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「悪いんだけど・ ・ ・」
帰って来るなり私の顔を見て、クリフくんは口を開いた。
珍しいんだ・ ・ ・
いつもは私が「おかえりー」とかって声かけても、
「ただいま・ ・ ・」ってボソボソッと言ってくれたかと思ったら、
サッサと部屋に戻っちゃうのに・ ・ ・
「クレアさんが風邪でダウンしちゃって・ ・ ・」
え?
「そんなにひどいってわけでもないみたいなんだけど・ ・ ・
今日くらいは誰かついててあげた方がいいって、ドクターが・ ・ ・」
それって、今まで一緒にいたってこと・ ・ ・なのかな・ ・ ・
「ランちゃん、悪いんだけど、クレアさんについててあげて
くれないかな・ ・ ・ドクターはボクでもいいって言ったんだけど・ ・ ・」
はぁー・ ・ ・ ・ ・ ・
そりゃ、ドクターはそう言うよね・ ・ ・
ドクターでなくても町中の人がそう言うと思うよ・ ・ ・
あんな風に不安そうな顔で町中を走り回っている、クリフくんの姿を見れば・ ・ ・
どんなに君が必死な想いで彼女のことを想ってるのか、
想像するのはとても簡単なことだから・ ・ ・
いつもと全然違う時間に突然、クリフくんが帰ってきたときには
ちょっとビックリして・ ・ ・
クリフくんの不安げな顔見て、もっとビックリして・ ・ ・
「どうかした?」
って声、掛けたのに、私の声なんて聞こえてないみたいで、
お店の中、あちこち見てすぐ出て行っちゃって・ ・ ・
何か・ ・ ・誰かを捜してるんだな、って・ ・ ・
そんな風に走り回っている君を町中の人が知ってる・ ・ ・
だから・ ・ ・
「クリフくんは?ついててあげないの?」
意地悪ではなくて、本当にそう思って。
「・ ・ ・女のコの方が何かと、いいと思って・ ・ ・
その・ ・ ・汗、かいたとき、とかさ・ ・ ・」
クリフくんはちょっと困ったように俯いて・ ・ ・
うん。もちろん、いいよ。
笑顔で答えている自分を想像しながら・ ・ ・
でも、ほんとはそうできない自分がいる・ ・ ・
「クリフくんは・ ・ ・それを私に頼むんだね・ ・ ・」
意地悪な自分・ ・ ・
「え?あ・ ・ ・ごめん。そうだよね・ ・ ・ランちゃん、
ウチの手伝いで色々と忙しいのに・ ・ ・」
クリフくんは申し訳なさそうに、それでも一生懸命言葉を続ける。
「ボク・ ・ ・他にこんなこと、頼める人、いなくて・ ・ ・
ランちゃんなら料理もうまいし・ ・ ・」
そう・ ・ ・とても、一生懸命に・ ・ ・
分かってない・ ・ ・
クリフくんは私の気持ちなんて、全然、分かってないんだ・ ・ ・
そんなことは前々から、なんとなくは分かってたんだけど・ ・ ・
今日は改めてそのことを思い知らされた気がした。
「なーんて。いいよ。クレアさんは大切な友達だもん。
クリフくんに頼まれなくても、行くよ」
私の返事にクリフくんは明らかにホッとした様子で
本当に嬉しそうに笑った。
ねぇ・ ・ ・その笑顔は・ ・ ・クレアさんのため・ ・ ・?
そう。クレアさんは大切な友達・ ・ ・私も好きだよ。
色々、相談にも乗ってくれるし、話してて楽しいし・ ・ ・
いい人だって思ってる・ ・ ・
でも、私の気持ちは・ ・ ・
「おとーさん、私、クレアさんのとこ、行って来るねー!!」
私の背中にお父さんは何か叫んでるみたいだったけど、
そんなことはお構いなし。
ま、なんとかなるでしょ。
お父さん、後はよろしく!!頑張って!!
「こんばんわー!」
一応、玄関で声をかけるけど、返事はない。
寝てるのかな、やっぱり・ ・ ・
そっとドアを開けて
「お邪魔しまーす・ ・ ・」
小声で挨拶。起こしちゃ悪いし・ ・ ・
クレアさんはベッドで寝ていた。
呼吸はまだ少し苦しそうで・ ・ ・
熱もあるみたい・ ・ ・頬がピンク色に染まってる・ ・ ・
綺麗・ ・ ・
こんなときにクレアさんには悪いけど、本当にそう思った。
ちょっとなまめかしくて、儚げで・ ・ ・
クリフくんが一生懸命になって心配する気持ちが
痛いほどわかる・ ・ ・
不意に涙がこぼれそうになって、私は慌ててベッドのそばを
離れた。
そうだ・ ・ ・タオル・ ・ ・
冷やさなきゃ・ ・ ・
タオルを絞ってそっと額にのせたら、クレアさんがゆっくりと
目を開けた。
「ごめん・ ・ ・起こしちゃった?」
クレアさんは少しの間、私の顔を見て
「ランちゃん・ ・ ・来てくれたんだ・ ・ ・」
ちょっとだけ笑った・ ・ ・
っていうよりは笑おうとしてるみたいに私には見えた。
「うん。クリフくんに頼まれちゃって」
私は・ ・ ・ちゃんと笑えたかな・ ・ ・?
私の言葉を聞いた途端、クレアさんの瞳が曇ったのは、
はっきりと分かった。
「え・ ・ ・と、女のコの方がいいんじゃないかって
クリフくんが・ ・ ・」
他に言いようがなくて。
「あ・ ・ ・ありがと。ごめんね、ランちゃん、
色々と忙しいのに・ ・ ・」
「そんなこと心配しないで、早く元気になって」
私はクレアさんの目を覗き込んで、ニコッと笑ってみせた。
クレアさんは力のない瞳をゆるゆると潤ませて
少しだけ頷いた。
「何か食べられそう?熱があるみたいだから、アイスクリームとか
冷たいものの方がいいかな・ ・ ・それとも、おかゆとか温かいスープ
みたいなのがいい?」
私の問いかけに、また、一瞬、クレアさんの瞳が曇った。
「ごめん。食欲、ない?」
クレアさんは首を横に振った。
かと思ったら、クレアさんの目からポロポロと涙が溢れる。
え?え?
私の頭はクエスチョンマークで一杯になる。
風邪で精神状態が不安定になってるのかな・ ・ ・?
「・ ・ ・ごめ・ ・ ・」
ごめんって言おうとしてるんだよね。涙で声が途切れてるけど。
「ゆっくり休んだ方がいいよ。クレアさん、頑張り屋さんだから
疲れが出たんだよ、きっと・ ・ ・」
タオルを替えながら・ ・ ・
「・ ・ ・ありがと・ ・ ・」
クレアさんは律儀にお礼を言って、また、その綺麗な瞳を閉じた。
クレアさんの寝顔を見ながら、心の中で問い掛ける。
ねぇ・ ・ ・クレアさんはクリフくんのこと、どう思ってる?
好き・ ・ ・?
それとも・ ・ ・
クリフくんの気持ち、知ってるのかな・ ・ ・
クリフくんは・ ・ ・
あなたのことを・ ・ ・
そして・ ・ ・
私は・ ・ ・
グルグル回る言葉・ ・ ・
グルグル回るココロ・ ・ ・
みんなが幸せになるのは・ ・ ・
無理・ ・ ・なのかな・ ・ ・?
私は・ ・ ・みんな・ ・ ・好き・ ・ ・なのに・ ・ ・
知らず知らずのうちに涙が頬を伝って落ちていた・ ・ ・
やだ・ ・ ・
私らしくない、こんなの。
こんなことでメソメソするなんて。
私はグイッとこぶしで涙を拭って、一つ、深く息をついた。
そして、おまじないのように呟いてみる。
・ ・ ・大丈夫。
クリフくんはクレアさんが好きで、
もしかしたら、クレアさんも、クリフくんのことが好きで・ ・ ・
でも、私はやっぱり二人を嫌いになれるわけはないんだもの。
二人とも好き。
だから・ ・ ・
もう一度、大きく息をついて。
スーッと心のモヤが晴れていく感じ・ ・ ・
クレアさん、今度はちゃんと笑えるよ。
だから、早く、元気になって。
また、いつもみたいに素敵な笑顔、見せてね。
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