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私は結局、キチンとした理由を知らないまま、クリフと一緒に
ミネラルタウンを後にしてから、もう1年という月日が流れていた。
港から船に乗って、最初についた町がカイのいる町だった。
そうとは知らなかった私達は、誰も知っている人のいないはずの町で、
いきなり後ろから肩を叩かれたときには本当にびっくりして。
「カイ?!」
「カイくん?!」
クリフと私、二人同時に叫んでたっけ。
「どうして?」
クリフが私の気持ちも代弁するように。
「ザクから聞いて。どういう訳があるのかは分からないけど
お前達二人して町を出るって聞いたから。最初にここに来ることに
なるのは分かってたし」
カイくんの笑顔はちょっと懐かしくて。夏にしか会えない人だと
思ってたから、なんとなく不思議な気もして。
「せっかくだからメシでも一緒にどう?あぁ、もちろんオレのおごりね。
上手い店、あるからさ」
クリフとカイくんは宿屋さんで同じ部屋に宿泊してたことも
あって、カイくんは人懐っこい笑顔で私達を誘った。
「え・・・っと・・・でも・・・」
クリフはちょっと戸惑ってて。
「何?急ぐ?って言うか、行き先とか決めてるわけ?」
カイくんの問いかけにクリフはちょっと苦笑してる。
「そんなこと、ないけど」
「じゃ、いいじゃん。オレもさ、こっちであの町の人間と会うことが
あるなんて想像したこともなくてさ、なんか、嬉しくてさ」
カイくんの言うことは最もで、私達も、まさか、カイくんと会うことに
なるなんて思ってもみなかったし。
「じゃ、お言葉に甘えて」
クリフは同意を求めるように私を振り返って、私はうん、と肯いていた。
「で?これからどうすんの?」
運ばれてきた料理をあらかた食べ終わった頃、カイくんは何気ない様子で
私達二人を見た。
「まだ、ちゃんと決めてるわけじゃないけど」
そう・・・
特にどこに行くアテがあるわけでもなくて、私はそんな風に旅に
出てしまうことに抵抗がなさそうなクリフに、正直なところ
かなり驚いていた。
クリフはミネラルタウンに来るまで、そんな風にして、アテもない
旅を続けてきたんだろうか・・・
聞くことは出来ないけれど、その想像は多分、そんなに大きく
外れてはいないだろう、と感じつつ。
「特に行くアテがないんだったらさ、しばらくこの町にいれば?」
だから、もちろんカイくんの提案に意義を唱える理由は何もないんだけど。
「田舎もいいけどさ、都会もなかなか捨てたもんじゃないから」
夏以外の季節をこの町で過ごしているカイくんは、そんな風に
この町のことを勧めてくれて。
「じゃあ、そうしよっか?」
同意を求めているというよりは、決めたことを確認するような口調で
それでも、一応は私のことを振り返って。
私はそんなクリフに肯いてみせる。
「そうと決まれば、住む場所と、仕事先だよな」
「え?」
カイくんの言葉にクリフは露骨に驚いている。
さすがにそんなに腰を落ち着けて滞在するつもりはなかったみたい。
「お前一人だったら、世話やいたりしないんだけどな。それなりに
やって行くだろうし、今まででもそうして来ただろうし。
でも、今回は一人じゃないんだからさ、しばらく一ヶ所で落ち着いた
方がいいって」
カイくんはクリフにそう言いながら、チラッと私を見て。
そっか・・・
私のこと、心配してくれてるんだ。
こんな風に旅したことのない私を気遣って。
クリフもカイくんの視線に誘われるように私に視線を移して
「・・・・・・うん」
一言だけ肯いた。
「よっし。決まり!!オレ、幾つか心当たりあるからさ、2、3日は
ホテルにでも泊まってのんびりしてろよ」
カイくんが悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「なんか、世話になりっぱなしで気がひけるけど」
クリフがちょっと俯きがちにボソボソと呟くのを聞いて、カイくんは
バン!とクリフの背中を叩いて
「お前のためじゃないから。気にすんなって」
とはっきり断言したのだった。
カイくんは宣言どおり3日後、私達の滞在しているホテルにやって来た。
「オレの知り合いがさ、ホテルやってて、ワインに詳しいヤツ、
探しててさ。ワインセラーの管理とか任せたいんだって。で、お前の
話したら、ぜひって」
カイくんは当たり前のことのようにサラッと言ったけど・・・
知り合いがホテルやってて・・・・?
って、それってなんかすごくない?
私のびっくり眼(まなこ)に気がついたカイくんは
「何?なんかまずいこと、ある?」
私の顔を覗き込む。
私は慌てて首を横に振って。
「ううん。ちょっとびっくりしただけ。知り合いの人がホテルを経営
してるのか〜って思って」
「あぁ。なんだ。ホテルの経営じゃなくて、総支配人やっててね。
ほら、オレって顔、広いから」
カイくんはいつもの悪戯っぽい笑顔で私に笑いかけてから、クリフを
振り返って尋ねた。
「で、どう?」
「うん。そういう仕事なら出来そうだよ」
「できれば、ソムリエの勉強もしてもらって、ソムリエやって欲しいって
言ってたけどな」
「えぇっ?!それはちょっと・・・」
「ま、おいおいでいいらしいから、取り合えず先方と会ってからにするか」
カイくんは私達二人に「ちょっと連絡して来るわ」と言い残して席を外した。
途端にクリフの顔から笑みが消えて行く。
「どうかした?」
カイくんの前でクリフが作り笑いしていたなんて、ちょっと信じられない
気がしたけど、今の様子からは確かに・・・・
「え?あ、ううん。なんでもないよ」
私を振り返ったクリフの顔には、さっきと同じ笑みが浮かんでいて
私はペチッと軽くクリフの頬を叩いた。
「私まで誤魔化すつもり?」
クリフはジッと私の目を見たまま黙り込んでいたけど、やがて、
小さく息をついて。
「カイの個人的な知り合いじゃないんじゃないかなって、思ってさ。
いや、確かに顔見知り程度には知り合いなんだろうけど・・・
親父さんの・・・・・そういうこと、親父さんに頼めるくらい
折り合いが良くなってるんならいいんだけど・・・・。
カイ本人には聞きづらいし。ボク達のために無理してるんじゃ
ないかって、気になって」
そう言えば・・・・
お父様とはあんまり上手くいってないような話を聞いたことが
あったような・・・
カイくん本人から直接聞いたわけじゃなかったから、そんなに
気にしてなくて。人伝(ひとづて)の話でははっきりしたことは分からないし。
「聞いてみる?カイくんに」
私はどうしていいのか分からなくて。
「いや、いいよ。本当にカイ自身の知り合いかも知れないしさ。
ボクが気を回し過ぎてるのかも知れない」
クリフはいつもと変わらない穏やかな笑顔で。
その笑顔が100%本当の笑顔なのか、私は確信が持てないまま
それでも肯いていた。
「お待たせ。先方と連絡ついたぜ。明日、会いたいって。
場所、ここな」
カイくんはメモをクリフに渡しながら
「分かるか?」
と一緒に地図を覗き込んでいる。
「うん・・・たぶん」
「社員用の家族寮もあるらしいからさ、うまく行けば仕事と
住む所と、いっぺんに見つかるし。ま、頑張れって」
ポンポンと軽くクリフの背中を叩きながらカイくんは
ちょっと笑って。
「カイくんがこんなに面倒見のいいタイプの人だったなんて、
ちょっと意外」
そんなカイくんを見ていて、思わず本音がこぼれる。
「ひどいなぁ、クレアちゃん。オレってじゃあ、どういうタイプに
見えるわけ?」
「どういうタイプって言うより私、カイくんのこと、あんまり
知らなかったんだな、って気付いたのよ」
「ま、ね。どうせオレのことなんて眼中になかったっしょ。クリフと
同じ部屋なのに、オレのことなんていつも、知らん顔か、気付いても
ついで、だったしね」
カイくんは大袈裟に溜息をついて、わざとらしく肩を落として見せる。
「そんなことないでしょ。ちゃんと誕生日のプレゼント、あげたじゃない」
「え?」
途端にクリフが驚いたように声を上げる。
「あ、一回だけだけど」
私はちょっと慌てて。
「そう。確かにね。一回、もらったっけ。なんかのついでだった
ような気もするけど」
カイくんの不満げな呟き。
なんだか嫌な雲行きになってきたので、私はクリフの方を向き直って。
「と、とにかく、頑張ってね」
「・・・・・うん・・・」
なんだか、まだ納得のいかないような顔でクリフはとりあえず
肯いていた。
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