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ウチの前まで来て。
「あ・・・電気、ついてる・・・」
思わず言葉がこぼれた。
「クリフ、帰ってるのかな」
私とカイくんの間に少し気まずい空気が流れて。
別にやましいことなんて何もないけど。
でも・・・
「ただいま」
思いきってドアを開ける。
「クレア?!」
クリフがリビングから飛び出して来る。酷く慌てた様子で。
そして、私のすぐ後ろにいたカイくんに気付いて
「あ・・・・カイと一緒だったんだ・・・・」
確認するように呟く。
「あ、あのね・・・」
慌てて説明しようとする私を遮って
「オレが強引に誘ったんだ。メシでも食おうって」
カイくんがクリフと私の間に割って入る。
クリフはそんな私とカイくんを黙って見ている。
「で、何かあったら心配だからって送ってくれたの」
「クレアがすっかりお世話になったみたいで・・・・
せっかくここまで来たんだし、コーヒーでも一緒にどう?」
ちょっと笑ってカイくんに誘いかけるクリフは、いつものクリフと
全然、変わりはないように見えたけど。
「もう遅いし、遠慮しとくわ。かわいい奥さん、あんまし
ほったらかしにするなよな」
カイくんの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「クレアちゃんのこと、ちゃんと幸せにしてやれよ」
「ご忠告、ありがとう」
クリフももちろん、笑ってるけど・・・
けど、これって、なんかヤバイ雰囲気・・・・?
「じゃ、クレアちゃん、またな」
相変わらずちょっと意地の悪い笑みを浮かべたままのカイくんに
「今度また、是非、ゆっくり遊びにきてよね。クレアも
喜ぶだろうし」
クリフはらしくもなく挑発的に微笑んで。
「ああ。そのうちな」
答えるカイくんの目に一瞬強い光りが宿る。
「そんじゃ、おやすみ」
カイくんの言葉に私とクリフの声が重なる。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
パタン・・・とドアが閉まって。
途端にクリフは踵を返してサッサとリビングに戻る。
私もそのすぐ後を追うようにしてリビングに入って・・・
「あ・・・・」
声が洩れる。
テーブルの上に無造作に置かれた花束。
リボンのかかったワイン。
「覚えてたの?結婚記念日・・・」
ちょっと声が震える。
そう。今日は私達が結婚してからちょうど1年目の結婚記念日。
1年前の今日、二人で婚姻届を出しに行った日。
「・・・・・うん」
「だって?!今朝は・・・・」
私の頭の中に今朝のクリフとのやり取りが流れ込んで来る。
「それじゃ、行ってくるね」
「あ、クリフ、今日は・・・・」
「え?今日・・・?何?」
「ううん・・・・なんでもない。いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん。それじゃ」
「クレアを驚かそうと思ってさ。このところ、ずっと忙しくて
クレアに寂しい思いさせちゃってたから、せめて今日くらいは、
と思って早く帰って来たんだけどね」
クリフはソファーに深々と身を沈めて、ちょっと寂しそうに微笑む。
私もその隣に腰を下ろして。クリフの胸に顔を埋める。
「・・・・ごめんなさい。クリフ、忘れてるんだと思ってて。
ずっと忙しかったから・・・・・お仕事、邪魔しちゃいけないと
思って・・・・」
胸が詰まって目の奥が熱い。
「ボクの方こそごめん。ちゃんと覚えてること、言っておけば
良かったね。クレアを驚かそうなんて思ったからバチが当たったかな」
クリフが弱々しく笑う。そんな笑顔が痛くて・・・・
「・・・・・カイくん、のこと、気にしてるの?」
クリフは肯定も否定もしなかったけれど。
「カイくんとは別に何も。ほんとに偶然、会って一緒にご飯
食べただけで・・・」
クリフが指で私の唇を押さえて。
「わかってる。クレアもカイもそんなことする人だなんて
思ってない。わかってるけど・・・・それでも・・・・」
クリフが悔しげに唇を噛み締める。
「元はと言えばボクが悪いのにね」
不意に思いがけない強い力で抱きしめられて、ちょっと驚く。
「ク、クリフ・・・・?」
「ごめん、ボク・・・・・ごめん」
クリフはうわ言のように何度も同じ言葉を繰り返す。
始めは訳がわからなかった私も、だんだん、クリフが今日のこと
だけじゃなくて、何かもっと他のことを気に病んでいるということに
気付いた。
「何か、あったの?」
けれど、問いかける私の声はクリフの耳には届いていないようだった。
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