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そんな吾郎の後ろ姿を見送って。
「ねぇ、吾郎ちゃんてさ・・・・泣いてないよね?どうして?どうして、泣かなかったん
だろ?俺、てっきり、吾郎ちゃんが一番、ショック受けて泣き叫ぶと思ってた。ずっと、
ずっと泣き続ける吾郎ちゃんを想像してた・・・・・なのに、なんで?」
慎吾が漏らしたセリフに。
「俺も。俺もそれが不思議で・・・・吾郎さん、何かちょっと変だよ?大丈夫なのかな?」
剛も不安げに声を震わせる。
「・・・・確かに不気味だけどよ。下手に泣き喚かれるのも面倒っつーの?いや、泣かねぇの
見ると泣けよって思うけどよ、泣いたら泣いたで泣くなって気分になりそうでよ」
「拓哉兄貴、いつもにも増して辛辣だね?さっき、吾郎ちゃんが言った事、実は案外、
堪えてんじゃないの?」
慎吾にそう突っ込まれて。
「んな事ぁ、あるわきゃねぇだろ?あいつ、まるで俺がなぁんも考えてねぇみたいな言い方
しやがって。マジ、ムカツク。弟のくせに生意気に俺様に意見なんかしやがって」
「でも、こんな事、ほんと初めてってぐらいじゃない?吾郎さん、普段はそんな事、しない
人だよ?」
「あいつ、俺のする事とかなぁんも関心持ってねぇヤツだったから。俺が何してても、
興味も何にもなくてよ。っつーより、いっつも、何、バカな事、やってんの?みたいな
顔で見やがって」
「いや、それは拓哉兄貴の被害妄想・・・・・」
言いかけた剛の言葉を遮り
「被害妄想なんかじゃねぇよ。疑う余地のねぇ現実」
吐き捨てるように口にした拓哉のセリフに
「確かにねぇ。吾郎ちゃん、ちょっとそういうとこあるよ。天から人をバカにしてる風な
とこ」
慎吾がしみじみ相槌を打つ。
「天才少年作家とか持ち上げられてよ、散々ちやほやされた挙句、いいように踊らされて
潰されて。正直、ちょっとザマーミロって気分だったし、俺?」
「拓哉兄貴っ?!」
剛の険しい声音が少し悲鳴のように響いて。
「そんな言い方しないでよ!本気でそんな事、思ってないくせに!!」
「それは言えてる。拓哉兄貴、なんだかんだ言って吾郎ちゃんの事、そんなに嫌いって
訳じゃないじゃん。拓哉兄貴はさ、ほんとは吾郎ちゃんの事、好きなのにさ、吾郎ちゃんが
てんで相手にしてくんないから、不貞腐れてるだけで」
「違ぇよっ!!何、勝手な想像、巡らせてやがんの?」
「今だって、ほんとは凄い凹んでて、でも、ちょっと嬉しい、とかも思ってるでしょ?
吾郎ちゃんがあんな風に本気で食ってかかって来てくれた事」
「もっと素直になればいいのにさ」
弟2人によってたかってそんなセリフを吐かれて、拓哉は言葉を詰まらせ。
「お前達ももう寝て来いよ。俺もまー坊連れて寝るからよ」
都合の悪い会話を断ち切るように、足の間で眠る正広を抱き上げて拓哉が2人を促す。
「・・・・ってぇ・・・やべ、足、痺れてやがる」
独り言のように呟いた拓哉のセリフに、慎吾の目がキラリと光る。
「え?足、痺れてんの?早く直るように協力してあげようか?!」
ニカリ、と大きく唇を持ち上げた笑みで、そろり、そろりと近づいてくる慎吾に威嚇の
眼差しを突き刺し。
「指1本でも触れてみろ?ぼっこぼこだかんな?!」
拓哉の押し殺したドスの利いた声に、言われた当の慎吾ではなく、剛が震え上がる。
「へへへへ。まーくん抱えて、両手塞がってる今がチーャンスっ!!」
どうやら本気でやる気らしい慎吾に剛が不安げに眉を顰め。
「慎吾ぉ。下らないちょっかい、掛けんのやめた方がいいと思うけど?吾郎さんの事で
拓哉兄貴、かなりナーバスになってるみたいだし」
剛の口ほどにもないのんびりした声は、しかし、残念ながら、慎吾の悪戯心を押さえる
事は出来なかったようで。
「平気、平気!!それじゃ、拓哉兄貴、行くよ!!」
嬉々として拓哉の足に飛び掛った慎吾の腹に見事なケリが決まる。
「ぐぇーーーっ」
かえるの断末魔のような一声を上げて、慎吾がその場に蹲り。
「な、んで?!足!足、痺れてるって!!」
涙目になりつつ、そう訴える慎吾に
「痺れてっぞ、今でも、びりびり。感覚ねぇぐれぇだもん」
拓哉が得意げに目を見開いた。
「なのに、何でっ?!」
「足、痺れててもケリぐれぇはかませんだよ!!」
拓哉の自慢げなセリフに剛は内心で呟きを漏らす。
・・・・確かにね、伊達に不良のツッパリやってないよね。この辺じゃ拓哉兄貴に敵う
ヤツも居ないらしいしね・・・・・慎吾もほんと、バカな事するよね。ちゃんと、忠告
してやったのに、人の忠告、無視するから、返り討ちなんかに遭うんだよね・・・・・
見慣れた光景ではあるけれど。
それでも、漏れそうになる溜息を飲み込んで。
明日からどうなるんだろう・・・・
胸のうちに零れた不安から剛は敢えて目を逸らしていた。
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