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ふわり・・・
肩に温かいものが掛けられて、驚いて顔を上げたら
クリフが自分の上着を脱いで、私に掛けてくれていた。
「風邪、ひくよ」
「あ、私・・・」
慌てて涙を拭う。
「なんだか懐かしくてつい・・・」
なんとか笑顔を貼りつけて。
クリフは私の頭を抱くようにして自分の胸に引き寄せながら
「もう、無理しなくていいよ」
包み込むような優しい声色で。
「ボクの勝手な都合だけでこの町を出たのに、クレアは
何も聞かずに黙ってついて来てくれた。大切なこの牧場を手放して。
クレアはいつも笑っていてくれたけど、ボクはいつも漠然とした
不安を感じていて・・・本当にクレアは幸せなのかなって。
ボクはクレアを幸せにしてあげられているのかなって。
クレアが何か物足りなさみたいなものを感じ始めていたのは
気付いてたけど、それが何なのかもボクには分かっていたけど、
どうしてあげることも出来なくて。ちょうどその頃、クレアが
カイと食事して帰って来て。カイの言ったこと、正直、ほんとに
堪(こた)えた・・・・・ボク、後ろめたかったんだよ、ずっと。
だからクレアと向き合うのが怖くて仕事に逃げてた・・・」
クリフの声が震えているのが分かった。
痛みを堪(こら)えるような押し殺した声。
「デュークがまた、一緒に果樹園、やらないかって。ハリスは
警官だから跡継げないし、アージュさんは主婦業に専念したい
らしいからさ」
私はクリフの胸から顔を上げた。
「もう一度、この町から始めようか。ボク達の新しい生活」
クリフの声には迷いがなくて。
けれど私はすぐにはクリフの言っていることが理解出来なくて。
ぼーっと霧がかかったようだった頭の中が、少しずつ晴れて来て
気がつくと私はコクコクと何度も肯いていた。
翌日はアージュさん達の結婚式。
派手さはないけど、家庭的で暖かな雰囲気の。
誓いの言葉と指輪の交換が終わって・・・・
あぁ・・・いいお式だなぁって思ってたら。
不意にアージュさんは後ろを振り返って、つかつかと私の側まで
やってきたかと思うと、ブーケを強引に私に押しつけ、
さらに自分のウェディングヴェールをはずして、丁寧に私の
頭につけてくれている。
私は驚いて、驚き過ぎて声も出ない。
「あなた達、まだお式も挙げてないんですってね」
アージュさんはとても幸せ一杯の花嫁さんとは思えないような
冷ややかな口調でそう切り出した。
そして、チラッとクリフを一瞥して
「クリフってば相変わらずバカよね。女のコって口には出さなくても
憧れてるものなのよ。花嫁さんになる日を。なのに、婚姻届だけで
済ませちゃうなんて」
なんだか凄く怒ってるみたい。
「私のを使い回しなんて嫌かも知れないけど・・・・」
私に向かって。
クリフに話すときとは全然違う優しい表情で。
「クリフ、クレアさん、せっかくですから、挙げてしまいませんか、
結婚式」
カーターさんが私達二人に向かって笑いかける。
ほらほら・・・
私は女のコ達に、クリフは男のコ達にそれぞれ背中を押されて。
「汝、病めるときも健やかなるときも・・・・」
カーターさんの優しい声が穏やかに聖堂に充ちる。
涙で目の前がぼやけて・・・・
胸が詰まる。
なんだか夢を見てるみたいに実感がなくて。
カノーさんが撮ってくれた写真をカイくんに送ることにした。
「手紙、私が書こうか?」
「いいよ。ボクが書くから。クレアが書くとカイ、喜ばせるだけだからさ」
「何よ、それ」
「別に」
クリフはちょっと意味ありげに笑って。
『結婚式、挙げたから写真送るね。その節はお世話様。
カイもさっさと結婚しなよね』
クリフの手紙を読んで私は呆れてしまった。
「何、これ。ほんとにこれで出す気?」
「うん。ちゃんと必要なこと書いてあるし。十分だよ」
クリフはニコニコと笑って写真と一緒に封筒に入れると、サッサと
封をしてしまった。
「あ〜あ」
「いいから、いいから」
クリフは全然気にしてない様子で。
「手紙と言えば・・・」
ふと、思い出して。
「アージュさんの手紙、ほんとは何て書いてあったの?」
「あぁ、あれ?ほんとに大したこと、書いてないんだけど。読む?」
クリフは引き出しから封筒を出して私に差し出した。
私はちょっとドキドキしながら便箋を広げて。
『クリフへ。
私、結婚することにしたから。
だから、あなたももう私のことなんて
気にする必要ないから、さっさと帰って
いらっしゃい。
パパもママも私がハリスと結婚するって
言ったら、後継ぎがいなくなるって
大騒ぎで、いい迷惑よ。娘の幸せを素直に
喜べないのかしらね、あの親達は。
という訳でさっさと帰ってきて、
パパとママを喜ばせてやって。
あなたがいない間も口を開けば
クリフが、クリフがってうるさいったら
ないんだから。
最後になったけど、あなたが私の
ためにミネラルタウンを出てくれたこと、
一応、お礼を言っておくわ。ありがとう。
おかげで結構早く復活できたみたい。
それじゃ、パパもママも待ってるから
なるべく早く帰っていらっしゃいね』
「これって・・・」
読み終わってクリフを振り向く。
「アージュさんと関係があったわけ?この町を出たのって」
「・・・・うん、まぁ・・・・・・」
クリフは言葉を濁して。
「きっちり聞かせてもらいましょうか、二人の間に一体何があったのか」
私は出来うる限りの最大限の努力でもって、こみ上げてくる
怒りにも似た感情をようやくのことでこらえていた。
「別に何も・・・・・」
クリフはおびえたように口篭もって。
「四の五の言ってないで、さっさと説明しなっ!!」
私はこぶしを握り締めて。
クリフはしぶしぶ重い口を開いた。
手紙を見せたっていうことは、もちろん、全部説明する
覚悟が出来ての上のことだとは思うけど。
「ふうん。なるほどね。そういう訳だったの」
クリフの話を全部聞いて、私は大きく溜息をついた。
クリフらしいと言えばクリフらしくて、怒っていたつもりだったのに
私はいつの間にか笑い出していた。
そんな私を見て、クリフもようやく安心したように、ホッと表情を
和らげて。
「今回のことは事後承諾ってことで、一応、許してあげるけど、
2回目はないからね」
そのセリフにクリフは再び固まってしまった。
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