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何度も何度も雪で滑って転びそうになり、その度に
クリフに支えてもらいながら、なんとか山頂を目指す。
ただでさえ山頂近くは空気が薄くなっていて、息苦しいのに、
足場が悪いせいで疲労度はいつもの倍以上。
寒いのにじっとりと汗がにじんで、少し気持ち悪い。
会話する余裕すらなくて黙り込んでしまった私を
クリフは少し心配そうに振り返る。
「少し、休む?」
けれど、今休んだらもう立ち上がれなくなるような気がして、
私は力なく首を横に振った。
「もうすぐだからさ」
励ますように笑いかけるクリフが、ちょっぴり恨めしい。
どうして、こんな雪の中を山登りなんて・ ・ ・
私、別に登山が趣味なわけじゃないし・ ・ ・
ふだん畑仕事とかで体力には結構、自信があるつもりだったけれど、
そんな自信なんてとうに吹き飛んでしまっている。
もうほんとにダメ。
一歩も歩けない・ ・ ・
今にも座り込もうとする私に不意にクリフは叫んだ。
「クレア、見て!!」
声につられてクリフの指先に目を凝らす。
一面の銀世界の中に、ぼんやりと白い何かがかすかに揺らいでいる。
よく見るとそれは花のようで・ ・ ・
「え・ ・ ・?花・ ・ ・?」
言葉が口から零れ落ちる感じ。
どうして、こんな季節に、こんな場所に、花が咲いてるの?
もう一歩も歩けないと思っていたのに、その花を少しでも
近くで見たくて、私は気がつくとクリフの手を振り払って
駆け出していた。
「クレア!走ると危ないよ!!」
クリフの声が背中を追いかけてくる。
「キャァーッ!!」
ドサッ!!
案の定。
思いっきり顔から雪の上にダイブしてしまった。
「だから言わんこっちゃない・ ・ ・」
呆れたようにクリフが私を覗き込んでいる。
「だって・ ・ ・」
差し伸べられたクリフの手に掴まりながら、言い訳する。
「花が・ ・ ・」
うん・ ・ ・と肯いたクリフは私の肩を抱くようにして
ゆっくりとその花に近付いていく。
近くで見るその花は・ ・ ・
ガラスのような氷のような硬質な白い輝きを放ちつつ、
月明かりを受けたその光は、ガラスのプリズムを通したときのように
7色に変化して見えた。
とても神秘的で不思議な花。
その圧倒的な存在感とは逆に酷く儚げで・ ・ ・
手を伸ばせば、今にも消えてしまいそう・ ・ ・
「これって・ ・ ・」
振り返った視線の先には、思いもかけなかったクリフの真剣な顔。
「たぶん、幸せの花だよ。でも、まさか、本当に見られるとは
思わなかった・ ・ ・」
独り言みたいな静かな声。
「この花を見た人は必ず幸せになれる、っていう言い伝えがあるんだよ」
クリフの瞳に少しだけ笑みらしいものが浮かぶ。
けれど、相変わらず表情は硬い、という真剣そのもので・ ・ ・
どうしたんだろう。
なんだか酷く緊張してるみたい・ ・ ・
「この花をクレアと一緒に見られたら、言おうと思ってたんだ」
何かを決意したときのような、きっぱりとしたクリフの声。
「ボクと結婚してください」
え?
一瞬、世界の全てのものが、その営みをやめてしまったように
止まってしまった気がした。
月も星も・ ・ ・そして、私の体も心も・ ・ ・
心臓も呼吸も止まってしまったように・ ・ ・
そして、だんだん、序々に、ゆっくりと・ ・ ・
手のひらに受け止めた雪が溶けていくように
クリフの言葉が私の中に広がって行く。
じんわり・ ・ ・と辺りの景色がぼやけていく。
クリフは・ ・ ・たぶん、緊張してるせいなんだろうけど、
少し怒っているような顔で、それでも、じっと私を見つめている。
ちょっと意外だった。
こんな風に一途にまっすぐに相手に対峙することが
出来る人だったんだ・ ・ ・
優しいけどちょっと頼りなくて、ふわっとした感じの人だと
思ってた・ ・ ・
黙り込んでいる私を焦れたように見詰めるクリフの視線が
少し切なげに揺らいだ瞬間、私ははっ!と我に返って
慌てて大きく一回だけ肯いた。
ぷつっ・ ・ ・
緊張の糸が切れる音が聞こえるような気がした。
クリフはいつもと同じ、ふわっとした柔らかい笑顔を
満面に浮かべて、思いがけない力で私を抱きしめた。
かすかな息苦しさにあえぎながら、私はその
抱きしめる腕の強さを、クリフの気持ちの強さのように
感じずにはいられなかった。
「この花を見た人は必ず幸せになれる、っていう言い伝えがあるんだよ」
クリフの言葉が胸の中に広がって、深く深く染み込んでいった・ ・ ・ ・
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