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「だけど・・・・確かに笑顔してたけど、本心から笑えてた訳でもないよ、やっぱり。
逃げては居られても、逃げてるだけなんだから、根本的な解決には何にも至ってない
でしょ?」
ふわり・・・と。
不意に眼差しの中に甘い色を滲ませて。
唇に綺麗な弧を描いて。
周りの空気まで優しくなるような・・・・天使の笑顔って言ってもおかしくないような
・・・・って。そういう言い方そのものがすっげーおかしいとは気付いてても、それでも。
そんな風に言いたくなるような完璧なぴかぴかの笑顔で。
「こんな風に自然にさ、心の底から笑顔を浮かべられるようになったのは、やっぱり
まーくんのお陰だって、俺、本気でそう思ってるんだけどね?」
小さく首を傾げて。
ほんとの年よりも随分幼く見えなくもない仕草を浮かべて。
何か文句ある?と言わんばかりに目を細める吾郎に。
ばっかじゃねぇの・・・って。
口から零れそうになった言葉は、でも、胸の奥の奥の一番深いとこに沈んで行く感じで。
こんなお荷物の俺に。
なんでそんなヤサシクすんだよ、って。
鬱陶しいって。
邪魔だって。
言われてもほんとなんじゃねぇか、って。
なのに。
「まーくんが居てくれたから、俺、ママの後を追わないで済んだんじゃないか、って思う。
始めは凄い鬱陶しくってさー、面倒臭くて、邪魔でしょうがなくて」
・・・・・ほらな、やっぱり・・・・・
「けどね、ちっちゃな、ちっちゃな手、伸ばして来るんだ、俺に向かって。保育園迎えに
行って、教室に残ってるまーくんは凄くつまんなさそうで寂しそうなのにさ、俺がね、
まーくん、帰ろっかって言ったらさ「うん」って凄い嬉しそうに頷いてさ。俺見て笑ってさ。
もしかしたら、こんな事でもこの子にとっては嬉しいのかな、って。他の子はみんなママが
迎えに来るのに、俺なんかが迎えに来て、それでも嬉しいのかな、って。人間て、案外、
図太いって言うか・・・・うん、順応性の高い生き物なのかも知れないって・・・・・
ふ、って気付いたって言うかね」
・・・・・・・・・・・・
「他にも、一杯、一杯、まーくんが俺に笑顔くれた」
・・・・・って、嘘だべ?!俺、吾郎見て笑ったの?!
んなの、あり得ねーから!!
信じらんねぇ思いで一杯で。何か吾郎に一杯食わされてる気がして堪んなくて。
「俺がおめぇ見て、笑うわきゃねーだろ?!」
って思わず叫んだら。
「あの頃のまーくんて、ほんとに吾郎さんオンリーだったもんねー」
突然、剛がにこにこと目を細めてそんな事、言い出しやがって。
「あー、そうそう。あれ、吾郎ちゃんが修学旅行に行った時だったかなー。朝、起きたら
吾郎ちゃんが居ないってすんごい泣いてさー、しかも2、3日帰って来ないって知ったら
熱出しちゃって」
慎吾のヤツまでそんな剛の話に同調して来やがる。
な、何なんだよ?!誰の話、しやがんだ、おめぇらはっ?!
「ったくなー、あん時はマジで凹んだんだぞ、俺。俺らが居んじゃん、て。何で俺らじゃ
ダメなんだよ、ってなー。すっげー悔しくてよー、いや、マジで悔しかったね、俺は」
妙にしみじみと拓哉兄貴までが口を挟んできやがって。
だからっ!!俺は・・・俺は・・・んな事、覚えてねーぞっ!!
「いや、それよりも何よりも驚いたのはさ、まーくんが熱出しちゃってさー、って。
吾郎さんから、そっちはどう?何か変わった事ない?って修学旅行先から電話掛かって
来た時にうっかり言っちゃったらさ、夜中に吾郎さん、帰って来るんだもん」
「・・・・・え?」
「あれなー、マジでビビったな。ただいまーってふっつーに。おま?!修学旅行、どーした
んだよっ?!って思わず叫んじまったら、帰って来ちゃった、って笑いやがって。お陰でよー、
修学旅行先からじゃんじゃん電話掛かって来っし、旅行終わってガッコ帰って来たセンセーに
呼び出し食らってしこたま説教くらったんだよ、お・れ・がっ!!何で?!何で俺?!
って。どうしよーもなく理不尽、感じたよなー、あん時はよー。だって、考えてもみ?
勝手に帰って来ちまったのは吾郎じゃん?なのに何で?何で俺がお説教?!みたいな」
「しょうがないよねー。一応、俺たちの保護者って拓哉兄貴だからさ」
慎吾が分かりきった事を突きつけるように、そんなセリフ、口にして。
「後、他にもさー、吾郎さんの匂いのついたシャツ、握り締めてないと眠れない、とかー」
・・・・な、なんなんだよ、それっ?!
「ごおお、ごおお、ってなー。完全に吾郎に懐いちまって、ムカついたけどよ、ま、けど、
吾郎の後ろ追っ掛けて、ちょこちょこ動き回ってるまー坊、かーいかったからな、許して
やっか、みたいな?」
拓哉兄貴まで、んなふざけたセリフ抜かしてくれやがって。
「んなわきゃねーだろっ?!おめぇら誰の話、してやがんだよっ?!」
「「「まー坊(まーくん)の話」」」
声が3つ重なって。
「ふふふ。覚えてないんだ?まーくん、まだちっちゃかったもんねー。可愛かったんだよ、
ほんとに。女の子みたいでね、良く保育園でも間違われたの」
「って、保育園って確か、制服とかなかっただろ?なんで男のカッコしてんのに間違われんだよ?!」
「そりゃー、どっちでも着れるような服を選んで着せてたからでしょ?俺が」
勝ち誇ったように吾郎のヤツが笑いやがって。
「ほんとはねー、ほんとにスカート穿かせてあげたかったんだよねー。きっと似合った
だろうと思ったんだけどねー」
「ば、バカか、おめぇはっ?!」
余りの言い草に罵る声が引っくり返った。
「けど、さすがにさー、バカバカしくて買えなかったんだよ、わざわざ。恥ずかしかった
のもあったしね、スカート買う、とかさ」
けど、そんな俺の憤懣やるかたない様子なんかお構いなしで、吾郎が人の悪い笑顔を閃かせて、
低く笑い声を漏らす。
「んだよ、だったら言えよ。俺が幾らでも買って来てやったのに」
拓哉兄貴までがにやにやと嫌な含み笑いを浮かべる。
「えーーー?!拓哉兄貴もまーくんにそういう恰好、させて見たかったのーーー?!」
いきなり剛が絶叫して、思いっきり拓哉兄貴にどつかれて。
「誰だって見て見たいと思うと思うけど」
慎吾のヤローまで、真顔でそんな事言い出しやがって。
「いい加減にしやがれーーーっ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴った俺に、一斉に全員が揃って性質の悪い笑みを浮かべた。
「今からでも遅くねぇんじゃねーか?っつーか遅くねーだろ?」
「性格に問題は大いにあるっぽいけどさ、写真だったら声とか入んないよ?」
「これ以上大きくなってからやって、トラウマになったら可哀想だしね」
「ちょ?ちょ?みんな本気なの?!ヤバくない?!それは幾らなんでもヤバいでしょ?!」
兄貴達のそれぞれのセリフが楽しげに飛び交う。
「よっしゃ、そんじゃ次の休みはみんなでまー坊のスカート、買いに行くっつー事で」
拓哉兄貴の満足げな声が上がって。
「あっ、はいはいはい!!その帰りに吾郎ちゃんの奢りで焼肉食べに行くっ!!」
慎吾が勢い良く手を上げて、そんな提案をして。
「賛成、賛成、賛成〜〜〜!!」
そんな慎吾とハイタッチしながら、剛が気炎を上げる。
「って、ちょっとスカートはいいけど、何で焼肉?!何で俺の奢りっ?!」
吾郎が引っくり返った声で喚いて。
「てめーら、いい加減にしやがれーーーーーっ!!」
も1回怒鳴った俺の声は完全に掠れて。
拓哉兄貴としんつよの笑い声の中に完全に埋没してしまった。
ちっくしょー、ちっくしょー、ちっくしょーーーー!!
覚えてやがれ!!
ぜってー、ぜってー、ぜーってー!!
おっきくなったら復讐してやっからなーーー!!
覚悟しとけよ!!慎吾兄貴、剛兄貴、拓哉兄貴、んでもって・・・吾郎兄ちゃんっ!!
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