翌日、5人は1つのワゴン車に乗せられて、近辺の病院を回った。
夕べ、真夜中をかなり回った頃、やっとそれぞれの部屋へ引き上げることが出来た。
吾郎は、疲れているはずなのに一向に眠りにつけず、何度も寝返りを繰り返した。
明日の新聞やテレビでどのように報道されるのか。
平素はまるで愛玩犬のように尻尾を振って持ち上げてくるマスコミも、1つ弱みを見せた
だけで狼に豹変して、解りもしないことを正義の使者か良識の砦でもあるかのように声高に
言い募ることを、吾郎はよく知っていた。
きっと、ファンや自称関係者や自称専門家の言う事を、前後の脈絡を無視して繋ぎ合わせて、
都合のいい叩き記事が出来上がるのだ。
何度目かの寝返りを打って、身体をシーツに包み込んで小さく丸くなった時に、ドアが
密やかにノックされた。
「誰?」
「俺、木村」
「お前、恐くねぇ?」
「えっ?」
並んでベッドに腰掛けて、膝に置いた吾郎の手を掴んで、木村が言い始めた。
「俺たち、どうなっちまうんだろうなって」
「・・・・」
「刑事は、俺たちが止めるように言わなかったってことにこだわってた。でもよう」
「うん」
「俺だって、悪いのはあいつらだって、思ってんぞ」
「木村くん」
2人の眼が絡み合う。
「お前に、あんなことまで言わすアイツらは、どうしようもねぇ奴らだ」
「・・・・」
「でも、それは言えねぇよな」
「うん」
「恐いよ、俺」
「木村くん」
「ここで一緒に寝てもいい?」
「えっ?」
「こっちのベッド使わして」
「ああ、わかった」
吾郎には、木村が恐いからと言って、ここへ来てくれた気持ちが有難かった。
木村は、きっと、ひどく落ち込んだ吾郎を、助けようとしてくれているのだ。
「なぁ、お前、さっきちょっと焦ってたろ?」
隣同士のベッドで、お互いシーツから出した顔を見合わせて、木村がニタリと笑いながら
そんなふうに言ってくる。
「あはっ、まぁね、ありえないけどね」
吾郎は手を木村の方へ差し出した。
木村がその手を握り締める。
「もし、そうだったら、どうする?」
「へっ?」
悪戯っぽい眼で見つめて、握った手に力を込める。
それから、爆笑した。
「もう、意地悪なんだからぁ」
気持ちが溶けて、緊張がほどけてくる。
「昔はさぁ、2人ずつとか3人ずつとかの部屋だったよな」
「うん、あの頃はこんなふうになるなんて考えてもみなかった」
「やっぱなぁ、6万人は多すぎるよな」
「でも、それが今の俺たちだし、俺、今の俺たちが好きだよ」
「このまま、ダメになったらどうする?」
「また、何かを目指して、一緒に進むしかないと、思うけど」
「だよな、こんなことで、バラバラになる俺たちじゃねえよな」
「俺、好きだよ、スマップが、スマップでいる時の木村くんや、中居くんや、剛や慎吾が、
好きだよ」
「俺も」
やがて、言葉が途絶えて、2つの寝息が規則正しく聞こえてきた。
朝、夜を徹して届けられた5人分のダークスーツにそれぞれ袖を通して、駐車場へ向かう。
すでにそこには多数のマスコミが群がっていて。
口元へ次々と突きつけられるマイク。
警備員に守られて、黙ったまま車へ乗り込んだ。
5人とも、毅然として、顔を上げて、前を見つめたまま。
朝、落ち合った時に中居が口を開いて。
「正念場だ、オドオドするな、なにを言われても答えるな、俺たちは怪我をした人たちが
心配だから、見舞いに行くんだ、それだけだ」
スポーツ新聞も、朝のテレビも見てはいない。
なにを言われているのか、どう思われているのか、それは知りたくなかった。
「行くぞ」
それからは無言で歩いた。
今は、自分達がするべきことをするだけ。
それでも押しかけたレポーターが次々と口にする言葉はあからさまで。
「あなた方が注意すれば防げたんではないですか?」
「今度の件について責任は無いとお考えですか?」
「いつかこういうことが起きると、考えなかったんですか?」
慇懃無礼、それを絵に描いたような言葉の数々。
車内でも、誰も口を利かない。
最初に訪れた病院でも、その入り口にはマスコミのバリケードが敷かれてあって。
脚立を立て、天辺から彼らを狙おうとカメラを構える男たちを見て、剛が呟いた。
「あの人たちがあの脚立から落っこちて怪我したら、やっぱり俺たちのせいなのかな?」
ニヤッと、中居が口元を歪ませて。
木村が手を伸ばして、剛の髪をかき回す。
「ああ、そうだ、あいつが落っこちるのも、郵便ポストが赤いのも、地球が丸いのも、
みい〜んな、うちらのせいだ、だから、しっかりやろうぜ」
「うん」
慎吾があれ以後初めての笑みを見せた。
車はエントランスを入り、玄関前に横付けされる。
「よしっ、行くぞ」
中居の声に、5人の顔が引き締まり、車を降りた誇り高い男達は、取材陣を尻目にそこの
自動ドアをくぐり抜けた。
彼女は脚を折って、肩にもひどい打撲を負って、ベッドに横たわっていたが、5人がそろって
病室に入ると眼を瞠って。
傍らには、夫らしい男性が付き添っている。
中居、木村が並んで立ち、その後に、吾郎、剛、慎吾が、2人を囲むように立つ。
中居が口を開いた。
「この度は、我々のコンサートで、思いがけない事故にあい・・・心から、お見舞い申し上げます」
5人がいっせいに頭を下げる。
空気が揺れ、ほのかな心地よい香りが匂いたったようで、傍らに立った男性が思わず後ずさって
窓際に後退し、ベッドの上の彼女の眼が、ウットリしたように潤んだ。
「賠償責任については、事務所を通じてしっかり行うつもりですので、早くお元気になられるよう、
お大事にお過ごし下さい」
顔を上げた彼らは、雑誌の表紙を飾っている時のように、真剣で真面目な表情を保っていて。
何も考えまい、考えずに、ただ頭を下げて、その場を切り抜ける、そう決心した表情であることなど、
誰にもわからない。
「あ・あの」
横たわった彼女が、わずかに顔を上げて彼らを見た。
「ごめんなさい・・・私、ほんとに、ごめんなさい」
「はっ?」
つい木村が声を出す。
「つい、みんなが行くから、私もって、ちょっとでも近くで見たいって、そう思ってしまって
・・・みんなに迷惑かけて・・・ごめんなさい」
「はい、えっ・えと」
木村の言葉が戸惑って口ごもる。
中居が低い声でもう1度言った。
「とにかく、お大事に」
踵を返す彼らの背中に、再び弱々しい声が追い縋る。
「嫌いにならないで、私達を・・・あの、イヤにならないで、下さい」
木村が振り向いた。
「大丈夫っすよ、うん、大丈夫」
彼女の弱い笑みに送られて、廊下へ出た。
「ライブ、続けてくださいね」
「もうしません、ああいうことは、すみません」
「来てくれるなんて、思ってもみませんでした、ごめんなさい」
どこへ行っても、彼女達の言うことは、似通っていて。
「やっぱ、俺らのせいなのかなぁ?」
帰りの車内で、慎吾が言い始めた。
「だって、さぁ、みんな俺らが見たいんだよ、それってさぁ、やっぱ、俺らのせいじゃない?」
「俺たちが、魅力的過ぎるって事?」
吾郎が、真面目に答える。
木村がプッと吹き出した。
「お前、すげぇな」
「えっ?そお?」
「お前ら、本末転倒だぞ」
中居がそう言って、その時の会話は打ち切られた。
しかし、その中居の口調には、柔らかさが戻っていた。
他のメンバーの心にも、少しの余裕と穏やかさと強さが戻ってきていて。
ホテルへ戻った時、われ先に彼らを再び取り囲んだ報道陣には、それを感じ取ることが
出来る者はいなかったが。
「チケットの手配が出来たわ、これから戻って、夜の10時にホテルで会見を開くから、
そのつもりでね」
私服に着替えて、中居の部屋へ集合した5人に、マネージャーがそう告げた。
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