|
「うわっーーー!!!」
突然、静寂を破って奇声が部屋中に響いた。
私はビックリして編みかけのマフラーを床に落としてしまった。
「な、何?!どうしたの、突然」
さりげなくマフラーをテーブルの下に隠しながら尋ねる。
「ご、ごめん!!ひよっとしてボク、寝てた?」
「ひよっとしなくても寝てたけど。とても気持ち良さそうに」
私は意地悪ではなく、その子供のようなあどけない寝顔を思い出して
少し笑った。
「あ・ ・ ・と・ ・ ・ほんと、ごめん。こんなつもりじゃ・ ・ ・」
クリフは私の笑顔の意味を力一杯誤解しているらしくて、
本当に申し訳なさそうに俯いている。
自分の前で安心しきって眠っている男のコに
腹をたてたりはしないんだよ、女のコって。
もし、怒っちゃうようだったら、それはそんなに好きじゃないってこと。
分かってないね、クリフ・ ・ ・
私はとても優しい気持ちでクリフの前髪をかきあげて、
もう一度笑ってみせた。
クリフはまじまじと私を見つめて
「怒ってないの?」
と不思議そうに尋ねかけてくる。
私はゆっくりと肯いて、そっと額にキスする。
世話がやけるんだから・ ・ ・
クリフはうっすらと赤くなって、
「やったね、もうけ・ ・ ・」
と小さく呟いて笑った。
「ケーキ、焼けてるよ。もう夕方だし
ケーキ食べ終わったら、ちょうどいい時間じゃない?」
私のセリフにクリフは、うん、と肯いた。
外はすっかり陽が落ちて、冷気が顔と言わず、体と言わず
突き刺さってくる。
けれど、ピーンと張り詰めたその空気は凛として
清々しくて、スッと襟元を正したくなるような、そんな
荘厳さを秘めている。
寒いのは辛いこともあるけど、私は結構、好きだったりする。
冬のこの清々しさや、潔さが愛しい。
一面の雪に月の明かりが反射して、昼間とはまた違った
美しさを見せている。
「きれい・ ・ ・」
辺りの静けさを壊さないように注意しながら、そっと声に出してみる。
クリフはそんな私を見て、何か言おうと口を開きかけて・ ・ ・
結局、言葉を呑み込んでしまった。
「寒くない?行こっか」
少し前にたってクリフは歩き出す。
「どこ、行くの」
そう言えば、どこに行くのかまだ、教えてもらってない。
「マザーズヒル」
前を見たまま、クリフは短く答える。
どうして、この時期にマザーズヒルなのか、私はちょっと
疑問符を浮かべていた。
「幸せの花って知ってる?」
かっぱ池のほとりにさしかかる頃、クリフは私を振り返って尋ねた。
「えっと・ ・ ・エレンさんから聞いたことがあるような・ ・ ・」
私は記憶のかけらをかき集めるようにしながら、曖昧に言葉を濁す。
「クレアと一緒に見たいなって思ってさ」
クリフは意外なほど真剣な面持ちで私を見つめた。
そんな風に見詰められることに余り慣れていない私は
ドギマギして、つい、視線を逸らせてしまう。
「たぶん、頂上辺りまで行かないとダメだとは
思うんだけど、大丈夫?」
いたわるような優しい瞳に私はコクンと肯く。
クリフと一緒なら、どこでも平気。心の中で呟いてみる。
クリフは私の心の囁きがまるで聞こえたかのように
柔らかい笑みを満面に浮かべて、私の手を握り、また歩き出した。
|