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「あ、オレ、じいさんに呼び出しくらってたの、忘れてた。
まったく、まいるよな。仕事のことは、仕事時間内で済ませて欲しいよ。
わざわざ酒場に呼び出してまで説教って、どういうんだよ」
グレイは夕食が終わると思い出したように立ちあがった。
「あ、それじゃ私もそろそろ・ ・ ・」
クレアさんも慌てたように立ちあがる。
「なんで?まだ、いいだろ。クレアさんはゆっくりしててってよ。
せっかく来てくれたんだしさ」
グレイは少し強引にそう言い残して、慌てて靴を引っ掛けて玄関を
飛び出して行ってしまった。
後に残されたクレアさんはちょっと困ったように玄関を見ていたけど、
すぐにまたボクを振り返った。
「グレイもなんか、大変そうだよね」
沈黙が訪れるのを避けるためにも、何か話さないと・ ・ ・
そんな思いで口を開く。
「ほんとに。でも、グレイくん、この頃ほんとに修行、
頑張ってて凄いな・ ・ ・って」
クレアさんはまるで自分のことのように嬉しそうに言った。
・ ・ ・なんか・ ・ ・
そんなクレアさんの様子に、ボクの中で何かが引っ掛かる。
「お茶でも入れるね」
ボクはクレアさんを見ないようにして立ちあがると、
ノロノロとお茶の支度をする。
この何か引っ掛かる感じ・ ・ ・ボクの気のせい・ ・ ・なのかな・ ・ ・
それとも・ ・ ・
なんとなくクレアさんと向き合うのが怖くて、けど、いつまでも
クレアさんを放っておくわけにもいかないし・ ・ ・
「どうぞ・ ・ ・」
ホワホワと湯気の立つカップをクレアさんに勧めながら、
ボクはちょっと言葉に詰まっていた。
「ありがと。いつもおうちのこと、クリフくんがしてるんだってね。
グレイくんが褒めてたよ」
クレアさんはカップを両手で包むようにして持っている。
まるで、その温かさを慈しむように。
「え?ああ・ ・ ・好きでやってるわけじゃないけど。仕方なく・ ・ ・」
ボクは笑おうとして・ ・ ・でも、たぶんあまり上手くは
出来てないような気がする。
「そうよね。私も二人で住むって聞いたとき、正直、ビックリしたもん。
お食事とかお掃除とかどうするのかな、って」
「うん・ ・ ・なんとかなるって思ってたから。
今から思うと無謀なこと、しちゃったよね」
ほんとに・ ・ ・お互いに経済的に助かるっていう点で一致してたんだけど、
やっぱ、無謀だった・ ・ ・
「ねえ、時々、宿屋さんに行ったりする?」
クレアさんはフゥフゥとお茶を冷ましながら、ちょっと上目遣いにボクを見る。
「ううん。用事、ないし」
「それじゃ、ランちゃん、寂しいだろうね」
クレアさんの目がまっすぐにボクを見詰めている。
その目はとても真剣で、ボクに何かを訴えかけているようにも見えた。
ランちゃんがボクのことを何かと心配してくれているのは、
分かっていたし、ボクも生き別れた妹に似ている彼女のことを
なんとなく意識してたこともあったけど・ ・ ・
ランちゃんはもしかしたらボクのこと・ ・ ・と思うことも
全然なかったわけじゃないけど・ ・ ・
でも、クレアさんがどうしてボクにランちゃんの話しをするんだろう。
・ ・ ・ ・って、ほんとは分かってる。
こういう展開は決まって・ ・ ・
「グレイ、酒場に行くって言ってたっけ。ボクも久し振りに
宿屋さんに顔、出そうかな」
「ほんと?ランちゃん、きっと、凄く喜ぶよ」
クレアさんの顔に満面の笑みが浮かぶ。
ランちゃん、きっと、凄く喜ぶよ・ ・ ・
クレアさんの言葉が頭の中でグルグル回っている。
そう・ ・ ・だね・ ・ ・
ランちゃんは喜んでくれるだろうな・ ・ ・
それはボクにも想像できる。
そんなランちゃんを見るのが、クレアさんは嬉しいんだよね。
クレアさんの気持ちの中にボクは・ ・ ・いない・ ・ ・のかな・ ・ ・
ボクは自分でも驚くぐらい邪まな気持ちでクレアさんの気持ちを思った。
ボクとランちゃんが親しげにしていても、クレアさんは別に
傷ついたりはしないんだよね。
どうしてもそのことが確かめたくて、ボクはクレアさんを誘う。
「クレアさんも一緒に行こうよ。グレイもいるし」
クレアさんが迷ってみせたのは、ほんの一瞬だった。
グレイも居るし・ ・ ・
ボクの見間違いでなければ、クレアさんの表情は確かにその瞬間に変わったんだから。
外は酷く寒くて、こんな夜にわざわざ出掛けていく自分が、情けなく思えた。
自分で自分を失恋に追い込んでる・ ・ ・
そんなバカバカしさに滅入りそうになりながら、ボクはチラチラと隣の
クレアさんを盗み見る。
クレアさんは白い息を弾ませて、なんだかとても楽しそうだった。
クレアさんは冬が好きなのかも知れない・ ・ ・唐突にそんなことを思う。
そして、ボクは・ ・ ・
この突き刺さるような寒さも、全てを包み込んで
凍てつかせてしまうような空気も・ ・ ・
凛と張り詰めたこの厳しさが、今は少しだけ愛しい・ ・ ・
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