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「あ、いらっしゃい」
聴きなれた明るい声に迎えられて、ボク達は店に足を踏み入れる。
「わぁ、クリフくん?!久し振り!!元気だった?」
案の定、ランちゃんは本当にこぼれ落ちそうな笑顔で
ボクのすぐ近くまで駆け寄ってきた。
今にも飛びつかんばかりの勢いで。
「うん。すっかりご無沙汰しちゃって。何かと忙しくて教会にもなかなか
行けずにいるから」
ボクはわざと普段以上に明るく振舞って見せる。
「外、寒かったでしょう。ねぇ、何か飲む?
それとも何か温かいものでも作ろっか?」
ランちゃんは本当に嬉しそうで・ ・ ・ボクは少し胸が痛む・ ・ ・
「あ、ご飯は食べてきたから。何か飲む?クレアさん」
ボクの声にランちゃんはえ?とボクの後ろを見て、
初めてクレアさんの存在に気付いたみたいだった。
「あ、クレアさん。いらっしゃい。一緒だったんだ。ごめんねぇ。
クリフくんの影になってて、わかんなかったよぉ」
ランちゃんはわざとおどけたように明るく言って、少しボクのそばから後ずさる。
さっきとは明らかに違う笑顔。営業スマイルってヤツかな・ ・ ・
それは別にクレアさんを敵視してる、とかいうんじゃなくて、
ショックを隠そうとして、無理に微笑んでいるような・ ・ ・
こんな時間に二人仲良く酒場に現れれば、普通は誤解するだろうな、
二人が特別な関係でなかったにしても・ ・ ・
さすがにクレアさんも女のコだから、ランちゃんの反応の意味が
わかったみたいで、少し顔色を失いかけてる。
こんな展開は予想してなかったけど・ ・ ・
「なんか、グレイが男二人で大変だ、とかクレアさんに愚痴ったらしくて
心配して来てくれたんだ。食事の支度とか、
片付けまでしてもらっちゃって・ ・ ・」
ボクは何でもないことのように、そう説明する。
二人が傷つくのを承知で・ ・ ・
「えっと・ ・ ・強引に押しかけちゃって」
クレアさんが無理に笑顔を作れば、ランちゃんも同じように笑顔して
「食事だけでもウチに来て食べればいいのに」
なんて答えてる。
「あ、そうか。そうだよね。食事だけでもここで食べれば良かったんだ」
これは確かに新たな発見だった。
最初からそうすれば良かったんだ。
そうすれば食事の支度とか、後片付けとか、ややこしい仕事から
解放されるもんね。せめて夕食だけでも・ ・ ・
なんとも表現しにくい妙な空気を感じたのか、グレイがやって来て
口を挟む。
「あれ、お二人サン、どうしたの?こっちに出てきちゃったんだ」
その声音はおどけてみせてはいるけど、明らかに訝ってる。
折角、オレが二人きりにしてやったのに・ ・ ・
そんな呟きが聞こえてきそう。
「うん。クレアさんが、たまには宿屋にも顔出したらって言ってくれてさ」
さすがに「ランちゃんが寂しがってるだろう」とまでいうのは気が引けた。
ボクの言葉に一番驚いたのは、ランちゃん、だったような気がする。
目をまん丸に開いて、クレアさんを見て、ちょっと・ ・ ・赤くなる。
女のコ同士っていうのは、こういうとこ、凄いな・ ・ ・とちょっと思う。
たぶん、ボクが気が引けて言えなかったこと・ ・ ・
ランちゃんにはクレアさんがボクにどう言ったかが分かったんだろう。
それで赤くなって・ ・ ・
「え?それって・ ・ ・」
で、次に驚いたのは、やっぱりグレイ、だろうな・ ・ ・
自分のことは全然、鈍いみたいだけど、さすがにクレアさんがボクに向かって
そう言ったことの意味がわかったみたいで、言葉に詰まってる。
自分の言い出したことが思いがけない方向に展開して、
まともに面食らってるみたいだった。
まぁ、グレイがやってくれたことは完全に裏目に出たと言っても、
過言ではないし、さすがに、それって気まずいよね・ ・ ・
ボクがクレアさんのこと想ってるっていうのに気付くのと同じように、
クレアさんが誰を想ってるのか、気付いて欲しかったよ、もう少し、早く・ ・ ・
って、それはやっぱり、無理な注文かな・ ・ ・
ボクだってさっきまで気付かなかったんだし・ ・ ・
そういう点で裏目には出たけど、はっきりさせて貰えて有難かったと
言うべきなんだろうし・ ・ ・
そう・ ・ ・
少なくともクレアさんはボクの気持ちを知らずに済んだわけだし、
そのことで少しは辛かったり・ ・ ・悩んだり・ ・ ・
しなくて済んだはずだから。
「あのさ、グレイ。ボク、やっぱり宿屋に戻りたいんだけど。
あのまま二人で住むのって、やっぱ、無理だよ。グレイもそう思うでしょ」
・ ・ ・はっきりクレアさんに確かめたわけじゃないけど、
本当はキチンと確かめて、キチンと失恋しといた方が後々のためには
いいのかもしれないけど・ ・ ・
でも、今のままグレイと一緒に住むのは、ボクには出来そうにない。
「だよな・ ・ ・お前にばっかりやらせてるのも気が引けるし。
やっぱ、宿屋に戻る方が賢明だよな」
そこはさすがにグレイにも異存がないらしい。
「ボク達の部屋、まだ、空いてる?」
聞かなくても分かってるけど。
コクン、と一つ、ランちゃんが肯く。
「あーあ・ ・ ・も一回引越しか・ ・ ・」
グレイがため息をつく。
「大して荷物なんてないくせに」
「あのウチもせっかく、綺麗にしたのにな」
「すぐにまた、誰か住む人が出来るよ、きっと。新婚さんとか・ ・ ・」
ボクのセリフに女のコ達二人は揃って、少しだけ頬を染めた。
自分達の幸せな未来を夢見るように・ ・ ・
幸せな未来・ ・ ・
いつか・ ・ ・ボクにも訪れる日があるのかな・ ・ ・
そんな未来を夢見ることは、今は出来ないけど・ ・ ・
今からあのくそ寒い中を冷え切ったウチに戻るのは、
とてもバカバカしくて出来そうにない・ ・ ・
クレアさんを送り届けるナイト役はグレイに譲って、
このまま宿屋に泊まってしまおうか・ ・ ・
と横着なことを考えたりしているボクだった。
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