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「そんなの絶対に反対っ!!絶対、絶対、反対っ!!」
両親の葬儀を終えた後、後片付けを終えて親戚達がそれぞれの帰路についた後、兄弟が
集まっていたリビングに、感情を露わにした声が響いた。
その声を発した人間が他でもない吾郎だと気付いて、兄弟全員の顔に驚きが浮かんだ。
余りに突然。
何の前触れもなく両親が他界してしまい。
悲しみに打ちひしがれ、人目もなく泣き崩れる兄弟達の中にあって、ただ一筋の涙さえ
見せず、能面のように表情のない顔でじっと、顔を正面に向けたまま正座している
吾郎を、親戚達は誉めそやす一方で、訝るような不満げな視線も向けて。
その事を分かっているのかいないのか、吾郎は変わらず、ただ、じっと人形のように
頑なに前を見詰め続ける。
最期のお別れの瞬間でさえ。
余りに淡々と作業を終えて行く吾郎に周囲の空気がざわめく。
可愛げがない、と。
眉を顰め、声にならない声が会場に薄っすらと漂うのを、他の兄弟達も確かに感じていた。
一番、嘆き悲しんで泣き叫ぶのが吾郎だろう、と。
兄弟の誰もがそう予想していたにも関わらず、ただ、呆然と、そこに居るだけの吾郎に、
正直、兄弟達も戸惑いを隠しきれずに。
そんな風にして、ずっと、通夜の席でも葬儀の最中も火葬場でも、その後も。
とにかく、感情らしい感情を一切失くしてしまったようだった吾郎が、拓哉が切り出した
話に物凄い勢いで、感情も露わに声高に食って掛かる光景に、また、驚かされる。
「そんなの、絶対におかしいよっ!!誰がどう考えたって、常識的に見て、普通じゃない!!
考え直すべきだよ!!」
兄の拓哉に向かって、こんな風にまともに意見する吾郎と言うのも、もちろん初めてで。
それまでは、互いにさほど交流がある訳でもなく、ただ、お互いにそこに居る者同士として、
親しい訳でもなければ、仲違いしている、と言うのでもなく。
強いて言えば、互いが互いに敬遠しあう、少し距離を置いた関係であったにしても。
だから、吾郎が拓哉のする事に関して、また、同じく拓哉も吾郎のする事に関して、お互い
全くの無関心で。
そんな冷めた2人の関係を見続けて来ていた弟達にとっても、今の吾郎の態度は不思議に
映る。
一切の感情を失くしてしまったかのように、人形のようにただ、そこに居ただけの吾郎を
こんなにも激昂させた拓哉の話、とは。
「まー坊を引き取りたいって親戚のおばちゃんが言ったんだけど、俺、断ったから」
何気ない調子で、さらり、と。
全然、大した事ではないような口調で。
ソファの上であぐらをかいてその足の間で猫のように丸くなって眠る、まだ、やっと3歳に
なったばかりの弟、正広の髪を撫でながら。
酷く一方的に拓哉がそう切り出したセリフに、吾郎ははっきりと眉を顰め、目を細めた。
「・・・・どういう、意味?」
低い低い声が吾郎から発せられて、兄弟全員の視線が一気に吾郎に集まる。
「どういうも、こういうも。言ったまんまだよ。まー坊は俺達で育てる」
まるで、睨みつけるような険しい視線をぶつけて来る吾郎に、拓哉もまた、挑戦的な視線を
返して。
一発触発の危うい空気がリビングに満ちる。
「どうして?そんなの無理に決まってるじゃない?俺達、まだ、全員、学生なんだよ?
自分達自身がまだ、保護されるべき年齢でもあるのに、その上、この子を自分達で育てる
だなんて、正気の沙汰じゃないよ。何、拓哉兄貴、パパとか・・・・・他界して頭のネジ、
飛んじゃったんじゃないの?」
あからさまな侮蔑を隠そうともせず、そんな辛辣な言葉を投げつけて来る吾郎に、拓哉は
膝の上に居る正広の存在さえ忘れて、殴りかかろうとするのを、寸での所で、隣に座って
いた剛に腰にしがみつかれて、どうにか、堪え。
「とにかく・・・・俺達で育てる。そう決めたから」
「だから、どうして?!ちゃんと納得出来る説明をしてよっ?!具体的に一体、誰が面倒、
見んの?!学校は?!生活は?!家事は?!そういうの、全部、抱えたまま、拓哉兄貴が
その上、まだ、この子を自分達で面倒みたいって、その根拠は一体、何?!俺、そんなの
絶対に反対っ!!絶対、絶対、反対っ!!」
「だったら、お前がっ!そこまで反対するお前の理由、聞かせろよ?!」
「そんなの分かりきってるじゃない?常識的に考えて不可能だって言ってるんだよ。もっと
冷静になってよ」
「じゃあ、お前はまー坊が他所へ引き取られて行っても平気だっつーのかよ?!」
「そういう感情論じゃなくて」
「気持ちの話をしてんだよ、俺は。まー坊の事、可哀想だと思わねぇのかよ?たった一人で
他所へ引き取られてよ。お前は?寂しくねぇ訳?血を分けた兄弟だろ?!それとも何か?
お前にとっては、こんなに年の離れた弟、ただ、煩わしいだけだって、そんな風に思ってる?
お前、子供、嫌ぇだもんな」
「兄弟としての愛着があるか、って聞かれれば、正直に答えれば、それほどの愛着を
感じた事はないよ。年が離れすぎてて、どんな風に接していいのか分からないし」
「だから?!だから、他所に引き取られちまえばいい、って?!居なくなっちまった方が
いいって?!」
「・・・・誰もそんな言い方はしてないでしょ・・・・」
「しただろっ?!したじゃねぇかっ?!愛着はねぇって」
「吾郎ちゃんてば・・・・冷たい」
ぼそり、と。
それまで傍観者だった慎吾が低く呟きを漏らす。
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