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宿屋を出て果樹園に向かう途中で少しだけ回り道。
君のいる牧場の横を通って、さく越しに牧場を眺める。
もちろん、君はそんなボクのことなんて気づくはずもなくて、
畑に水をやったり、家畜の世話をしたりといつも忙しそう。
あんまり無理しないで・ ・ ・
君の背中にそっと声をかけて、ボクは果樹園に向かう。
これがここ最近のボクの日課。
空はすっかり高くなって、様々な実りをもたらしてくれた
季節も、その役目を間もなく終えようとしていた。
風は日々、その冷たさを増していき、やがて訪れる
新たな季節を予感させるに相応しくなってきている。
けれど、彼女はそんな風の冷たさなどまったく
気にも留めない様子で元気そのもの。
そんな彼女を見るのが、ただ、嬉しくて・ ・ ・
今日もいつものように・ ・ ・
(あれ?いない・ ・ ・)
けれど、今日は牧場に彼女の姿は見えない。
まぁ・ ・ ・用は色々あるだろうし・ ・ ・
そう思いながら、けれど、なんだか気になって・ ・ ・
「どうした、クリフ?何か心配事か?」
デュークは、ボクの様子がいつもと少し違うことにすぐ気付いてくれて
「ここんとこ、忙しかったからな。
今日は早めに上がってゆっくりするといい」
そう言ってくれた。
「すいません」
ボクがあんまりにも素直に、と言うかすぐに上がろうとしたので、
さすがにデュークは、とても驚いたようで
「え? あ、いや。珍しいな。いつもなら、いえ・ ・ ・とか、
そんな・ ・ ・とか言って結局、いつも最後までやってくのにな。
何だ?本当に何か心配事か?」
と重ねて尋ねた。
「あ・ ・ ・いえ、そんな大したことじゃ・ ・ ・」
心配してくれるデュークの気持ちは嬉しかったけど、
ボクは、なんとなく気になるって程度のことを
デュークに話せなくて・ ・ ・
「まぁ、構わんさ。無理にとは言わんよ」
デュークもそれ以上聞いても無駄なことが分かってるみたいで、
深くは追求して来ない。
そんなデュークの思いやりに感謝しつつ
「ほんとにすいません」
ボクは挨拶もそこそこにワイナリーを後にした。
「こんにちわ」
「やあ、クリフ。君がここに来るなんて珍しいね」
マリーがちょっと驚いて、その声に中にいたグレイも
「今日は果樹園、どうしたんだよ?」
と顔をのぞかせた。
「あ・ ・ ・うん・ ・ ・」
ボクはキョロキョロと中を見渡して、返事もそこそこに
図書館を飛び出した。
「なんだよ、変なヤツ・ ・ ・」
「こんにちわ・ ・ ・」
エレンさんち。・ ・ ・いない・ ・ ・
「こんにちわ・ ・ ・」
町長さんち。・ ・ ・いない・ ・ ・
雑貨屋さん・ ・ ・病院・ ・ ・教会・ ・ ・
・ ・ ・いない・ ・ ・
海岸・ ・ ・広場・ ・ ・宿屋・ ・ ・
・ ・ ・いない・ ・ ・
ムギさんとこ・ ・ ・にわとりリア・ ・ ・ゴッツさんち・ ・ ・
・ ・ ・やっぱり、いない・ ・ ・
あとは・ ・ ・
泉にもマザーズヒルにも・ ・ ・
はぁっ・ ・ ・はぁっ・ ・ ・
あちこち走り回って、肩で息をしながら、ボクは牧場の入り口に立っている。
どこにもいない・ ・ ・
ってことは、中にいるってことだよね・ ・ ・
コンコン・ ・ ・
思いきってドアをノックしてみる。
返事はない。
コンコン・ ・ ・!!
今度は少し強めに。
けれど、やっぱり返事はない。
いない・ ・ ・のかな・ ・ ・
ドアの前でゆうに5分は考えて・ ・ ・
思いきってドアを開けてみる。
「クレア・ ・ ・さん?・ ・ ・いる?」
部屋の中はしーん・ ・ ・と静まりかえってはいたけど、
確かに人のいる気配はする。
「クレアさん、いるの?」
クレアさんは・ ・ ・いた・ ・ ・
ベッドで苦しげに息を弾ませて、時折、ゴホゴホッ・ ・ ・と
咳込んでいる。
額に手を当てて、ビックリした。
燃えるように熱い。
とりあえず、濡らしたタオルを額にのせて、ドクターを呼びに走る。
「大したことはないよ。風邪だね。
彼女、雨の日でも仕事をしてるようだから・ ・ ・
疲れが溜まっているところに、雨に濡れて風邪をひいてしまったんだろう。
普段から無理しないように言ってきたつもりだったんだけどね」
ドクターは怒ってるみたいだった。
言うことをちゃんと守らない患者さんのことが・ ・ ・
それでも心配でたまらないんだよね・ ・ ・
「まぁ、注射、打っておいたから、すぐ、気がつくと思うよ。
しばらくの間、ついててあげて」
「えっ?!」
「一人にはしておけないだろう?」
「・ ・ ・えっと・ ・ ・」
「都合、悪い?」
「・ ・ ・いえ・ ・ ・」
「じゃ、頼むよ。僕は病院の方に戻らないと・・・
エリィ一人にそんなに長い時間、任せてはおけないしね」
「・ ・ ・はい・ ・ ・」
ドクターはちょっと強引にそう言い残して、病院に戻って行った。
けど・ ・ ・これって・ ・ ・まずくないのかな・ ・ ・
彼女は・ ・ ・女のコ・ ・ ・で・ ・ ・
僕は・ ・ ・男で・ ・ ・
部屋には二人きりで・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・
って、やっぱりどう考えてもまずいよぉ!!!!
ドクターもなんだってあんなこと・ ・ ・
僕は彼女を起こさないようにそぉーっと部屋を出て
大きく息をついた。
僕も一応・ ・ ・男、なんだけどな・ ・ ・
ドクターから見ると、まだまだ子供で、ってことなのかな・ ・ ・
なんか、それって・ ・ ・
僕は釈然としない気持ちのまま、とりあえずタオルを交換するために
また、部屋へ戻ったのだった・ ・ ・
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