幼稚園に到着してポン!!と自転車から飛び降りた俺を、駐輪スペースに自転車を止めた
吾郎が後からのんびり追い掛けて来る。
門のとこでせんせぇと会って。
「マナミ、おっす!!」
朝の挨拶をしたら、いきなり、吾郎が片手で脳天から頭掴んで、グイグイと頭、揺さぶって
きやがった。
「こら、まーくん!先生の事『マナミ』なんて呼び捨てにしちゃダメだろ?」
途端にせんせぇの顔がほわん・・・と薄桃色に染まる。
吾郎のヤツ、今、わざと『マナミ』って名前、口にしたよな。せんせぇってばよ、別に
吾郎がせんせぇの事、そんな風に呼んだ訳でもねぇのに、ちょい、浸っちまったみぇで。
・・・・ったく、吾郎のヤツ、さりげにそーゆーオンナゴコロくすぐるような事、すんだよな。
で、これが計算なのか、天然なのか、イマイチ、分かんねぇとこがこいつの最大の強み、
っつーか、怖ぇとこで。
迫力に欠けてる顔で俺にちょっとだけ睨みを効かせた後、吾郎はそれからおもむろに
申し訳なさそうな笑みを浮かべて、せんせぇを振り返り。
「すみません。言葉遣いが悪くて。物心つくかつかないかのうちに両親とも他界してしまった
ものですから、その事が可哀想で、つい、甘やかしてしまって・・・・しかも、潤いに
欠ける男兄弟ばかりの末っ子に育ってしまったものですから、つい、兄達の言葉遣いを
真似てしまうようで・・・良く言い聞かせますから、どうか、先生も気長に見守って
やって頂けますか?」
しっとりと眼差しの中に淡い切なさを浮かべて、それでも、そんな悲しみを押し隠す
ように口元に綺麗な笑みを浮かべて。
少し、小首を傾げて、せんせぇの目を覗き込むようにして、そんなセリフを縷々、言い募る
吾郎に、せんせぇもすっかり、感情移入しちっまってんのがありありで。
俺の事、可哀想だ、とか言いながら、その俺の面倒を見てんのは自分なんだ、って遠回しに、
けど、確実にアピールしてる事は確かで。
・・・・・けっ!良く言うよっ・・・って。
「えぇ、もちろんです。大丈夫ですよ。正広くんはとても明るくて、クラスでも人気者
ですから。お兄さん達の愛情に育まれて、ちゃんと、とてもいいお子さんに成長して
らっしゃいますよ」
・・・って、おぃおぃ、せんせぇ・・・?
俺らの相手する時と、えっれぇ、態度、違うくねぇ?
「こらぁっ!!正広っ!!女の子の髪の毛、引っ張るんじゃないっ!!」
って、般若みてぇな顔で怒鳴ってる時のせんせぇとは、まるで別人じゃんよ。
「そうですか?そう言ってもらえるとほっとします。いい先生に受け持ってもらえて、
まーくんも幸せだよね?」
・・・・って、こっちに振んなっ!!
「けっ!!カッコつけてんじゃねぇよ。ちょっと好みのタイプだからってよ、デレデレ
してんじゃねぇよっ!!」
当然、思いっきり悪態をついてやって。
したら、吾郎のヤツ、俺の前にしゃがみ込んで、俺に真っ直ぐ、視線、合わせて。
「そういう言葉遣いしたらダメっていつも、拓哉兄さんに言われてるんじゃないの?
まーくんがいつまでもそういう乱暴な言葉遣いしてると、拓哉兄さん、きっと悲しむよ」
・・・・って・・・・
何でここでまた、拓哉兄貴の名前なんか出して来んだよ、吾郎はよ。
「拓哉兄さん、いつも、まーくんにいい子になってもらおうって、一生懸命なんだよ?
そういう拓哉兄さんの気持ち、まーくんには分かんないの?」
って。だぁぁぁっ!!そこでおめぇが、黒目がちの瞳、潤ませてんじゃねぇよっ!!
ヤメロっ!!悲劇のヒロイン、やんの、やめてくれぇ!!
そういうテンションが、俺、いっちばん、きっついんだよっ!!
まだ、拓哉兄貴みたく、ガンガンお説教くれた方がなんぼかマシ!!
だから、こいつ、苦手なんだよっ!!感性が俺と全然、違ぇとこにあんだもんっ!!
しかもよ。
したらよ。
せんせぇまで・・・・
「まーくん、ちゃんとお兄さん達の言う事、聞かなきゃダメよ。お兄さん達、お父さんや
お母さんの分まで、一生懸命、頑張ってくれてるんだから」
とかよ。
「まーくん?ほら。ちゃんとお兄さんにごめんなさい、しましょ?」
チクショー・・・・吾郎のヤツぅぅぅぅ・・・・覚えてろよぉ・・・・
「・・・・ごめん・・・な、さい・・・」
うぇぇぇぇん。泣くぞ、俺。
「うん。分かってくれたんなら、いいよ」
とかよ。いきなり、にこりん、とか。吾郎のヤツ、俺の気も知らないで、100%の笑顔
なんか浮かべやがって。
「・・・・あ、そうだ、忘れるとこだった。これ。うちの庭に咲いてた花なんですが。
綺麗に咲いたから、幼稚園のみんなにも見てもらったら花ももっと喜ぶんじゃないか、
って思って持って来たんです」
おもむろに吾郎が手にしていた小振りの花束をせんせぇに差し出して。
それを受け取りながら、せんせぇ、また、赤くなってっし。
いや、だから。それは吾郎からせんせぇへのプレゼントって訳じゃねぇべ・・・・・
「あ、ありがとうございます。ほんと、綺麗なお花ですね。子供達も喜びます、きっと。
子供の情緒を安定させるんですよ、お花って。早速、お部屋に飾らせて下さいね」
「喜んで頂けて嬉しいです、僕も」
にこり、と。
花が綻ぶような柔らかい笑みを浮かべた吾郎に、せんせぇは、マジでぽーっと見惚れてる。
カッコイイって点じゃ、断然、誰が見たって拓哉兄貴の方がカッコイイって思うに決まって
っけど、いかんせん、露出の多さって点で、吾郎の方が圧倒的に勝ってんだよな、よーちえん
では。
会社員の拓哉兄貴は当然、平日に集中してる保育参加とかの園行事とかには出て来れる訳が
ねぇし。
そういう時、大抵、顔を出してくれんのは吾郎で・・・・
ま、吾郎が来てくれて嬉しいかどうか、ってとこはすげぇ、微妙ではあるけど、それでも、
やっぱ、兄貴の立場で他の母ちゃん達に混じって、一緒にお遊戯したりだとか、手遊び
したりだとか、普通、吾郎ぐれぇの年の男だったら恥ずかしくて堪んねぇだろうなって事を
嫌な顔一つせず、付き合ってくれてる、それには感謝してっから。
すげー、とろくさくて、ヘタすっとよーちえんじよりもまだ、とれぇんじゃねぇか、って
思える事があって、こっちが恥ずかしい思いをしてたとしても。それでも。
そんなこんなで、ちょくちょく、よーちえんに顔を出す吾郎は、もう、園じゃ有名で、
母ちゃん達とか、せんせぇ達のちょっとしたアイドルになってて。
「まーくん、嬉しいでしょう?こぉんな素敵なお兄さんが毎日、送り迎えしてくれて」
とか。せんせぇは満面の笑顔で言ったりもすっけど。
それって違ぇべ?
嬉しいのはせんせぇとか、よその母ちゃん達だべ?とか思ったりもすっけど。
「今日の降園は2時半でしたよね?」
「はい」
「それじゃ、また、時間になったら迎えに来るから。先生の言う事聞いて、いい子にしてな」
拓哉兄貴がするのとおんなじ動作で、ぽんぽん、って軽く頭の上で手ぇ、何回か弾ませて。
「お願いします」
先生にもきっちり微笑み掛けて。
「はい、お預かりします」
そうそうお目に掛かれねぇだろうな、ってぐれぇ、キュートなせんせぇの笑顔に、ちょっと
だけギョッとして。
せんせぇも女なんだよなぁ、って。
若くてイケメンの男、来っと、目の色、変わるもんなぁ、とか。
妙な感慨に耽りつつ。
ま、吾郎もな、意識的なのか無意識なのか、そういうフェロモン漂わせてっから、せんせぇの
そーゆー反応もしょーがねぇ、っちゃあ、しょーがねぇ部分もあっけど。
そんでまた、自転車に跨って、ジャケットの裾、なびかせながら、軽快に走り去ってく
後ろ姿とか見てっと、確かに、ちょっとはカッコイイ、って思わなくもねぇけどよ。
それにしたってな。
せんせぇ、吾郎の裏の顔とか知ったら驚くべ、ぜってぇ。
とかな。そーゆー可愛げのねぇ事、考ぇたりする俺だったりすっけど。
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