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(3)
一見穏やかで何事もない日々が静かに流れていた。
アージュさんが自分からボクに対して何かリアクションを起こして
くることはなかった。
けれど、無言の視線というのは、思いの外影響力を伴っていて
ボクは微かな息苦しさを感じていた。
そんなに長くは持たないな・ ・ ・
アージュさんを問い詰める自分の姿を無意識に思い浮かべる。
出来ればそんなことはしたくないけど。
何か彼女には彼女の理由があって・ ・ ・
そんなことは分かりきっているから。
けれど、ある日突然、ボクはアージュさんのボクに対する妙な
態度の真相を知ることになる。
きっかけは偶然に近い確率で起きたささいなことで。
でも、ボクにとっては起こるべくして起きたことに思えた。
その日ボクはいつものように、ブドウ畑のブドウたちに変わったことが
ないか見回っていた。
そして、枝の先にキラッと光るものを見つけて。
手にとってみるとそれはペンダント。ペンダントトップに写真とかが
入れられるタイプの。壊れて蓋が取れていた。
何気なく中の写真を見るとはなしに見て・ ・ ・
え?ボク?
一瞬、自分の目を疑った。
よく見ると髪の長さや目の色とか、違うところは色々あるんだけど
それでも、とても全体的な雰囲気がよく似ている。
見上げるとそこにはアージュさん部屋の窓。
大切なものなのかも知れない。
ボクは思いきってアージュさんの部屋のドアをノックする。
アージュさんはボクを見て、はっきり分かるほど嫌な顔をした。
考えてみればボクの方から、アージュさんに接触をもったのも
これが初めてだった。
「あの、これ。アージュさんの・ ・ ・?」
ペンダントを差し出す。
アージュさんは顔をひきつらせて
「捨てたのよ!余計なことしないで!」
悲鳴に近い声で叫んだ。
「・ ・ ・ごめん」
謝ってしまったのは彼女の悲鳴のような声が痛かったから。
「どうして謝るのよ?!怒ればいいじゃない!カッコつけないでよ!!」
堰を切ったように一方的に彼女がまくしたてる。
「せっかく届けてやったのにって!可愛げのないヤツって!」
「別にボクは・ ・ ・」
「あなたがいけないんじゃない?!忘れようと思って逃げ帰って
きたのに!!どうしてここにいるのよ!あいつにそっくり・ ・ ・」
彼女の言うことは無茶苦茶だった。
どうしてボクが怒鳴られなきゃならないんだろう。
ボクが怒られる理由なんてどこにもないのに。
けれど、彼女の声は涙で震えていた。
「・ ・ ・写真の人?」
声をかけるのは、彼女の感情を余計に荒立たせそうで怖かったけど、
今、聞かないともう二度と聞けるチャンスは訪れそうにないと
思うと、聞かずにはいられなかった。
「そうよ!」
キッ!と顔を上げた彼女は食い付くように言った。
涙に濡れた瞳がボクを睨み付ける。
燃える夕日のように真っ赤な目は、強い光を放っていて美しかった。
男ってずるい・ ・ ・
自分でそう思う。
クレアのことを好きだと思う気持ちと、今、この瞬間、アージュさんを
綺麗だと思う気持ちは、ちゃんと同居しているんだから。
「恋人だったの。でも突然、他に好きなコが出来たから別れようって。
忘れようと思って、なのに忘れられなくて。彼との思い出の全然
ないところに行けば忘れられるかもしれない。そう思って帰って
来たのに・ ・ ・」
彼女の言葉はようやく癒えかけてきた傷に小さな刺を刺した。
ボクにも覚えがある。
自分の犯した罪から逃れるようにして逃げ出した先にいた、
忘れたい人の面影を宿す人。
誰の責任でもなくて、神の悪戯とも思えるその巡り合わせが、
分かっていてもやっぱり恨めしくて。
彼女の痛みが手に取るように感じられる。
ボクに出来ることなんて何もないけど。
だけど・ ・ ・
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