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あれは・ ・ ・一体・ ・ ・どういうイミ・ ・ ・だったんだろう・ ・ ・
ボクはさっきクレアさんの唇が、そっと、掠るように触れた頬に
恐る恐る手を当ててみる・ ・ ・
そこだけが特別に熱を帯びているようで、やたら熱い・ ・ ・
ボクは多分、かなり驚いた顔をしたんだろうな・ ・ ・
彼女は酷く困ったように、真っ赤な顔で寝室に閉じこもってしまった。
大体、ドクターがあんなこと、言い出すから・ ・ ・
ボクに看病を押し付けるようにして帰って行ったドクターを思い出しては
悪態をつきつつ、ボクは慌てて、宿屋に戻った。
寝室に閉じこもってしまったクレアさんは、
今はまだ、眠ってるみたいだったけど、いつ、気がつくかもしれないし
そのときに、もし、誰もいなかったら、やっぱり、心細いだろうし・ ・ ・
宿屋に戻るとランちゃんの顔が目に入った。
「悪いんだけど・ ・ ・」
ボクは意を決して、ランちゃんに話し掛ける。
こんなことはボクとしては、かなり珍しいことで、ボクは
それなりに緊張していた。
「クレアさんが風邪でダウンしちゃって・ ・ ・
そんなにひどいってわけでもないみたいなんだけど・ ・ ・
今日くらいは誰かついててあげた方がいいって、ドクターが・ ・ ・
ランちゃん、悪いんだけど、クレアさんについててあげて
くれないかな・ ・ ・ドクターはボクでもいいって言ったんだけど・ ・ ・」
必要以上に説明を長々としてしまったのも、多分、そのせいで・ ・ ・
「クリフくんは?ついててあげないの?」
ランちゃんは不思議そうに聞いた。
どうしてなんだろう・ ・ ・
ボクが・ ・ ・
一応、男のボクが・ ・ ・
病気で寝ている女のコの看病することに、みんな、
どうして、抵抗がないんだろ・ ・ ・
それとも、そんなことにこだわるボクの方がおかしいのかな・ ・ ・
そんなことは・ ・ ・ない・ ・ ・と思うんだけど・ ・ ・
だんだんそれでも、自信がなくなってきて・ ・ ・
「・ ・ ・女のコの方が何かと・ ・ ・いいと思って・ ・ ・」
そう言うとランちゃんはちょっと困ったように
「クリフくんは・ ・ ・それを私に頼むんだね・ ・ ・」
と返してきた。
確かにランちゃんの言うことは最もで・ ・ ・
ランちゃんはいつも、宿屋の手伝いをしていて、忙しそうにしている。
しかも、これからが夕飯時の一番、忙しい時間。
ボクはいつも何かとお世話になりっぱなしで、
そのことを誰よりも知らないわけじゃないんだけど・ ・ ・
「え・ ・ ・あ・ ・ ・ごめん。そうだよね・ ・ ・ランちゃん、
ウチの手伝いで色々と忙しいのに・ ・ ・
けど・ ・ ・ボク・ ・ ・他にこんなこと、頼める人、いなくて・ ・ ・
ランちゃんなら料理もうまいし・ ・ ・」
さすがに自分の友好範囲の狭さが恨まれる。
けど、こんなこと頼める女のコ、他にいないのも事実で・ ・ ・
第一、カレンさんも、エリィちゃんもはっきり言って、
ボクと対張るくらい料理が下手だし、マリィちゃんは
サバサバしてていいコなんだけど、そんなに親しいってわけでもないし、
図書館なんて、年に数えるほどしか行かないし・ ・ ・
ポプリちゃんとは・ ・ ・ほんとにあんまり喋ったこともなくて・ ・ ・
突然、行って、こんなこと頼めるような間柄でもないし・ ・ ・
それに・ ・ ・リックもいるし・ ・ ・
ボクがどうしてクレアさんの看病を頼みに来るのか
突っ込まれたらどう返事していいのか、分からない。
男同士だし、そういうこと、きっと、気付くと思うんだよね・ ・ ・
だから・ ・ ・
ごちゃごちゃと考え込んでいると、不意にランちゃんは笑って
「なーんて。いいよ。クレアさんは大切な友達だもん。
クリフくんに頼まれなくても、行くよ」
と言ってくれた。
ボクはやっと肩の荷が下りたような気がして、ホッと胸をなでおろした。
「おとーさん、私、クレアさんのとこ、行って来るねー!!」
ランちゃんのセリフにギョッとなったダッドさんに、すかさず
「ボク、大した事出来ないけど、お手伝いします」
とフォローを入れて、とりあえずランちゃんを送り出す。
ボクはなるべくダッドさんの負担を増やさないように
気をつけながら、料理を運んだりオーダーを取ったり
するのを手伝っていた。
ある程度店が一段落したころ、ダッドさんは難しい顔で
話しを切り出した。
「こんなときにこんな話しも何なんだが・ ・ ・
ランがいない時の方が都合がいいしな・ ・ ・」
酷く神妙な顔で切り出されてボクはちょっと身構える。
「何から言えばいいんだろうな・ ・ ・」
けれど、ダッドさんは言葉を濁して黙り込んでしまった。
ボクはちょっと居心地が悪くなって・ ・ ・
けれど、何をどう聞いていいのか分からないので
黙っていた。
そうして二人の間になんとも言えない妙な空気が流れて、
しばらくたったころ、ようやくダッドさんはまた、口を開いた。
「今日の昼間、一度ここに戻って来て、すぐまた、
出て行ったが誰か捜してたのか」
「・ ・ ・え?あ・ ・ ・はい・ ・ ・」
ボクはダッドさんが何を言おうとしているのか、
分からないまま、とりあえず肯く。
「それは・ ・ ・クレアさんを捜してたんだよな」
「・ ・ ・はい・ ・ ・」
「えらく深刻な顔だったが、何か急用でもあったのか?」
「えっと・ ・ ・別にそういう訳じゃ・ ・ ・」
答えながらボクは、そんなに深刻な顔、してたのかな・ ・ ・と
ちょっと不安になる。
自分としては、そんな風に思ってたつもりはないんだけど・ ・ ・
ただ、何かイヤな予感はしていた。
クレアさんがこのままどこかへ行ってしまうような、妙な不安・ ・ ・
もし、ボクが深刻な顔をしていたんだとしたら、きっと、
そんなことを思っていたからなんだと思う。
実際、自分がどうしてそんな風に感じてしまったのかは
自分でもよく分からないけど・ ・ ・
「町中走り回ってたが・ ・ ・そんなにクレアさんのことが
心配だったのか?」
ダッドさんはどういう訳かやたらにクレアさんにこだわってる。
「・ ・ ・あの・ ・ ・」
ボクはどうコメントしていいのか、分からなかった。
ダッドさんがどうして、こんな風にクレアさんにこだわるのか
正直なとこ、分からないし、ボクが何を答えればいいのかも
分からない。
「お前さん、ランのことはどう思う?」
突然、質問が変わって少し面食らうけど、この質問になら
そんなに躊躇せずに答えられる。
「いいコですよね。明るいし働き者だし」
その答えにダッドさんは少し眉を寄せて
「それだけか?」
と、また、ボクが答えに詰まるような質問をしてくる。
「・ ・ ・えっと・ ・ ・」
もっと何か褒めなくちゃいけないのかな・ ・ ・
いつもお世話になってるし・ ・ ・
けど・ ・ ・あからさまにお世辞って分かること言ってもしょうがないし・ ・ ・
あれこれ考えて・ ・ ・
「あっ、あと、料理も上手いし・ ・ ・いい奥さんになると思いますよ、
きっと」
うん、これならきっとダッドさんも満足してくれるよね。
なのにダッドさんはボクの予想を見事に裏切って、大きなため息を
ついて、頭を抱えてしまった。
何かボク、まずいこと、言った?
そして、なんとも言えない切なげな表情でボクを見て
「それは・ ・ ・つまり・ ・ ・自分の嫁さんとして見てる訳じゃ
ないってことだな・ ・ ・」
確認するように呟いた。
え?
自分の・ ・ ・嫁さん・ ・ ・?
えぇーーーーーーーーーーーっ?!?!?!
まったく予想外の言葉に、どう反応していいのか分からない。
今までランちゃんのことをそんな風に見たことは正直なとこ、
一度もないし、いいコだとは思ってても、それ以上は別に・ ・ ・
ボクは多分、露骨に面食らった顔をしたんだと思う。
ダッドさんは
「もう、いいよ」
とだけ言って、珍しく自室にこもってしまった。
あとに残されたボクは・ ・ ・この後、お客さんが来たら、
どうしたらいいんだろう・ ・ ・と割と現実的なことを考えながら、
とりあえず、皿洗いをすべくキッチンに入ったのだった。
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