「あの時さぁ、まーくんてば完全に拗ねちゃってさ、熱まで出すんだから、驚いちゃったよ、
俺」
拓哉兄貴の隣に座ったまま、慎吾がにやにやと嫌な笑いを浮かべて、今更、そんな話とか
してきやがるし。
・・・・・るせぇよ。そんなんじゃねぇよ。そんな事で熱出したんじゃねぇんだからな。
内心では力一杯そう思ってんのに、それがいつもの調子で口に出て来ねぇ。
吾郎なんか関係ねぇんだよ。
あん時は朝から何となくダリかったんだよ・・・
「もしかして、今日も何かあった?ショックな事とか?まーくん、こう見えてデリケート
だから驚いちゃうよねぇ」
どう見たって心配してるようには見えねぇ、楽しそうな笑顔で顔、覗き込まれて、思いっきり
顔、顰めてやる。
「こら、慎吾、いい加減にしろよ。ふざけてんじゃねぇよ。心配してんだったら、せめて、
冷たい飲み物とか台所から運んで来いよ」
「はいはい。まーくん、何がいい?アイス?ジュース?お茶?水?」
「・・・・・いらね」
「なんでぇ?」
「・・・・・欲しくねぇ」
「何か飲んだ方がいい、っつーか、飲まなきゃだめだ。脱水症状起こすぞ」
拓哉兄貴がメッ!って言うような顔つきでそんなセリフを口にして。
「・・・・・チョコバナナ・・・」
「ん?」
「・・・・・チョコバナナプディング、食べてぇ」
「チョコバナナプディングぅ?」
拓哉兄貴が微妙なアクセントで聞き返して来る。
「・・・・・ん」
「チョコバナナプディングか。よっし、分かった。兄ちゃん、今晩、作ってやっから。
明日、食べさせてやるよ。明日までそれは辛抱な?」
拓哉兄貴がさっき吾郎にしたみてぇに、頭、掴んで軽く揺すって来た。
そうじゃなくて・・・・・
たまぁに吾郎が連れてってくれるブラッサムって店のやつ・・・・
って思ったけど、そんな事、言うのは悪ぃ気ぃして。
「今は何か飲まなきゃな。スポーツドリンク系とかでいいか?」
「・・・・・ん」
俺は少しだけ頷いて。
ちょっとだけ、飲み物飲んだら、急に瞼とか重くなって俺はそのまま、あっと言う間に
眠っちまってた。
あ・・・・しょんべん・・・・
ふ、と。
意識の中でそれを感じて。
重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
「あ、目、覚めた?」
すぐ耳の横で寝る前には居なかったはずの吾郎の声がして、そっちに顔を向ける。
「どう?大丈夫?熱は・・・今は少し下がってるみたいだね」
ふわり、と優しい掌がデコを包んで、俺はまた、ゆっくりと瞼を下げる。
「喉、渇いてない?何か飲む?」
「・・・・・しょんべん」
「え?」
「しょ・ん・べ・ん」
「あぁ。トイレね。分かった。起きられる?抱いてこうか?」
掛け布団をめくって吾郎が手を引っ張り起こしながら、反対の手を背中に差し入れて体を
支えてくれて。
体を起こしたら、ふわふわと目の前が揺れた。
「大丈夫?」
ゆっくりと俺の顔を覗きこむ吾郎の視線を感じて。
そのまま、抱き上げられそうになるのからは、どうにか逃げて。
「その状態じゃ歩けないでしょ」
吾郎が困ったように笑うのをぼんやりと眺める。
「・・・・おんぶ」
「え?」
「おんぶがいい・・・・」
「そう?じゃあ、はい」
ベッドに背中を向けてしゃがんだ吾郎の背中にどうにかよじ登って。
ほっ、と小さく息をついた。
ゆらゆら・・・・ゆらゆら・・・・
体に力が入んなくて、だらん、と垂らした腕も吾郎の腕に支えられてる膝から下も・・・
吾郎が歩くのに合わせてゆらゆら揺れて・・・・・
何か・・・・ちょっと気持ちいい・・・・
ぺったり、と。
吾郎の背中にほっぺた、くっつけて。
ほんのちょっとの距離なのに、そのまま眠っちまいそうなぐれぇ心地良くて。
「一人で出来る?手伝おっか?」
って。
トイレん前で俺を降ろして、真顔でそう言って、顔、覗き込んで来た吾郎の頭、ハって
やる気力なんかさすがになくて。
答える代わりに吾郎の鼻先にドアの音、響かせてやって。
そうして帰りもまた、吾郎の背中におぶさる。
部屋戻ってベッドに寝かしてもらって、熱計ったら37度2分まで下がってて。
「少し何か食べた方がいいんだけど、食べられそう?ブラッサムのね、チョコバナナプディング
ほんとはダメなんだけど無理言ってテイクアウトさせてもらったんだけど、食べる?」
「・・・・食べる」
掠れた声で頷いたら、吾郎のヤツ、メチャクチャ嬉しそうな顔してよ。
「ほんと?すぐ、持って来るからね?ちょっと待っててね」
って。子供みてぇにはしゃいだ感じで。
何がそんなに嬉しいんだよ、って。
で、ほんとにものの1分も経たねぇうちにまたドアが開いて。
「はい。丁度、いい感じに冷えてて、美味しいよ」って。
スプーンで掬って、俺のすぐ口元まで持って来る。
「はい、口開けて」
「・・・・・・・」
けど、そのまま、口閉じてたら・・・・
「食べたくないの?まだ、食べられないぐらい、辛い?」って。
小さく首傾げながら、哀しそうに瞳、曇らされたりだとかして・・・・
そんな顔とかされたら・・・・口開けねぇ訳には行かなくなっちまって。
渋々開けた口ん中に、するりと冷たくて甘い味が滑り込んで来て、ふわり、といい匂いが
広がる。
「うんめぇ・・・・」
つるん、と喉を通って行く感触が心地良くて。
一口飲み込んだ後は、続けざまにそれがなくなっちまうまで、親鳥にエサを与えられる
ひな鳥宜しく、口を開けては、飲み込む動作を何度となく繰り返して。
あっと言う間に1個完食しちまって。
「凄い。良かったね。食べれたね?」
って。ほんとに嬉しそうに吾郎が笑うから。
何かすげーいい事したみぇな気分になって。
「もう少ししたらお昼だからさ。少し、おかゆとか食べてみる?」
とか聞かれて。
全然、食べる気なんかなかったけど、思わず「うん」て頷いちまった。
おかゆとか、ほんとはあんま、好きじゃねぇけど、吾郎の作ってくれたおかゆん中には
ちっせぇ肉団子が入ってて、下の方にはとろとろの茶碗蒸しとかも入ってて、味も
思ってたよりしっかりついててすげー美味くて。
食べ始めた時は何か、あんまし食べる気とかもなかったはずだったのに、気ぃついたら、
作ってくれた分、全部、食っちまってて。
って、食わせてくれたのは吾郎だったけど。
ほんとは自分で食うって言いてぇとこだったのに、体に力、入んなくて、ほんとの少し
だけ枕に凭れ掛かって、どうにか体、起こしてるのが精一杯で。
だから、しょーがなく。
けど、不器用な手つきで一匙ずつおかゆ掬って口元まで零さねぇように運んで、口ん中に
流し込む吾郎の顔があんまし一生懸命で。
たったそんだけの事なのに、そんな風に一生懸命になってる吾郎が何か可笑しくて。
ずっと、見てたいっつーか。
ずっと、そうしてて欲しかったっつーか。
「これだけしっかり食べられたらもう、心配ないね?」って。
ほっとしたように笑った吾郎の笑顔に、何か、ちょっとだけ鼻の奥が痛くなる感じがした。
「少し眠った方がいいね。本か何か読んだげようか?」
「・・・・ムシキング」
「ムシキングかぁ。それはもうちょっと元気になってからにしようよ?」
アクション系の絵本とか読む時、吾郎のヤツ、すぐにリアクションつきとかで読んだり
すっから。
結構、騒がしくて煩ぇんだよな。
ま、臨場感?っつーの?
バカバカしいけど結構、それはそれで面白くて、俺は好きなんだけどよ。
「今日はもう少し静かなのがいいよ。えっとねぇ・・・・『忘れられないおくりもの』
これにしようか?」
・・・・・辛気臭ぇんだけどな、その話・・・・
けど、まぁ・・・・いっか。
そういうちょっと辛気臭ぇ系の絵本、読んでる時の吾郎の声、嫌いじゃねぇから。
優しくて、あったかくて、ちょっと、胸がジン・・・ってする感じの・・・・
うん・・・・
嫌いじゃねぇから・・・・・
で、あなぐまがどうのこうのっつー話を聞きながら・・・・
時々、ほんの一瞬、吾郎の声が詰まって・・・・
ほんの少しだけ震えて・・・・
俺はぎゅっと目を瞑ったまま、そんな吾郎の声を聞きながら、もしかしたら、吾郎が
泣くんじゃねぇかって・・・・ちょっとだけドキドキしてた。
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