「おはよう」
次の日の朝も吾郎はやはりノートに向かっていた。
木村が来たのを確認すると、ほんの少しだけ視線を動かし
「来なくていいって言ったじゃん」
と言葉を投げ付けた。
「そうは行かないっつーの」
躊躇うことなく部屋に入る木村に声を尖らせる。
「いいってば!!どうせ何も変わらないよ」
「いいから、寝ろよ。すぐ済むだろ」
「来ないで!」
手近にあったティッシュの箱を思いっきり投げた。
「うわっ。なんだよ。てゆーか、当たったんですけど。」
わざとらしく恨み言を言う木村にも表情を変えない。
「そんな所に立ってるからでしょ」
「なんか言う事あるんじゃない?」
「別に」
「人に物を当てたら、ごめんなさい位言ってもいいんじゃない?」
「さぁ?」
「さぁ。じゃねーよ。そんな事から教えなきゃいけないわけ?」
その言葉に、吾郎がピくっと眉を動かした。
勝ち誇ったような顔をし、よどみなく言葉をつむぐ。
「教える?君は俺の主治医だろ?百歩譲って、治療は任せるとしても、何かを教えて
貰うつもりなんてないから。そんな変な気負い、捨ててもらってかまわないよ。
ま、治療も必要ないけどね。とにかく出てって。今日はこなくていい。」
言いなれた調子で上から物を言う。
「だから、そうは行かないつってんの。」
肩に手をかけようとする手を思いっきり振り払う。
その時、思いがけなく、その手が木村の頬に当たった。
「お前っ、吾郎!」
「だから、来ないでって言ったじゃない。自業自得でしょ?
それに、昨日、人の事ぶっといて、何、目くじら立ててるの?」
はっとする表情さえ見せず、少し赤くなった自分の手を見つめる。
「もう、時間だけどいいの?今日は外来日じゃなかった?」
木村に口を挟む隙さえ与えず、部屋から追い出しにかかる。
「お前ねぇ・・・。」
「さっさと行けば?」
時計と吾郎の顔を行き来していた視線に諦めが浮かぶ。
「時間無いから行くけど・・・。お前、夕方お仕置きね。」
ドアを駆け抜けながらそういい残して言った木村の姿も吾郎は目にすることは無かった。
いつか自分以外の人の気持ちも考えるようになるのだろうか。
いつか周りの世界にも興味を持つようになるだろうか。
その手助けを俺は出来るだろうか。
俺に、救えるだろうか。
不安になる気持ちを押し殺すように、木村はことさら明るい声で一人目の外来患者を
迎えた。
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