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(1)
それは豊穣の秋も終わりを告げ、真っ白い雪が全てを
呑み込んで埋め尽くしてしまう冬の月に入ってすぐのことだった。
バン!!
いきなり部屋のドアが開いて、ようやく温まりかけていた部屋に
冷たい空気と共に挨拶もなくグレイが飛び込んで来た。
そして、当然のように前置きもなく。
「クリフ、聞いたか?!」
ボクは開けっぱなしになっているドアにチラッと視線を送って
「どうでもいいけど、ノックぐらいしてよね」
ドアを閉めるために立ち上がるべきかどうか悩んでいた。
グレイが開けたドアをわざわざ閉めに行くのは、なんだか
馬鹿げているような気もするし、かと言って、このままでは
部屋が冷え切ってしまう。
「アージュさん、帰って来るらしいんだ」
グレイは悩んでいるボクになんか全くお構いなしで本題に入ってる。
アージュさん。。。
名前だけは知ってる。
ボクがいつもお世話になってる果樹園の一人娘。
どういう理由からかよくは知らないけど、都会に行ってしまったヒト。
デュークもマナさんもボクの前ではあまりその名前を口にすることは
ないけど、いつもいつも心にかけていることは、よく知ってる。
大切な一人娘に出て行かれて、さすがに寂しそうだし。
だから、ボクが行くようになって、まるで本当の息子のように
かわいがってくれている。
ボクはボクで家族の温かさとは縁のない生活だったから、
その温かさが嬉しかったし。
そうか・ ・ ・
帰って来るんだ・ ・ ・
ボクは複雑な気持ちでその話を聞いていた。
「もうすぐ港に着くらしいんだ。一緒に見に行こうぜ」
グレイは今にも部屋を飛び出して行きそうな雰囲気。
そう言えば、クレアが牧場に来たときもわざわざ見に来てたって
言ってたっけ。
まぁ、確かにこんな田舎じゃ大して面白いこともないし、
暇、持て余してるんだろうけど。
「ボクはいいよ。どうせ果樹園で会えるし」
「お前、そういう態度、よくないぞ。何て言うか、ジジむさい。
どんなコなのか見てみたい、とか思わない訳?」
グレイは大層ショックを受けたみたいで、大袈裟に訴えかける。
興味がない、と言えば嘘になるかも知れないけど、グレイほどの
熱意はないし・ ・ ・
クレアもいるし・ ・ ・
わざわざ見に行ったなんて知ったら、また、どんな嫌味を
言われるか分からないし。
「興味がないわけじゃないけど。クレアのこともあるから」
うまい言い訳も思いつかなくて、ありのままを答える。
グレイはそんなボクの言葉に意味ありげに笑って
「お前、完全に尻に敷かれてるよな。ま、確かにクレアさんなら
嫌味の一つも言いそうだけど」
なんていやに納得している。
確かにその通りなんだけど、人から言われるとムッとするのが
人の常で
「早く行けば。もうすぐ着くんでしょ」
ボクはグレイを追い出しにかかった。
ボクが見に行かない理由をいたく納得してしまっているグレイは
それ以上はさすがに誘ってはこなくて
「また、報告に来てやるよ」
となんともありがたくない宣言を残して、開けっぱなしになって
いたドアから飛び出して行ってしまった。
あの・ ・ ・
ドア・ ・ ・
ドアから入り込んだ冷気は滞りなく部屋全体に行き渡り、
きっちり部屋を冷え切らせてくれた上、結局、ドアはボクが
自分で閉めるはめになってしまっていた。
その夜。
昼間、宣言して行った通り、律儀にグレイは報告にやってきた。
「明日になったら会えるから、別にわざわざ来てくれなくても
よかったのに」
ボクのそのセリフを遠慮と受け取ったのか、グレイは
嬉々として話し始める。
「すっごい美人でさ」
まず第一声。
「まぁマナさんも結構美人だもんな。マナさんに似たんだよな。
雰囲気はちょっと冷たい感じだったけど、都会のコってそういう
感じなんだろうし」
グレイはまんざらでもない、といった顔で続ける。
マリーが見たらきっと怒るだろうな。
グレイもさ、マリーがいるのに今さら他のコのことなんて
どうでもいいだろうに・ ・ ・
「みんなが港に来てたんで、ちょっと驚いてたみたいだったけど」
え?みんな?
グレイ以外にも港に来た人がいたんだ・ ・ ・
あ、でも考えてみれば当たり前か。グレイとかボクなんかは
アージュさんがこの町を出てからここに来たから知らないけど
元々はここの人だもんね。みんな、懐かしくて会いに来るか・ ・ ・
「マナさんがお前のこと、探してたぞ。アージュさんに一番に
紹介したかったみたいだったぜ」
あ・ ・ ・
言われて初めて気がついた。
そうか。
行って挨拶くらいしなきゃいけなかったのかな。
「明日から少し楽しみが増えるな。なんと言ってもお隣さんだし」
グレイは何を考えてるのかニヤニヤとしまりのない顔で、
そんなことを呟いてる。
「マリーがいるのに・ ・ ・」
つい、非難がましい口調になってしまう。
「顔見るだけで幸せな気分になれるっていうか。
目の保養だよ。マジに取るなよな。
これだからショーダンの通じないヤツは・ ・ ・」
グレイはブツブツと文句を言いながら
「お前はいいよな。あんな美人と毎日会えるなんてさ。
アージュさんといい、クレアさんといい、どうして美人は
みんなお前のエリアなんだよ」
とふてくされている。
ジョーダンじゃないよ。
アージュさんが美人だなんて、そんなことクレアが知ったら・ ・ ・
そのことを思うとボクはズーンと気分が沈み込むのを禁じえなかった。
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