「・・・・・連絡先って・・・・俺達に先に、とか」
手渡されるまま、素直に受け取ってしまった名刺を手の中で弄びながら、ずっと、慎吾と
吾郎のやり取りを黙って聞いていた剛が複雑そうに顔を歪ませる。
「・・・・・・って、これさ・・・吾郎ちゃんが入院してた・・・・木村くんが今もまだ
勤めてる病院、じゃないの?」
同じく名刺に視線をやった慎吾が、少しあやふやな声音で呟く。
確かにそこには、肩書きはないものの、病院名と吾郎の名前が印刷されていて。
「木村くんとおんなじ病院に吾郎ちゃんも医者として勤務する、って事?」
誰に言うともなく尋ねた慎吾に
「なんだ、吾郎ちゃん。何だかんだ言ってても、木村くんと同じ道に進みたくて、木村くんと
一緒に働きたかった、って事なんじゃないの?突然、日本に帰って来て、おんなじ病院に
勤務するんだよって、木村くんの事、びっくりさせたかったんだよ。だからさ、わざと
連絡とかしないでさ」
剛があっけらかんとそう口にするのを、慎吾は途方もなく複雑な思いで聞いている。
吾郎自身がそんなに可愛くて、素直な思考回路の持ち主だとはどうしても思えないし、
ただ、それだけのために、あんな風に木村を切り捨てるようにしてアメリカに発つ必要も
なかったんじゃないか、とも思える。
何の、ただの一言の連絡も寄越さずに、ただ、木村を驚かせるためだけに、そうしていた、
と想像するには・・・・自分は吾郎の捻くれ具合を知りすぎているのかも知れない、とも。
そんな風に可愛く吾郎の事を想像出来る剛が少しだけ羨ましくて。
結局、今もって全く、何をどう考えていいのか分からない吾郎の行動、思考パターンに
慎吾はただ、溜息をつく以外にどうする事も出来ずにいた。
どうやら、本当にただ、一言、お祝いを言うためだけに駆けつけてくれたらしい吾郎が
慌しく披露宴会場を後にするのを見送った後、職場の友人や学生時代からの旧友達に
手荒い祝福を受けている慎吾の視界の片隅を、見覚えのある小柄な姿が過ぎった。
「あっ!中居くん?!」
友人達を振り切って、その元へ駆け寄り、肩に手を掛けて。
「あぁ・・・」
慎吾を認めて、一声、低く唸った中居は、次の瞬間、温かみの感じられない笑みを浮かべて
「一応、結婚、おめでとさん。ぐれぇは言っとくか」
呟くように低く言葉を紡いだ。
「何、それぇ?一応、とか?!酷いっ!!何でそんな冷たい物言いな訳?!」
わざとらしく大声をあげて大袈裟に嘆いてみせる慎吾の後頭部に軽く張り手をかまして。
「おめぇが結婚する事に関してはめでてぇ、とは思ぉけどな。木村にまで招待状、送り
つけるその神経を疑っちまう」
「だってさ!!だって・・・木村くん、ずっと、吾郎ちゃんの事、気にしてたじゃん?
すっごいダメージ受けちゃってさ、一時期、ほんとにヤバイんじゃないか、って心配も
したしさ。でさ、そりゃ、木村くんには悪いと思ったけど、でも、レーコさんだってさ、凄い
傷ついてて、俺、どうしても、レーコさんの力になってあげたくてさ・・・・色々、愚痴
聞いたりだとか相談に乗ったりだとかさ、気分転換に遊びに付き合ったりとかしてるうちに
自然とこういう流れになって・・・・・で、俺、こんな事でもきっかけになるんじゃないか、
って。木村くんには酷い事してるかも知れないけど、木村くんはさ、結局、レーコさんよりも
吾郎ちゃんを取った、って事なんだからさ」
熱心に言い募る慎吾の言葉を、いきなり中居が遮る。
「おめぇのその表現、間違ってんだろうよ」
けれど、慎吾は怯まない。
「間違ってなんかないよ。吾郎ちゃんが居なくなって、ほんとはこんな言い方するとあれ
だけどさ、今度こそレーコさんと木村くんと上手く行くはずだったんでしょ?なのにさ、
木村くんてばさ、まるで失恋した女子高生みたいにさ、限りなく落ち込んじゃってさ。
レーコさんだってその頃、必死だったのに。木村くんの気持ち、何とか引き立てよう、って
必死だったのに、そういうレーコさんの気持ちでさえ、木村くん、受け入れようとしなかった
んじゃん?木村くんにとって、今はどうか分からないけど、あの頃、確かに全てが吾郎
ちゃんだった訳でしょ?でなきゃ、今、こんな事になってるはずもないんだから」
的確過ぎる慎吾の言葉に、中居ももう何も反論する事が出来なかった。
自分はあの頃、木村だけを見ていたけれど、慎吾は慎吾で、また、別の視線から木村と
その婚約者の事を見て居たんだ、と、改めて突きつけられて。
「だから、俺、こんな事でも何かきっかけになるかも知れないって思ったんだよ。それで、
思い切って吾郎ちゃんちに連絡してさ、吾郎ちゃんに連絡取りたいって言ったら、あっけない
ぐらい簡単に連絡先とか教えてくれて・・・・・俺ね、その瞬間、一瞬だけど、吾郎ちゃんは
木村くんに教えないように口止めはしたけど・・・・俺達の事までは念押しして行かなかった
んじゃないか、って思った。そりゃ、吾郎ちゃんの連絡先を問い詰めに来るのは木村くん
だけだろう、って吾郎ちゃんの読みは結局、悔しいけど当たってて、他の誰もそれを
聞きに行こうとはしなかった訳だけど」
そんな風に言われて、中居の中に過ぎた後悔がまた、疼く。
木村に連絡先を教えないように口止めして行った吾郎だが、他の人間が聞けば、それは
知り得る事が可能だったのか?
もしかしたら、木村以外の誰かがそんな風に働きかける事を吾郎は内心で期待していた、
と言う事はなかったのか?
今となってはもう、五年前のその真実を知り得る手立ても失われてしまっているけれど。
「で?肝心の木村くんは・・・やっぱり、来てくれなかったんだ?」
「あ?何かな、患者の容態が急変したんだってよ。来るつもりはしてたみてぇだぞ。お祝い
預かって、受付に渡して来たぞ」
「患者の容態が急変?ほんとかなぁ?」
「あいつはそんな事で下らねぇ嘘ついたり、誤魔化したりするようなヤツじゃねぇべ?
断る気なら端っから断ってる」
「まぁ、そうだよね」
あっさり、簡単に自分の疑問を引っ込めて、慎吾は中居の言い分に同調した。
「あ、これ、吾郎ちゃんの連絡先」
「ん?」
何気なく慎吾から差し出された名刺に目を落として。
「んだよ、吾郎、来たのか?」
「うん。ちゃんと来てくれた。すぐ帰っちゃったけど」
「これ、木村の勤めてる病院、だな?」
見覚えのある病院名に中居もすぐに気付く。
「みたいだよ。そこに勤務するみたい。つよぽんなんかはさ、純粋に吾郎ちゃんが木村くんを
驚かせるために、ずっと、黙ってて、びっくりさせたかったんじゃないか、なんて能天気な
事言ってたけど・・・・」
言いかける慎吾のセリフを早過ぎるタイミングで中居が遮る。
「あいつがそんな可愛いタマか」
吐き捨てるような、ほんの少し悔しさを滲ませた中居の物言いに慎吾も甚く納得して。
・・・・・やっぱり、そう思うよねぇ・・・・
自分の感じた吾郎に対する印象が間違っていなかった確信を得て、慎吾は一人、深く
頷いていた。
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