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クレアさんの風邪は、次の日にはほとんど良くなったらしかったけど、
(もちろん、ランちゃんの献身的な看護の甲斐あってのことだと思う)
一応、大事をとってもう一日休んだら・ ・ ・ということで
休んでいたのに、次から次へとお見舞いの人が来て、
残念ながら、とても休んでいられる状態ではなかったとか。
ランちゃんもその人達の対応の方が、看病している時より遥かに
大変だったと、後で教えてくれた。
「クリフくんが一番にお見舞いに来ると思ってたよ」
ランちゃんは笑いながらそう言ったっけ。
「ランちゃんにもダッドさんにも、迷惑かけちゃったから、
少しでも手伝えることがあれば・ ・ ・と思って、
ずっとお店の方にいたから・ ・ ・」
ダッドさんは結局、あれからは特にボクに対して何かリアクションを
起こすでもなく、強いて言えば、普段より少しだけ無愛想な感じだった。
「クレアさんて、町中の人、みんなから好かれてるんだねー。
改めてビックリしちゃった。だって、みんながお見舞いに来るんだもん」
ランちゃんは丸い目をクルクルさせて、楽しげに話してくれる。
「そう・ ・ ・だね。うん。・ ・ ・」
ボクはどう相槌をうっていいのか分からなくて、曖昧に肯く。
ふっと昨日のダッドさんの言葉が脳裏に浮かんでくる。
あれはつまり、ランちゃんを恋愛対象として見てるかっていう
意味だったんだろうけど。
けどランちゃんのこと、そんな風に思ったことないし。
いいコ、だとは思うけど・ ・ ・
「もうすっかり元気になったみたいだから、クリフくんも安心だね」
そう言ったときのランちゃんの笑顔が、いつもと微妙に違って見えるのは
多分、ボクの気のせいではなくて。
ランちゃんはボクのこと、そんな風に見てるのかな。
チクリ、と小さな刺(とげ)が胸に刺さる。
もし、そうだとしたら、ボクはランちゃんにとんでもないこと
頼んだことになるけど・ ・ ・
「きっと、ランちゃんのおかげだよね。大変なこと、押しつけちゃって
ほんと、ごめん」
色んな意味で。精一杯の気持ちを込めて。
「いいよー、そんなの。当たり前のこと、しただけなんだから」
ランちゃんは相変わらず笑っている。
そんなランちゃんの様子はいつもと変わりなくて、ダッドさんの
話を聞いていなければ、全然分からないくらい。
「・ ・ ・ただ、クレアさん、クリフくんが来ないこと、ちょっと
気になってたみたいだったけど・ ・ ・。あ、これは、私がそんな風に
感じたって言うだけのことなんだけどね」
ランちゃんはふと思い出したように少し不安げな顔つきになって、
独り言のように付け足した。
「・ ・ ・うん・ ・ ・また、牧場の方にも顔、出してみるよ。
ほんとにありがとう」
ボクは他に言い様がなくて。
ボクの言葉に笑顔で肯くランちゃんの、笑顔の裏にあるものを
窺い知ることは出来ずにいた。
ランちゃんに牧場の方にも顔を出してみると言った手前・ ・ ・
「こんにちわ、クレアさん。風邪、良くなってよかったね」
ボクの声に驚いたように振り向いて、クレアさんはちょっと困ったように
目を伏せて、それでもボクのすぐ近くまで、走ってきて言った。
「あの・ ・ ・やけど、もう大丈夫?ちゃんとドクターに診てもらった?」
心配そうな瞳がボクの手元に注がれている。
「え・ ・ ・と・ ・ ・ドクターには診てもらってないけど・ ・ ・
大丈夫、大したことないから」
ボクはさりげなく手を後ろに隠すようにして、答えた。
クレアさんは疑わしそうに後ろに隠した手を見たけど、あのときのように
強引に引っ張って見ようとはしなかった。
「えっと・ ・ ・あの・ ・ ・この間は看病してくれたのに、
お礼も言えなくて・ ・ ・ごめんなさい」
クレアさんはとても申し訳なさそうに俯いたままで・ ・ ・
「ボクの方こそ、ビックリさせちゃったみたいで。ごめん。
ドクター呼びに行ったら、しばらくついててあげてって
言われちゃって・ ・ ・すぐに誰か他の人に頼めばよかったね」
そう・ ・ ・やっぱり、どう考えてもそうだよね。
女のコの看病するのに、おかしいもんね。
「・ ・ ・ううん・ ・ ・そんなこと、ない・ ・ ・ありがとう。
・ ・ ・ ・それと・ ・ ・」
クレアさんはとても言いにくそうに俯いたまま。
それでも何かを一生懸命に言おうとしている。
「ごめんなさい!あの・ ・ ・」
突然、ペコッと頭を下げたかと思うと、クレアさんはそう言ったまま、
真っ赤になってしまった。
その顔はなんだかボクの好きなトマトにちょっと似てて・ ・ ・
ただ、ボクはクレアさんが何を謝ってくれてるのか、よくわからなくて
「え・ ・ ・と・ ・ ・何のこと、かな・ ・ ・?」
一瞬、クレアさんは顔を上げて、ボクと目が合って、また、すぐに
俯いてしまった。
「・ ・ ・あのとき・ ・ ・へんなこと・ ・ ・しちゃって・ ・ ・」
痛みを堪えるような表情のクレアさんに、ボクは・ ・ ・あっ、
とそのときのことを思い出して・ ・ ・
急に頬が熱くなった。
真っ赤な顔をして、痛みを堪(こら)えるようにして俯いているクレアさんが
なんだか、可哀想で・ ・ ・ちょっと切なくて・ ・ ・
けど・ ・ ・それ以上に・ ・ ・
愛しくて・ ・ ・
なんだか、とても、とても、大切なものが、今にも壊れてしまいそうな
気がして・ ・ ・
「じゃぁ・ ・ ・これでおあいこ・ ・ ・」
ボクはクレアさんがしたのと同じように、そっと、頬にくちづけする。
ビックリしたようなクレアさんの瞳が、一瞬、ボクを捉えて、
不安げに揺らいだ。
「だから、もう、気にしないで。・ ・ ・ね?」
クレアさんの瞳の中のボクが、笑いかける。
クレアさんはどうしたらいいのかわからないみたいに、
ちょっとの間、ぼーっ・ ・ ・としていたけれど、
今まで以上にパパァーーッ!!と赤くなって、家の中に
飛び込んでしまった。
・ ・ ・ ・っと・ ・ ・ ・
今のはちょっと、まずかったかな・ ・ ・
けど・ ・ ・
まあ・ ・ ・
ボクはそれでも結構、幸せな気分で、いつものように教会に向かったのだった。
今日は懺悔じゃなくて、・ ・ ・あ、懺悔もしないとまずい・ ・ ・かな・ ・ ・
だけど・・・それ以上に感謝の気持ちを主の御心へ・ ・ ・ ・
ボクはボクの中で確かに感じている。
彼女の存在がボクを癒してくれている、ということを・ ・ ・
始めは・・・ボクと同じ悲しい瞳をした彼女が
危なっかしくて、気になって、放っておけなくて・ ・ ・
何もかも投げ出して、その命のともしびすら、自ら消し去ってしまうんじゃ
ないかと・・・心配で・ ・ ・
けれど、彼女の瞳にはだんだんと、笑みが浮かぶようになって・ ・ ・
そんな彼女を目にすることが嬉しくて・ ・ ・
ボクはそう感じることで・ ・ ・ボクの中でボクを苦しめ続けて来た呪縛から・ ・ ・
少しずつ・ ・ ・そう、本当に少しずつではあったんだけど・ ・ ・
けれど、それは確かな力で・ ・ ・ボクを解き放っていった。
だから・ ・ ・そんな彼女をボクの元へお遣わしになった主に
感謝の祈りを・ ・ ・
ボクが行った罪深い行いは決して、消し去ることは出来ないけれど、
もう一度、前を向くことをお許しになった主へ・ ・ ・感謝の祈りを
捧げよう。
ミネラルタウンに来て、初めての感謝の祈りを・ ・ ・
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