|
(2)
「おはようございます」
いつものようにワイナリーのドアを開けて・ ・ ・
いきなりマナさんの出迎えを受けて、ちょっと身構える。
「あら、クリフ、おはよう。あなたももう知ってるとは思うけど
きのうアージュが帰って来たのよ。すぐにでもあなたのこと、
紹介したかったんだけど、あなた昨日港の方には来てなかった
ようだったし・ ・ ・」
マナさんの前置きが延々と続く間、チラッと隣にいるヒト、と
言っても年はボクとそう変わらない感じだけど、を見る。
目があって・ ・ ・
彼女は酷く驚いたように目を見開いて顔をこわばらせている。
初対面の相手に緊張しているという風でもなくて。
その目にははっきりと憎しみと、そして、悲しみの色が
たたえられている。
確かに初対面のはずなのに、どうして・ ・ ・
「クリフ、娘のアージュよ。アージュ、果樹園を手伝いに
来てくれてるの。クリフよ。とってもいいコなの。あなたも
きっと、すぐに仲良くなれるわよ」
マナさんの紹介の仕方は、まるで幼稚園の保育士さんのようで
さすがに気恥ずかしい。
「クリフです。初めまして」
マナさんの手前、何気ない風を装って手を差し出す。
「ええ」
微かに肯いてアージュさんもボクと握手する。
でも、その手は確かに震えていて・ ・ ・
まるでそのことを気取られることを恐れているかのように
彼女はすぐに手を引っ込めてしまった。
「まあ。このコったら。恥かしがってるのかしらね」
マナさんは朗らかに笑ってるけど・ ・ ・
ボクは何とも言えない気持ちのまま、いつもと同じように
仕事を始めた。
「今日はアージュが帰ってきたお祝いをしようと思ってるのよ。
クリフも一緒に夕飯食べていってね」
マナさんは本当に嬉しそうで、アージュさんのボクに対する
微妙な反応には全く気付いていないようだった。
「あ・ ・ ・でも、せっかくだから家族水入らずの方が・ ・ ・」
アージュさんと向き合うのはなんとなく気まずくて
さりげなく遠慮すると
「何言ってのるよ。クリフももう家族みたいなものですもの。
そんな遠慮なんてしないで。アージュが帰って来ても
あなたのことは今まで通りのつもりよ。デュークもそう言ってるし」
と、とても熱心に言ってくれる。
そんな風に言われると、それ以上は断り様がなくて。
アージュさんのことも、もしかしたらボクの気のせいかも
知れないし。
「わかりました。ありがとうございます」
「そうよ。始めからそう言えばいいの。楽しみにしててね。
腕によりをかけてご馳走作るから」
マナさんのはしゃぎ様はまるで遠足の前日の子供のようで
見ていて微笑ましかった。
「そうだわ。どうせならクレアさんも誘いましょうか。
クリフもクレアさんが一緒の方が楽しいんじゃないの」
ギョッとするような提案をマナさんは本気で言っているようで
ボクはバクバクいっている心臓を一生懸命なだめながら
「あの・ ・ ・別にクレアは一緒でなくても・ ・ ・」
と喘ぎ喘ぎ断りを入れる。
「そう?アージュにも早く色んな人と仲良くなって
この町に馴染んでもらいたいのよね。クレアさんなら、
元々この町の人じゃないからアージュも逆に気楽かも、
って思ったんだけど」
マナさんの言葉にボクはようやく、あぁ、と納得することが出来た。
そうか。マナさんはアージュさんにこの町に友達が出来れば
もう出て行くこともないと思ってるんだ。
せっかく帰って来たアージュさんが、また出て行くことを
何よりも恐れている。
それは当然のことで、マナさんの切ない親心が伝わってくる。
けれど、よりにもよってクレアに白羽の矢を立てなくても・ ・ ・
クレアはああ見えて、やきもち焼きだからな・ ・ ・
アージュさんに友好的な態度をとってくれるかどうか・ ・ ・
けれどそんなボクの予想は見事に外れて、夕食会は驚くほど
和やかなムードで進んだ。
元々、クレアは果樹園でバイトをしてたこともあって、
マナさんたちとは親しい方だし、意外なくらい朗らかで。
なんだ、ボクの取り越し苦労だったんだ・ ・ ・
ボクはそう思ってホッと胸をなでおろしていたんだけど。
その日の夜。
ボクはクレアを牧場まで送っていって
「お茶でもどう?」
と勧められるままにテーブルをはさんでクレアと向かい合っていた。
「アージュさん、だっけ」
クレアはなんでもないことのようにその名を口にした。
「うん」
「綺麗な人、だよね」
湯気のたつカップを両手で包むようにして、静かな声で。
イヤな予感がした。
いつものクレアらしからぬ静かな物言い。
ボクは否定すべきなのか、肯定してもいいものか真面目に悩んだ。
否定すればクレアのご機嫌をとっていることは明白で(アージュさんは
確かに誰の目から見ても、明らかに綺麗な人だったから。)かと言って
肯定すればクレアのご機嫌が歪むのも明白で(つきあってる相手が
他の女のコを綺麗だと言えば誰だってムッとするものだし。)・ ・ ・
ボクは結局どちらにも決められず、黙秘権を行使することにした。
「クリフ、アージュさんとは初対面だよね」
クレアは確認するような口調で。
「うん」
そのことだけは間違いがなく、はっきり答えられる数少ないことの
ように思えて間髪入れず肯く。
「だよね・ ・ ・気のせいかも知れないけど、アージュさん、
クリフのこと、かなり意識してる気がしたから」
やっぱり・ ・ ・
胸の中に苦いものが広がる。
クレアも気付いてたんだ。
アージュさんもみんなの前ではかなり気をつけてはいたよう
だったけれど、それでも何かの拍子に明らかにボクを意識してる
態度が見え隠れしていた。
それは確かにささいなことではあったんだけど。
ジッとボクを見ていたかと思えば、サッと視線をそらせたり
ボクに向かって何かを言いかけて、黙り込んでしまったり。
そういうことが何度も。
気のせいだよ。
気休めでもそう言う方がいいのか、ボクは判断できずにいる。
気がつくと二人とも黙り込んでいて、少し強くなったらしい風が
窓を叩くカタカタという音がいやに耳についた。
「泊まっていく?」
どうでもいいことのように感情のない声でクレアは言った。
ボクはちょっと迷って・ ・ ・
「ごめん。今日はやめとく」
「そう」
やっぱり全然興味のない態度でクレアは一言だけ呟いた。
|