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このところ、オレははっきり、苛立っている。
いや・・・
落ち込んでいる・・・かな・・・
オレがこの町に来てから、もうそろそろ1週間になろうとしているのに、
彼女が一度も来ない。
海の家にも、宿屋にも。
あの日、挨拶したきり、一度も顔を見ていない。
忙しいんだろうな、きっと。
牛や羊も飼い始めたって聞いたし、夏は水遣りも大変そうだし。
挨拶に行った日も雑草と格闘してたしな・・・・
「なんかカイ、この頃元気ないよね。夏バテ?」
クリフ〜・・・オレに向かって夏バテ?なんて聞くなよな、お前じゃ
あるまいし・・・
オレはどっと疲れながら首を横に振る。
「オレ、もう寝るわ」
「って、まだ8時過ぎだよ。具合、悪いの?ドクター、呼んで来ようか?」
心配してくれる気持ちは嬉しいんだけどな。
こういう時って、意外にうっとうしいもんだな。
放っといてもらえると、一番、ありがたいんだけど。
オレはどたり・・・とうつぶせになってベッドに身を投げ出した。
と、そのときだった。
コンコン・・・
ドアをノックする音。
「はぁい」
クリフがドアを開ける。
「あれ、クレアさん。こんな時間に珍しいね」
クリフの声にオレはがばっとベッドから起き上がる。
「ご、ごめんなさい。カイくん、寝てた?」
クレアちゃんはちょっと困ったように目を伏せて。
「あ、いや・・・起きてた。ちょっと横になってただけ」
オレは慌ててベッドに座り直す。
「すぐに帰るから、気にしないで休んでてね」
クレアちゃんはちょっとオレに微笑んで見せて。
「クリフくん、これ。今日、お誕生日だったでしょ。
なかなか上手くラッピング出来なくて、悪戦苦闘してたら
こんな時間になっちゃって。ほんとは果樹園で渡そうと
思ってたんだけど。ごめんね」
一瞬、チラッとオレを見て。
クレアちゃんは薄い水色に細かい花の透かし模様の入った包装紙に、
濃いブルーの細いリボンのかかった小さな箱を、大事そうにクリフに差し出す。
「別に明日でも良かったのに」
クリフもチラッとオレに視線を投げる。
「だって!やっぱり今日が誕生日なんだから、今日中に渡したかったんだもの」
クレアちゃんが少しムキになる。
そんなクレアちゃんにちょっと笑って
「嬉しいよ。ありがとう」
そう言いながら受け取るクリフは、本当にとても嬉しそうで。
なんて言うか、二人はオレの目から見て、とても、いい雰囲気で。
そして、オレは閃くように、一瞬で理解してしまった。
ヤツが明るくなった理由(わけ)を。
「オレ、なんかお邪魔虫みたい?」
ベッドから立ち上がって大股に部屋を横切る。
「クレアちゃんもそんなとこで突っ立ってないで、中、入れば。
オレ、しばらく出てるし、二人でごゆっくり」
顔が引きつらないように、必死で笑顔して。
「え?やだ。そんなんじゃないってば」
真っ赤になって慌てて部屋を出て行こうとするクレアちゃんを半ば
強引に部屋の中に押し込むようにして、後ろ手でドアを閉める。
ドアにもたれかかった途端、ひとりでに溜息が洩れる。
オレがいない間にそういうことになってたのか・・・・
グレイ辺りがライバルになるかもなぁ、とは思ってたけど、
まさか、あいつなんて、想像もしてなかった。
大穴もいいとこだよな。
オレは一旦階段を降りかけて、足を止める。
酒場には、そう言えば毎日、リックが飲みに来てたっけ。
こんな時に顔を会わせるのは、何よりも遠慮したい相手だ。
で、仕方なく向かいの部屋のドアをノックする。
「おう、ってカイか。何か用?」
「用はない。けど、部屋に入れてくれ」
「なんで?」
入り口を塞ぐようにして立ちはだかっているグレイを強引に押しのけて
部屋に入る。
「なんでだよ。お前の部屋、目の前だろ」
オレはグレイが普段使っていない、開いている方のベッドに腰を
下ろして、ふと、どうしてコイツが一人部屋なんだ?とつまらない
疑問を抱いた。
別にそんなことはどうでもいいことなんだけどな。
「お前、今日クリフの誕生日って知ってた?」
「あぁ。朝からランちゃんがご馳走作るんだって張り切ってたから」
そうだっけ?
オレってそんなことも気付かないくらい、滅入ってたのか?
「クリフの誕生日がどうかしたのか?」
グレイが不思議そうに。
そりゃ、そうだよな。いきなり、何の脈絡もなくそんな話を切り出されれば。
「今、クレアちゃんが来てる」
「あぁ、そっか。それで・・・」
グレイはいたく納得したように肯いて。
全然、驚いている風もなく。至極、当然、といった顔で。
そんな何気ないグレイの態度が、オレの落ち込みに拍車をかける。
つまり、周囲の人間にも公認の仲なんだと思い知らされて。
「クリフとクレアちゃんって・・・・」
言いかけて言葉に詰まった。
何を聞くつもりなんだ、オレ?
「気になる?」
グレイがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
「別に。ちょっと驚いただけだって。意外過ぎたと言うか。
去年とは別人だな、クリフのヤツ」
グレイはあぁ、とちょっと肯いて。
「去年の秋、だっけ?果樹園でクリフとクレアさんと一緒にバイトして
その後くらいから、変わってきたかな。仕事、見つかって安心したんじゃ
ねーの」
「それだけか?」
「それだけって・・・他に何があるんだよ?」
「あ、いや・・・・」
やっぱり何も言えなくて、言葉を失う。
なんか、オレらしくないよな、こういうの。
オレはそんな自分に嫌気がさして、軽く溜息をつく。
「まぁまぁ、そんなに落ち込むなって」
グレイは多分オレを励ますつもりなんだろう。
やけに明るい笑顔でポンポンとオレの背中を叩きながら
言葉を繋げる。
「あの二人、確かに仲いいけどさ、友達だと思うよ、オレは。
まぁ、クリフがどう思ってるかは解らないけど、クレアちゃんが
クリフのこと、特別に意識してるとは思えない」
お前の見解ってアテにしていいのか?
そんな問いが喉元まで出かかっていたけれど、辛うじて呑み込む。
何にしても、オレを励まそうとしてくれてるらしいし。
「それに誕生日のプレゼントなら、オレも貰った。
カイは去年、貰わなかったか?」
「・・・・貰ったけど」
確かにもらった。かわいくラッピングされたプレゼント。
凄く、嬉しくて。
「だったら、別にクリフの所に持って来たからって、そんなに
驚くこと、ないだろ」
言われて見れば確かにそうなんだけど・・・・・
オレの単なる思い過ごし?
だったら、それに越したことはないけどな。
でも、それなら余計に気にかかる。
どうして、一度も顔を見せてくれないんだ?
オレはそのままベッドに横になり、軽く目を瞑る。
「わ〜〜〜!!そこで寝るなよぉ〜!!」
隣で叫んでいるグレイの声をどこか遠くのものに感じながら、
オレは考えても仕方のない問いを、自分の中で繰り返していた。
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