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【2】
暫くして吾郎も戻って来て。
「大丈夫だったか?」
「え?」
「シャツ、ちゃんと染み抜きしたか?」
「・・・・うん、まぁ・・・・・・・」
曖昧に頷いてそのまま椅子を引こうとする吾郎に、俺はもう一度、同じ問いを重ねた。
「え、と・・・・洗剤つけて洗濯機に放り込んで来た、けど・・・・それじゃ拙いの?」
「・・・・・・・ったく」
吾郎の返事に俺は台所用の中性洗剤を手に、また、洗面所に戻っていた。
基本、ケチャップと似たような種類の染みだとして、すぐに洗えば確かにすぐに落ちる程度の
染みではあるはずで。
洗濯機の中を覗き込むと、そこにシャツが一枚、放り込まれてあって。
手に取り汚れの部分を確認すると、液体洗剤が染みてじんわりと赤い染みが滲んでいた。
そこに少し水分を落として軽く揉み荒いした後、また、軽くすすいで。
見ると赤い一筋の染みは既にその形跡をほとんど消していた。
すぐにその場で対処出来りゃあ、そう大した事にもなんねぇんだよな。
ほっとして。
それをまた洗濯機に戻そうとした所へ。
「ごめん。あれじゃ拙かった?」
そんな声と同時に吾郎が顔を覗かせた。
「ん?いや。ま、あのまま明日、他のもんと一緒に洗ったんだとしても、もしかしたら大丈夫
だったんかも知んねぇけど」
「うん」
「ま、けど、先手必勝?ちょい、揉み洗いしとくだけでも効果が違うっつーの?」
「あぁ、うん」
「そんだけだから」
「それだけのためにわざわざ?」
「ん?」
「食事、中断してまでわざわざ・・・・」
「別に大した事でもねぇじゃん。後で着らんなくなってガッカリするよか、いいだろ?」
「・・・・・・ありがと」
ふんわりと。
吾郎の顔に笑みが広がって。
「ん」
俺は何となく気恥ずかしくて、伸ばした手で吾郎の肩を抱き寄せ少しだけ強く力を込めた。
「痛いってば・・・!」
軽く腕の中で吾郎が身じろいで。
近い距離から、それでも、少し笑ってる吾郎の笑顔を目にして。
やっぱり、こっちも笑顔になってた。
晩飯の後、片付けを終えた吾郎がそのテーブルに何やら裁縫道具類を広げ始めて。
ふ、と。
まー坊の入学式付近の、ゼッケンつけと格闘してたこいつの姿が脳裏をよぎる。
まーた、何か、そんな感じの準備物でも出来たのか?みたいな心境で、何気なく吾郎の様子を
窺っていると。
吾郎が手にしたのはまー坊の普段着のジーンズで。
良く見ると、その膝の部分が破けてるのが見て取れた。
そう言えば・・・・・
風呂でまー坊が「ズボンが破れて・・・」とか何とか言ってたセリフを思い出す。
あれ、の事か?
で、吾郎はそのジーンズを手に何やら、ちくちくと縫い物を始めた。
「・・・・・・何やってんの?」
裁縫は吾郎の思いっきり苦手分野の1個、と俺は踏んでて。
その吾郎がわざわざ、学校の準備物でもなさそうな、必然に駆られて、どうしてもやんなくちゃ
なんねぇようには見えねぇ裁縫に勤しんでる姿が俺には違和感、っつーの?
不思議、っつーか。
そんな気がして。
つい、声を掛けずにはいられなかった。
「え?」
手を止めて、ちょっと顔を上げて。
「まーくんのズボン、破れちゃったからさ」
・・・・・・それは分かる、見れば。
で?もしかして・・・・・それを繕ってる、とか言う?もしかして?
あの裁縫は殊の外、苦手で?
必然に迫られたってヒス起こして・・・って程でもねぇけど、指を突いて、危なっかしくて
見てらんねぇ裁縫を?
・・・・・・・・・・・そうしなくちゃなんねぇぐれぇ、うちって今、家計苦しかったりだとか
すんのか?
・・・・・・・・・・・マジで。後1個と言わず、2、3個、仕事掛け持ちしねぇとダメか、
やっぱ・・・・・・・
何か、言葉に出来ねぇ衝撃っつーの?
最近じゃあなーんも言わずに上手く家計をやりくりしてくれてる風な吾郎にすっかり安心して、
ふっつーにちゃんと?必要なもんぐれぇは買える程度の経済力はあんだ、って信じ込んでた
俺って・・・・・・・
「・・・・・・・りぃな・・・・」
「え?」
低く零れた言葉が吾郎の耳には届かなかったみたいで。
吾郎が相変わらず、手を止めたまま、きょとん、とこちらを注視して、少しだけ首を傾げる。
「・・・・・・・何か・・・・悪ぃ、な・・・・・え、と・・・・苦労、掛けて・・・・・」
口にしながら、一体、いつの時代のドラマのセリフだよ、って。
現実には見た事さえねぇような、昔のドラマの・・・あ、時代劇みてぇなセリフだな、って。
言ってて、自分でそのセリフの滑稽さに唇が歪む。
「え、と・・・何?苦労?何が?」
いよいよ吾郎は意味が分からない、とばかり、それまでもそんなにあった訳じゃない距離を
更に縮めて、俺の顔をちょい下の角度から、一生懸命に覗き込んで来る。
「俺、すぐにでも後、何個か仕事、めっけっから。だから・・・・そう言うの、止めろよ」
吾郎の手から破れたジーンズを取り上げると、吾郎は。
「え、と・・・・何かあんまり良く話が見えないんだけど・・・・まーくんのズボンにさ
アップリケ縫い付けてるだけ、なんだけど・・・・何かそれがマズイの?」
「だから。そんな貧乏臭い事、すんなよ」
「貧乏臭い、って・・・・」
俺のセリフに吾郎はほんの少し眉を顰めた後。
「拓哉兄貴」
至極、厳かな口調で吾郎は俺の名を呼んだ。
「ん?」
「拓哉兄貴もね、少しイメージの転換って言うの?そう言うの、した方がいいよ。これはね、
貧乏臭いんじゃなくて、エコ?今、時代の最先端って言うか・・・・まだ、使えるものを
修理とかして、限りある資源を有効に使おう、ゴミを減らそう、地球に優しい環境作り?
だとか・・・・・・」
相変わらずこんな時には妙に滑らかに良く動く吾郎の唇の動きを、ちょい呆然と見守りながら。
「リメイク、リユース、リフレッシュ、だよ。・・・・・・あれ?」
得々と、そこまで続けた言葉は一旦、途切れて。
「あれ?リフレッシュ・・・・は、何か違わない?」
「俺に聞くなよ」
「何だったかな?リで始まる言葉なんだよ?リメイク、リユース・・・・」
「・・・・・・リサイクル?」
何となくそれ系を思い浮かべて頭に浮かんだ名詞を口にする。
「そう!それそれ!リサイクル!」
パッ!と。
スイッチを入れた途端、瞬く蛍光灯の光みたいに。
吾郎の顔に笑みが閃く。
途端に周囲までパッと明るくなるように。
そんな様子が俺にはちょい眩しくも感じられて。
思わず、ほんのちょっと瞼を伏せたりなんかもしながら。
「でさ、慎吾もね、何か最近、そう言う洋服のリメイク?みたいな事に興味、持ち始めてる、
みたいな話し出して」
・・・・・・・・いつから、だ?
慎吾のヤツのそんな話なんか、俺ぁ、これまで1回だって耳にした事なんかねぇぞ・・・・・
「でね、パソコンで色々と検索してくれてさぁ。家に余っててほとんど袖通してない服だとか
かき集めて来て」
・・・・・・・・大した行動力だな、おい。
「で、あーでもない、こーでもない、って、リメイクのデザイン、考えてた、って言うの?」
・・・・・・・・ほぉぉぉぉぉん・・・俺が帰って来んのにさえ、気付かねぇぐれぇ、一体、
何にそんなに熱中してたのかと思えば・・・・・
「で?決まったのか?デザイン」
「うん、大体ね」
「どんな?」
そうして吾郎からおおよそのデザインを聞いた上で。
「んー、それ、ちょっとダサくねぇ?!いや、やべぇっしょ、それは。俺がまー坊だったら、
そんなジーンズ、やだね、穿くの」
思いっきりダメ出ししてやる。
「えー?そう?そっかなー・・・・じゃあさ、拓哉兄貴はどんなのがいいと思う?」
吾郎からそのセリフを引き出しゃ、こっちのもん!で。
「そうだなー、俺だったら?」
そうして、次の日、見事に完成した俺と吾郎の共同作品のジーンズを穿いたまー坊を見た時の
慎吾の悔しそうな、それでいてプチショックを受けたような顔に、してやったり!と一瞬、
浮かんだ優越感は、けど、ちょい後味の悪い・・・・そんな感覚を俺に残して。
・・・・・・・次は正々堂々と?
ガチでやんなきゃ、やっぱ、不戦勝ってのは味気ねぇな、なんて。
その日の晩飯の鶏の唐揚げをささやかに1個、俺は有無を言わせず慎吾に贈呈して。
「何で?何で?!慎吾だけ?!ずっりぃーーーっ!!」
喚く剛の頭を一発、軽くハッて。
「暴力反対・・・・・」
ボソリ、と小さく進言して来る吾郎のセリフは、敢えて、聞こえない振りを決め込んだ。
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