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それから、1週間ほどたったある日。
クリフ宛に1通の手紙が届いた。差し出し人はデュークさん。
早速、クリフに渡して、封を切ってもらうと、結婚式の招待状だった。
「アージュさん、結婚するらしいよ」
招待状を私に渡しながら。
「是非、式に出席して欲しいってさ」
「わぁ、素敵?!お相手は?」
「ハリスさんだって」
「ほんとに?!」
尋ね返しながら、自然に口元が緩んでくる。
そう言えばハリスさんから相談されたことがあったっけ・・・
「そっかぁ・・・・あの二人、結婚するんだ・・・
アージュさん、気が強そうだけど、ハリスさん、大丈夫かな?」
クリフに笑いかけると、クリフはもう1通同封されていた手紙を
読んでいた。
「それは?」
「え?ああ・・・アージュさんからだよ」
苦笑して。そして、その手紙はそのままたたんで封筒にしまって
しまった。
「何て書いてあったの?」
「大したことじゃないよ。たまには帰ってくればってさ」
クリフは笑ってるけど。
大したことが書いてないのなら、見せてくれてもいいのに。
そんな思いが一瞬、脳裏をよぎる。
「久し振りに帰ろうか、ミネラルタウンに」
帰るって言うのは変かな、なんて笑いながらクリフは言った。
でも、私もクリフもあの町で新しい自分と向き合って、
新たなスタートを切った。
そして、私達二人が出会った思い出の場所。
故郷(ふるさと)のような場所。
「みんなに会えるの、楽しみだね」
私も笑って。
「みんな、変わったかな?」
「まだ1年ちょっとしか経ってないんだから、そんなに
変わってないと思うけど」
そう。
たった1年しか経っていないのに、こんなに懐かしい。
私は様々な出来事が思い出されて、興奮してその夜はなかなか
寝つかれなかった。
ちょっと強い海風が潮の匂いと一緒に懐かしい町の匂いを運んでくる。
目指す町はもうすぐそこ。
港の桟橋が見えてくる。
見慣れた顔。
懐かしい友達の顔が一杯並んでいる。
「クレア、お帰り」
「クレアちゃん、お帰りなさい」
船を下りた途端、あっという間に女の子達に取り囲まれて。
言葉のシャワーを浴びているみたい。
みんなの声が一斉に私に降りかかる。
みんなの肩越しに見ると、クリフも男の子達の手荒い歓迎を
受けている。
そのまま団体でなだれ込むようにして宿屋さんにつくと、
そこには町中の人達が集まって、歓迎会の準備を整えてくれていた。
すっかり驚いて、でも、そんな風に温かく迎えてくれる町の人達の
変わりない優しさが嬉しくて、後から後から頬を温かいものが伝う。
「やだ、クレアちゃんたら。泣かないでよ」
その涙が伝染して、終いには女の子全員が泣き出してしまって。
クリフが困ったようにハンカチを差し出しながら、そっと
肩を抱いてくれる。
「ええ〜〜〜っ?!結婚したの?!お前達?!」
再開の涙もようやくおさまりかけて来た頃、急にグレイくんが
素っ頓狂な声をあげた。
クリフと話してたみたい。
その声にすかさずマリーちゃんが
「何驚いてるのよ、当たり前じゃない、そんなこと」
なんてすかさず突っ込んでいる。
「けど、みずくさいよな。誰にも知らせないで二人だけで
式、挙げるなんてさ」
「あ、お式は挙げてないの。婚姻届、出しただけなんだ」
わざと拗ねてふて腐れて見せるグレイくんに私は笑いかける。
「え?あ、そ、そうなのか。あ、でも、結婚おめでとう」
グレイくんだけじゃなくて、みんなが代わる代わるお祝いしてくれて。
クリフはデュークさんファミリーと盛り上がってるみたい。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、会は解散になり、
みんなそれぞれ家路についていく。
がらんとした酒場に残った私達にダッドさんは
「結婚してるんなら一部屋でOKだな」
ちょっと冷やかすように笑いかける。
クリフは言葉に詰まって少し赤くなる。
「ねえ、クリフ・・・・・」
私はちょっとクリフの服を引っ張って。
「私、ちょっと行って来たいところがあるんだけど」
クリフはまるで私がそう言い出すのを分かっていたように、優しく笑って。
「一人で大丈夫?」
「うん」
一言だけ答えて。
一人の方がいい。
「足元に気をつけて。もう暗いから」
「おいおい、ほんとに大丈夫なのかい、嬢ちゃん。明日、
明るくなってからの方が・・・」
ダッドさんが心配してくれたけど、大丈夫だから、と断って。
数十分後。
私はあの懐かしい風景の前に佇んでいた。
1年前とそんなに変わってないけれど、それでもやっぱり
酷く寂びれている気がする。
私はその場所に足を踏み入れる。
むせ返るような牧草の匂い。
少し鄙びた水車の回る音。
暗くてもちゃんと分かる。
柔らかな土の感触。
ささやかな小川のせせらぎ。
私は一つ一つ確かめるように、ゆっくりと牧場の中を歩く。
家畜小屋。
馬小屋。
鶏小屋。
そして・・・・
そっとドアを押してみる。
キィ・・・と少し軋んだ音がして、ドアが開く。
私が暮らしていた小屋。
とても家とは呼べない建物。
けれど、改築もして少しずつ住み易くして・・・
思い出が押し寄せてくる。
懐かしくて、胸が痛くて、潰されそうになる。
帰りたい。
もう一度ここで暮らしたい。
牛や馬や羊。
鶏を飼って、野菜を育てて、たまに釣りをして。
鉱石掘りもして。
私はあふれる涙を止めることが出来ずに、うずくまって声を
殺して泣いた。
十分、幸せだと思ってたのに。
クリフと一緒で、ただ、それだけで幸せだと思ってたのに。
どうして、私の心はこんなにもわがままなんだろう・・・
何の不満もないのに。
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