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「彼女の様子はどうかな」
赤いシルクハットが特徴的な町長は、ドクターの顔を不安げに覗き込んだ。
「身体の傷は癒えているはずなんです。今は点滴でなんとか
身体をもたせていますが、何か食べたり飲んだりした方が
明らかに早く良くなるんだ。それなのに・ ・ ・
彼女自身の中で何かが目覚めることを拒否している。
恐らくは心の傷がそうさせているんでしょうが・ ・ ・」
ドクターの表情は暗く沈んでいる。
医学では及びのつかない、自分の無力さに苛まれて。
「困ったな・・・ご家族の方もさぞ心配なさっているだろうに・ ・ ・
本人が目を覚ましてくれないことには、連絡の取りようすらないんだよ。
身元の分かるようなものは何一つ身につけてはいなかったようだしね。
おおかた嵐で流されてしまったんだろうが・ ・ ・」
町長もまた、困っている。
そこへ突然、緊迫した声が飛び込んできた。
「ドクター!!大変だ。すぐ来てくれ!嫁さんが急に産気づいた!!」
父親らしい人間の顔からは完全に血の気が引いている。
「なんだって?!予定日は1ヶ月以上も先じゃないか!!」
ドクターも少し取り乱して言った。
「入院が必要になるかもしれないな・ ・ ・」
ドクターは町長を振り返った。
「町長、どこか彼女を移せるところはありませんか」
「急にそんなことを言われても・ ・ ・」
町長はしどろもどろになりながら、しきりに首をかしげる。
「おっ!!」
間もなく、町長は声を上げてポン!と手を打った。
「町外れに今はもう誰も住んでいない牧場があったね。あそこはどうだろう」
「とにかく、急を要します。町長、至急、そのように手配をお願いします。
エリィ、入院の準備を頼む!!とにかく僕は様子を診に行って来る」
「ハイ!!」
ドクターはエリィの返事を待つまでもなく、ドアの外でイライラしながら
待っていた父親と共に走り出していた。
「どうしたんですか?珍しく騒がしいですね」
彼女が運び込まれてから、ほとんど毎日のようにお見舞いに来ている
クリフが少し不思議そうに町長とエリィの顔を見比べた。
「おお、クリフ。いい所に来てくれた。今、人手を探そうとしていたところなんだよ」
「もうすぐ赤ちゃんが生まれそうな人がいるの。
予定日より1ヶ月以上も早くて、入院が必要になるかもしれないのよ。
それで、彼女には別のところへ移ってもらうことになって・ ・ ・」
エリィは慌ただしげに動き回りながら、ことのあらましを要領良くクリフに伝えた。
「別のところって・ ・ ・」
面食らっているクリフに今度は町長が
「町外れの牧場。今は誰も住んでいないから、
あそこにしたらどうかという話になってね」
と付け加えた。
「町外れって・ ・ ・そんな!!
人が住めるようなところじゃないでしょう?!
まして、彼女は病人なのに!!」
普段、めったなことで感情を露わにしないクリフの、
思いがけない激しい反論に町長はもちろん、それまで忙しげに動き回っていて、
クリフを見ようとさえしていなかったエリィまでが
えっ?
と手を止めてクリフを見た。
「そ、そう言われればそうなんだが・ ・ ・」
途端に町長は自信なげにオロオロと辺りを動き回った。
「それじゃクリフ、他にどこかあるって言うの?!」
エリィは険しい表情でクリフを見つめた。
「えっ?!それは・ ・ ・」
クリフは口ごもって俯く。
「とにかく時間がないの!!もし、準備が間に合わなくてお母さんも
赤ちゃんも死んじゃったらどうするの?!」
エリィはさらに厳しい口調で言い募った。
「うむ。とにかくクリフ、人手を集めてくれ!彼女を牧場に移そう」
町長もさすがに覚悟を決めたのか、ガンとした強い口調でクリフを振り返った。
「わかりました」
すぐにでも飛び出していこうとするクリフの背中にエリィは呼びかけた。
「クリフ!彼女、もう、身体の方は大丈夫らしいのよ。
ただ、心の傷が彼女を眠らせたままにしているんだろうって、先生が。
私も彼女にあんなところに移ってもらうのは忍びないけど、
他に方法がないの。私だってほんとは・ ・ ・」
「ゴメン、取り乱したりして。そうだよね。エリィの気持ちも考えないでボク・ ・ ・」
不意にクリフの瞳が悲しげに揺らいだ。
「い、いいのよ。そんなの。呼び止めてごめんなさい」
エリィはあわててクリフから目をそらすと、また、慌ただしげに動き始めた。
(やだ、そんな顔しないでよ。弱いものいじめしてるみたいじゃない・ ・ ・)
エリィは口には出せない思いにちょっと心の中で舌打ちしていた。
間もなく町長とクリフは病院を飛び出していく。
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