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照りつける太陽の光が反射して、水面が煌く。
潮の匂いに混じって、あの懐かしい町の匂いがオレの鼻先をくすぐる。
毎年、夏にだけ大して儲からない海の家をやるためだけに
やってきている田舎の町。
正直言うと、あまりオレにとっては居心地のいい場所とは言いかねた。
町の人間とはそりが合わないし、娯楽も何もない、つまんねー町。
けれど、今年はちょっと違う。
難破した船から奇跡的に助かった金髪碧眼の美少女、クレアちゃんが、
去年からあの町で牧場を再建しようと頑張っている。
女のコの細腕でなんとかなるのかよ・・・
オレは最初、ちょっと冷めた目で彼女のことを見てたんだけど・・・
海の家で使うとうもろこしを分けて貰いに行った時に見た彼女の
姿は、今でもオレの脳裏に焼き付いて離れない。
暑さのせいで紅潮した頬や、仕事の邪魔にならないように1つに
束ねた髪から覗く襟足の後れ毛だとか。
そして、何よりも印象的だったのは、やっぱり目だろうな。
真剣な眼差し。ただ一途な。
照りつける太陽の下で、流れる汗を拭おうともせずに、一心に
仕事する彼女の姿勢に、オレは自分のいい加減さや甘さを
責められているような気持ちになっていた。
しかも、彼女は天涯孤独の身の上らしいんだけど、そんなこと聞かなければ、
誰も気付かないくらい明るくて、元気で・・・・
オレと同室のやたら暗いヤツとは、えらい違いだと、驚いて。
そして、気がつけばオレはしっかり彼女の虜になってしまっていた。
「カイ〜〜〜!!お帰りなさ〜い!!」
その声にオレは桟橋に目を凝らす。
ふわふわのピンク色の髪が揺れてる。
ポプリか・・・・
他に誰かいないかあちこち視線を飛ばしてみたものの、それらしい人影はなく、
別に期待していた訳ではないけれど、それでも、少し、ガッカリする。
彼女がわざわざ出迎えてくれるわけはないと解ってはいても。
「よっ!!彼女のお出迎えかぁ?!色男は違うねぇ!!」
ガシッ!!と音がするくらい乱暴に頭を小突いて、ザクが二ヤリと
嫌な笑いを浮かべた。
「そんなんじゃねぇって・・・・」
オレはがっくり肩を落とす。
ポプリもなぁ・・・・
リックの野郎に散々、止められてるくせに、会いに来るんだよな・・・
かわいいんだけどな、一途で。
でも、好きかと聞かれたら、答えられねーな、オレ。
ポプリはオレが船から降りるのを待ちかねて、飛び付いて来る。
「うわっ?!危ないからよせって!!」
ったく・・・落っこちたらどーすんだよ。泳げねーくせに。
「会いたかったよ、カイ」
そう言うポプリの顔は本当に嬉しそうで、幸せそうで、ちょっと胸が痛む。
オレは多分、コイツの気持ちには応えてやれそうにないと思うから。
「ねぇ、ねぇ。町の人に挨拶に行くんでしょ。ポプリも一緒に行っても
いい?」
うさぎみたいに真っ赤な瞳をキラキラと輝かせて。
オレはちょっと考え込む。
こいつと一緒のところをリックの野郎に見つかると、やっかいだしな。
「わりぃ・・・オレ、今日疲れてるから、このまま宿屋行って寝るわ。
挨拶はまた、明日な」
えぇ〜〜〜。思いっきりふくれるポプリにヒラヒラと手を振って、
オレは宿屋へ向かって歩き出す。
宿屋について、いつものようにダッドとランちゃんに挨拶して、
2階の自分の部屋のドアを開ける。
「あ、カイ。久し振り。元気だった?」
「おう。1ヶ月、また、よろしくな」
何気なく答えて・・・
え?
「クリフ?」
思わず名前を確認してしまう。
「そうだよ」
そうだよな・・・顔は同じだもんな、去年と。
けど・・・なんか、人間、変わってねえ?
こんな人懐っこいヤツだったっけ?
「何?」
どうやらオレ、余程驚いた顔をしていたらしく、クリフが
ちょっと笑って問いかける。
おぉ・・・笑ってるよ、コイツ・・・
純粋な驚き。
去年、一夏、同じ部屋にいて、笑顔はおろか、ついぞろくに会話も
しないまま、重苦しい雰囲気に息が詰まりそうだったのは、
確かにオレの記憶違いではないはず。
「あ、いや・・・別に」
オレがいない間に変わったんだな。何があったのかは知らないが。
「あれ?カイ、今、着いたばっかりなのに出掛けるの?」
しかも、自分から話かけて来るし・・・
「ちょっとな」
「いってらっしゃい」
クリフのやたら明るい声に見送られて、オレも少し、テンションが
上がる。
何にしても、同室のヤツが暗いよりは明るい方がいいに決まってるしな。
オレは鼻歌混じりに町を歩きながら、ある場所を目指す。
「こんちわ〜」
柵越しに声を掛ける。
「カイくん?!」
はびこる雑草と格闘していた彼女は、顔を上げて驚いたようにオレを見た。
彼女の反応にオレも少し、驚く。
どうして、そんなに驚くわけ?
「何?」
「あ、ごめんなさい。ポプリちゃんが、カイくんが帰ってきたんだけど、
疲れてるから挨拶は明日って教えに来てくれたから」
「ああ・・・うん。そう思ったんだけど、宿屋についたらなんか
急に体が楽になって」
と言うよりはポプリと一緒に彼女に会いにくるつもりは、なかっただけの
ことなんだけど。
他への挨拶は例え、明日に回しても彼女にだけは今日中に会って
おきたかったし。
「明日からまた海の家オープンするからさ、クレアちゃんも
来てくれよな」
ありきたりの、辺り障りのない挨拶をして。
「ええ。もちろん」
にっこりと笑ったその瞳に、少し悪戯っぽい光りが浮かぶ。
なんだ?
一瞬、浮かんだ疑問を見透かしたように彼女はオレの手を引っ張って
「こっち、こっち」
嬉しそうに歩き出す。
「何だ、これ?」
目の前のそれに思わず声が出て。
「ビニールハウス。この中だと、夏にならなくてもパイナップル
作れるって聞いて、頑張っちゃった」
得意満面な笑顔。
「カイくんパイナップル、好きだって言ってたよね。
もうすぐ出来るからそうしたら、一番に持って行くね」
それって、聞きようによっては・・・・
ひょっとして、期待しちゃってもいい訳?
彼女はシャツの袖で汗を拭いながら、零れるような笑顔を浮かべている。
オレは無意識にその頬に手を伸ばす。
「え?」
驚いた彼女は目を真ん丸にして。
「泥、ついてる」
そっと拭うと、彼女の頬が薄く紅色に染まる。
「あ、ありがと」
彼女は照れたように笑って、そのまましゃがみ込んで、足元で
じゃれついていた犬を抱き上げた。
「じゃ・・・またな」
本当はいつまでも彼女のことを見ていたいんだけど、そういう訳にも
いかないし。
「バイバイ」
彼女は犬を抱えたまま、小さく手を振る。
陽が傾きかけて、辺りを鮮やかなオレンジ色に染め上げていく。
その光りに照らされて、彼女の金色の髪が一層輝いていた。
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