なんとか生で、会見を放映して欲しかった。
在京2局に時間を空けさせることができて、残りの放送局も11時以降のニュース番組で
報道することが決まった。
辣腕マネージャーは賢い。
決して、その後の彼らの番組出演を餌にしたり、数字で釣ったりするような言動を出さず、
ただただ頭を下げ続けて、会見生中継を勝ち取った。
これで貸しが出来たと思い込むのは、向こうの勝手だと考えていた。
F局では、その日はちょうど彼らが全員そろう唯一の番組の放映日で、プロデューサーにも
編成にも、とにかく頭を下げて、生放映に差し替えることをを承知させたのだ。
結果、ヴァラエティ部門では、彼らを守ろうという意思が出来上がった。
A局は報道の時間帯、その番組内での放映。
全会見をオンエアすることは出来ない。
そして、会見の結果をどうコメントするのかも、アンカーの気持ちに一任される。
それでも彼女に勝算はあった。
なぜか?
生なら、編集の手を経ずに、あるがままの彼らの言葉を茶の間に届けることが出来るからだ。
彼女はメンバー達を信頼していた。
冒頭に、中居が話し始めた。
「このたびは、不幸な事故のために、公演中止ということになり、多くのファンの皆さんの
期待を裏切る結果となり、申し訳ありませんでした。また、怪我をされた方には、謹んで
お見舞い申し上げます。今後はこのような事のないよう、安全対策を強化して、コンサートに
望むことにいたします。申し訳ありませんでした」
黒スーツの5人はそろって頭を下げた。
続いて、マネージャーが警備計画を微に入り細に入り、報告する。
そして、CM。
しかしA局はそのまま映し続ける。
5人は席に座り、マネージャーは傍らに立って、進行役のレコード会社社員が、「この後
質疑応答に入ります、ご質問のある方は、挙手をして、所属会社名を告げてから、ご質問を
お願いします」と告げた。
CMが明ける。
「次の週末からのコンサートはこれで警備は万全と考えていますか?」
中居が答える。
「警備というか、お客さんの安全を守るための対策ですね。出来ることは全部やってると
思います」
「それはどういう対策ですか?」
(てめっ、人の話を聴いてんのか?マネがさんざんしゃべったろうが!)と、中居は心の中で
そう答える。
(おい、おい、勘弁してくれよ、それにどんだけ今時間取ったと思ってんだよ)と、木村も考える。
(ホント、自分が言う事しか頭に無いんだね)と、吾郎は思った。
(バカッ)と剛。
(あ〜あ、ヤダヤダ)と慎吾。
「今、マネージャーからも説明したとおりですが、特に、事前の注意の徹底と、警備員の
増員ですね」
しかし中居は真面目な顔で、シレッと答えた。
「規則を守らない人を退場させるということも考えてるとおっしゃってましたが?」
またか、と全員が思う。
でも、5人の表情はあくまで、真面目で真剣で。
「事前の注意事項をお伝えする時に、そう言います。それから、席を移動する方がいた時には、
その場で警備員が説明します」
「皆さんが、直接、会場に向かって注意を促すということは、なさらないんですか?」
きた!
「はい、それはしません」
「どうしてですか?ファンはメンバーの皆さんの言うことなら良く聴くんではないですか?」
「ええと、ファンの皆さんは、僕らのパフォーマンスを楽しみにいらっしゃるんであって、
僕らの説教を聴きにくるんではないからです」
「あの場にいた、他のファンの方の中には、メンバーが注意してくれればいいのに、という
意見も聞かれましたが」
「歌を途中でやめてですか?それは、そういうことは、僕らの歌やなんかを楽しみに来て
くれた方たちに失礼かなと、思いますから」
「でも、稲垣さんは、あの時、そういうことをおっしゃったって聴きましたが」
きたか、ついに。
吾郎は一呼吸整える。
「はい、あれはルール違反でした」
「でも、それくらいひどい有様だったってわけですよね、そういう時は臨機応変に対応しても
いいのではないですか?」
「あの時が、特別に、他の会場に比べて、混乱していたわけではありません、ただ、僕の方が
混乱していただけで」
記者席から、笑いが漏れる。
吾郎は続けた。
「広い会場にいる方たちは、僕らが歌ったり、踊ったりしている姿を見て、聴いて、喜んで
くれていると思ってますから、たぶん、あの時、僕はすごく不安そうな顔をして、歌も止めて、
つい叫んでいたわけで、そういうところを、誰も望んでないはずです・・・僕らはそう
考えています」
CMが入り、A局の中継はそこで一旦打ち切られた。
「ええ、スマップの会見をお送りしました。まだ途中ですが、おおむね彼らの考えは
わかったんじゃないでしょうか?」
アンカーがコメンテーターへ話を振る。
「まぁ、当然のことでしょうね、5万人ですか?6万?そのくらいの観客がいて、その中の
1部の人たちですからね。説明があったような、対策をきちんと実行できれば、大丈夫だと
思いますよ」
その時点で、大衆の多くの意見がそこへ傾いたことは言うまでもない。
会見はまだ続いている。
「でも、多少の怪我人が出ただけだからいいけど、もし死人が出てたらどうするんですか?
意識不明のまま戻らない人が出たら、どうするんですか?」
後ろの席から、声高にそういう質問が発せられて、その口調が猛々しくて。
記者席に緊張が走る。
メンバーは冷静に、その質問者へ視線をくれて、中居が再び答えた。
「そういうことがないように、万全を期します」
「起きてしまってからじゃ遅いんだぞ!」
「万全を期してるつもりです」
「完全なんてものはないんだ!そうなったらどうする」
CM明けに、中居の顔がアップで映った。
「はい、どんなに準備をして、どんなに対策を練っても、それが完全になることはありません、
でも、出来る限りの想定をして、出来る限りの対策を立てて、出来る限り完全に近づけて、
皆さんに、楽しんでもらえるコンサートに、します」
その時の、アーモンドアイの真剣で決意を秘めた厳しい美しさは、その中継を見た多くの
人の心に残った。
直後に映し出された、他の4人の研ぎ澄まされたような輝くオーラと共に。
うっせえよ、カリカリしやがって。
お前らの負けなんだよ、興奮したお前らのな。
俺が、混乱してたってとこで笑わなくってもさ、まぁ、ちょっとは狙ってたけど。
吾郎さん、こんなとこで笑いを取れるなんて、すごい。
俺らは5人そろえば、こんなもんさ、へへ。
5人の心のうちが映し出される時は、永遠に来ない。
「「「「「ハア〜、疲れた」」」」」
部屋へ戻ったとたん、5人は同時にそう言って、各々ソファや床にへたり込んだ。
「少しはよくなるかなぁ、これからのライブ」
慎吾が呟くように言って。
「まぁ、みんな一応俺らのファンだかんな、けど、携帯に山ほど入ってくるわけわかんねぇ
着信とかよう、あれもファンなんだよな、そう思うと・・・」
「なんか、不気味に車でつけてくるヤツとかいたっけなぁ、あれもファンなのか」
木村は吾郎と並んで、ぴったりくっ付いてソファに腰掛けていて。
「俺、股間つかまれたことあるよ、あれもファン」
吾郎は頭を起こして、眉を曇らせた。
「でもさぁ、暗くなってから、ペンライトの灯りが揺れるの見てると、なんか、すっごい
嬉しくなんない?」
剛が少し乗り出して、みなの顔を見回しながらそう言った。
「俺はさぁ、オープニングかな、すごい歓声でさぁ、ああ、こんな大勢が俺らに会いに
来てくれた、って」
と、慎吾。
「終わりの終わりもいいよ、今日もまた幸せだったなぁ、って、感じる」
吾郎の瞳も、夢見るように輝いて。
木村と中居の眼があった。
「ま、そういうことだな」
木村の声が弾み始めていた。
ドアが開いて、マネージャーが入ってくる。
「あんた達・・・最高!」
「「おっ?」」
「「「えっ?」」」
笑顔が交錯する。
「あとは警察と会場側の返事待ち、でも、絶対大丈夫」
「チチッ、キミ、完全なんてことはないんだよ」
中居が気取って指を眼の前で振り回す。
木村が、ブハッと吹いた。
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