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「おい、ジョーダンきつ過ぎんぞ!? お前まで吾郎の夢遊病が感染したっ
つうの? ったく、勘弁してくれって」
…あまりにも予想通りの中居の反応。
俺は内心舌打ちをしながら、一応引き下がることにした。
「…ま、いいわ。悪かったよ、ヘンな話持ち出して」
「頼むよぉ〜? 木村。お前の頭のネジが外れたなんて知れたらさ、全国
ウン百万人の木村拓哉ファンが号泣すんぞ?」
「は〜いはい、判りましたって!」
中居の奴、語り出すと長えからな。
これ以上のお説教攻撃を喰らう前に、俺はさっさと退散することにした。
SMAPのメンバー全員が確実に顔を揃える、スマスマの収録日。
1週間ぶりに顔を合わせた中居に、俺は「一応」と思って、先週体験した
出来事をそれとなく話してみた。
吾郎が言うところの「SMAPのそっくりさん」、それも俺と吾郎に瓜二つの
2人組に、この局の駐車場で遭遇したこと。
吾郎に似てるほうの奴からは、事前に薔薇の画像メールが送られてきて
たこと。
証拠物件として、一応その画像も中居に見せてやった。
その結果が、さっきの
「ジョーダンきつ過ぎ!」
というリアクションになってきたわけで。
まあ、俺だって最初は吾郎の話なんててんでまともに聞いてなかったし。
実際、この眼で眼にするまで信じられるような話でもねえし。
そういう自覚はあったから、中居から頭ごなしに夢遊病者扱いされても
思いのほか腹も立たなかった。
に、しても。
吾郎は少なくとも、今の俺の話を理解してくれるだろうけど。
でも、俺があの2人の姿を見るまでは、吾郎の理解者は誰一人いなかった
わけで。
ホントのことを必死で話すのに、それが信じてもらえねぇってのは…
結構、しんどいもんだよな。
あの、吾郎に似た『ピンク』って奴がおせっかい心を起こして、俺らの前に
姿を見せなきゃ、俺と吾郎との間にはでっかい溝が出来てたに違いねえし。
あの時は色々とあったけど、やっぱりあいつには感謝すべき…なんだろう
かな。
ま、くよくよ考えても仕方がない。
そろそろ収録の準備を始めないといけねえな。
そういや、今日はまだ慎吾や吾郎の姿を見てねえけど。
中居は現に俺の目の前にいるし。
剛はさっき、自分と吾郎共用の楽屋へ入ってった。
遅刻大魔神の慎吾はともかく、吾郎がまだ来ねえってのは…
なんて首を傾げてると。
「せーふっ!! 間に合ったあ!」
なんて叫びながら、慎吾が飛び込んできた。
「あ、中居くん、木村くん、おはよっ! 俺、まだ遅刻してないよね?」
「…おう」
中居がスポーツ新聞を広げながら、低い声で応じる。
「よおし、今日も幸先いいね〜。ほら、吾郎ちゃんはあっちでしょ?」
あ、吾郎も一緒に来てたのか。
んじゃあ、これでフルメンバー揃ったな。
「えっと…あっち?」
開いたドアの陰から見え隠れする、ほっそりした姿。
黒のジャケットにジーンズ。ジャケットの下にはコーデュロイのカジュアル
シャツ。襟元には芥子色のスカーフ。
その姿はどう見たって吾郎…のはずなんだけど。
俺の脳内のアンテナに、何かが引っかかった。
どこかおかしい。…違和感がある。
どこが、って言われても困るんだけど。
「もう、何寝ぼけてんの? 吾郎ちゃんは剛と一緒じゃん。ほら、あっち!」
「…ん」
若干のためらいと共に頷く吾郎。
その姿をはっきりと見た瞬間、俺はとっさに口走っていた。
「ちょい待て! お前、本当に吾郎か?」
「…え?」
中居と慎吾が、まるで珍獣でも発見したかのような目つきで俺を見た。
う。メンバーにあんな目線を浴びせられるのも、結構堪えるよな。
でも、口に出した以上後には引けねえし。
俺は再度確認した。
「えっと…お前さ、本当にSMAPの稲垣吾郎か?」
「ちょっと木村くん、一体何言って…」
「10年以上、俺と一緒に芸能界で仕事してきた吾郎か? なあ」
「き〜む〜ら〜〜!?」
慎吾や中居は俺の正気を疑ってるみたいだったけど、俺は大真面目だった。
で、そんな風に言われた当の吾郎は。
気を悪くしてるかと思いきや、ふわり、と笑みさえ浮かべてこう言った。
「さすがだね、木村くん」
「……え?」
中居と慎吾が硬直する。
だけど俺は、『やっぱり』と思っただけだった。
「まあ、この前俺が実際に逢ったのは、君と吾郎くんだけだったしね。実際に
眼にしなきゃ、信じられないのはもっともな話だし」
目の前の、吾郎に激似な男は、苦笑交じりの声で低く呟いた。
「…お前、『ピンク』だよな?」
俺は最終確認をする。
「ご名答。鋭いね。やっぱり吾郎くんに関ることだと、力の入り具合が違うの
かな?」
もう二度と逢えないと思ってた…『もう1人の吾郎』。
ピンクはすっと楽屋に入り込むと、ドアをそっと閉めた。
「その様子だとさ、君たちのお仲間の吾郎くんはまだ来てないんだね?」
楽屋内部を物珍しそうに観察しながら、ピンクが問いかけてきた。
「ああ、まだ見てねえよ」
俺がそう応じると、
「だったらさ、局の受付に根回ししといたほうがいいよ? 俺、慎吾くんに
引っ張られて、顔パスみたいな感じで入局しちゃったから。その時、局の人に
ばっちり顔見られてるし。本物の吾郎くんが来た時、トラブったら困るでしょ。
忘れ物でもして、裏口から一旦外に出たからとでも言っといたほうが良くない?
この局に、『吾郎』は2人もいらないし。衣装を変えてから出てったって言えば、
服が違ってても納得してもらえるよ、多分」
そんな風に淡々と悪知恵を仕掛けてくるその態度は、先週遭遇したピンク
そのままで。
言いなりになるのはシャクだけど、このまま本物の吾郎が受付に行っちまう
のは確かにまずいし。
他に良い案も浮かばねえし。
俺は速攻で内線電話の受話器を手にすると、受付を呼び出した。
今しがたピンクがひねり出した言い訳を並べると、相手は案外簡単に納得
する。
冷や汗をかきながら受話器を置くと、ピンクがくすくすと笑いながら
「お疲れさま、木村くん」
と、軽く肩を叩いてきた。
「吾郎、まだ受付には行ってねえみたいだった」
吾郎の顔に向かって、吾郎の話をする。
何だか…妙な気分だよな。
「そう? それなら良かった。で、吾郎くんへの連絡は?」
「ああ、今からやっとくわ」
「どんな顔するかな? 彼」
「さあな。案外、喜ぶんじゃねぇ? お前に二度と逢えないんじゃねえかって
結構がっくりきてたし」
「そう? …それならまあ、いいんだけど」
ふ、と気恥ずかしさに似た色がピンクの頬を掠め、俺は正直意外な思いが
した。
腹の底を見せないしたたかさや、明晰な知性を感じさせる冷ややかさ。
そういう鋭さとは一線を画した、ごく普通の感情表現。
…こういう顔もするんだな、こいつって…。
なんて、浸ってる場合じゃねえ。
硬直したままの中居や慎吾はとりあえずほっといて、俺は携帯の電話帳から
吾郎の番号を引っ張り出すと、大急ぎで通話ボタンを押していた。
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