その頃になって嵐の中をドクターが駆けつけてきた。
グレッグさんちはワンルームなので、診察の間ボクらはとりあえず
隣のザクの家へ避難した。
間もなくドクターもやってきて、驚いたように言った。
「奇跡だよ。骨折どころか傷らしい傷もないようだし、打撲も見当たらない。
明日にでも病院で精密検査をしてみないことには、なんとも言えないが
おそらく大したことはなさそうだよ。ただ、かなり衰弱しているようだから、
それは少し、心配だけどね」
そして、ドクターはボクに視線を合わせたまま続ける。
「君が処置したんだって。大したものだな。ほぼ、完璧だ。どこかで
勉強したことがあるのかな?」
「えっ、あ・ ・ ・う・ ・ ・」
ボクは口ごもって視線をはずす。
「いや、責めているわけではないよ。誉めているつもりなんだが・ ・ ・」
困ったようにドクターは呟いて、気を取り直すように
「心配と言えば、君の方が心配なんだが、僕としては!」
と少し声を強めた。
「えっ?」
グイッ!と少し荒々しく腕を掴まれて、まったく反射的に
「くっ!!うぅ・ ・ ・」と唸ってしまった。
「岩か何かにあちこちぶつけているな。彼女をかばったのか・ ・ ・」
「え?」
「海岸に打ち上げられている彼女を発見したわけではないね。
まったく・ ・ ・信じられないような無茶をするな、君も」
ドクターはあきれたようにボクを見ている。
言われてみれば・ ・ ・
夢中で今まで気がつかなかったけれど、あちこち擦りむいて血がにじんでいる。
シャツと言わずズボンと言わず、どこで引っ掛けたのかあちこち破れていた。
「まぁ、目の前でおぼれている人間を見れば誰でも放ってはおけないとは
思うが、それにしたって、普通は嵐の海なんかに飛び込んだりは・ ・ ・
おとなしそうな顔をして、本当に驚かされるな、君には」
ドクターは口を動かしながら、手元は見ていて惚れ惚れするほど鮮やかに、
傷を手当てしてくれている。
「骨折はしていないようだから、そう大したことはないと思うが、念のため、
明日は病院で検査するから。ちゃんと来るんだよ」
念を押すようにそう言ってドクターはボクを見る。
まだ、何かを言いたげに。
「どうして、嵐の日に海なんかに・ ・ ・」
独り言のようにそう言いかけて、けれど、ドクターはそれ以上
続けようとはしなかった。
さすがに大人・ ・ ・だね、ドクター。
人には触れられたくないことの一つや二つ、誰にだってあるものだから。
ボクがどういう理由でわざわざ嵐の日に海なんかにいたのか、それはもし、
聞かれたとしても答えられないこと。
ドクターもそれが分かってるから、途中で言葉を呑み込んだ。
「クリフ、今の君の状態でこの嵐の中を宿屋まで帰ることは不可能だよ。
ザク、悪いが今日はクリフをここに泊めてやってくれないか」
「オレは全然構わねーよ」
「でも・ ・ ・」
「これは医者としての命令だ。従ってもらうよ」
有無を言わせないドクターの厳しい口調。
「ホラ、遠慮すんなって。何なら一緒にベッドで寝るか」
「そ、それは、ちょっと・ ・ ・」
「アハハハ・ ・ ・じょーだんだよ。真に受けるな」
ザクは豪快な笑いの後、あきれたように付け加えた。
「僕はグレッグさんのところで仮眠を取らせてもらうことにするよ。
彼女のこともあるから」
そう言ってドクターはグレッグさんと一緒にザクのウチを後にした。
「しかし、お前がなぁ・ ・ ・人は見かけによらないもんだなぁ」
ケガをしているボクにベットを譲ってくれたザクは、
ソファで毛布にくるまりながら、しきりに助けたときの様子を聞きたがった。
そんなザクの声をボクはどこか遠いもののように感じていた。
やがて、ボクは自分でも驚くほど深い深い眠りに落ちて、
昏々と3日も眠り続けたのだった。(end)
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