・・・・・正直、こんなに凹むもんだなんて、思ってもみなかった。
先月の俺の誕生日企画の後、ガキみたいに不貞腐れていた吾郎を思い出す。
・・・・あん時は・・・・マジかよ・・・って思ったけど・・・・
すっげー、ガキじゃん、とか・・・・
そんな露骨な態度が、少しウザくて、けど、なんだかくすぐったい気もして。
可愛いヤツ・・・とか思ったけど・・・・
可愛いどころの騒ぎじゃねぇぞ、これ、マジ、ヤバイって。
怒り、と言うよりも、もっと、別の・・・・
鋭いナイフで胸の内側を抉られるような痛みと、喉元に何かを押し込まれた
ような息苦しさ。
あいつも・・・・こんな思いをしたのか・・・・?
「・・・・ゴロちゃんさ、ひょっとして・・・・木村くんのがどれか、
分かんなかった、とか?」
「・・・・予想、ことごとく外してたからねぇ・・・・けど・・・幾ら何でも
分かるでしょ・・・・・」
「・・・・ワインセラー、そんなに気に入ったのかな・・・・?慎吾からって
信じきってたみたいだけど・・・・」
「・・・・わざと木村くんの・・・・外した、とか・・・・?」
「・・・・だとしたら、すっごい、怖いもの知らずだよね、ゴロちゃん・・・・・」
声を潜めてヒソヒソと囁き合うシンツヨコンビの会話。恐らく、聞こえない
ように気をつけてるつもりなんだろーが、丸聞こえだっつーの。
『・・・・わざと木村くんの・・・・外した、とか・・・・?』
何気なく言った慎吾の言葉が、悲鳴のように叫んだ吾郎の声とシンクロする。
『・・・俺、絶対に木村くんのだけは選ばないからね!!』
そんなバカな・・・・とか思ってた。
ずっと、そんな事、あり得ねぇって思ってた。
だから・・・・今日は・・・・本気で、吾郎が俺からのを選ぶって自信が
あったのに・・・・
台車に乗っているそれがやけに重く感じる。
重いのは俺の胸ん中、だけど。
ズッシリと重石を載せられてるみたいで、足を動かすのすら、鬱陶しい。
・・・・吾郎の楽屋じゃん・・・・
重い足取りがほとんど無意識に止まりそうになる。
見るとはなしに顔を上げた時、まるで、タイミングを図っていたようにドアが
開いて、当の吾郎の顔が覗いた。
「・・・・あ・・・・」
気まずそうに一瞬にして表情を曇らせた吾郎が、何とも言えない顔で、俺と
台車の上のモノを見ている。
「・・・・あの・・・」
何かを言いかける吾郎をわざと無視するように、俺はまた、重い足を前に出す。
「木村くん!」
俺を呼び止めようとする強い口調だった。
何かを一生懸命に言おうとする吾郎のそんな態度が今の俺には鬱陶しい。
「・・・・お前、前に言ってたもんな。絶対に俺のは選ばないって・・・」
何も聞きたくなかった。
どうせ、俺のは・・・・
「ちょ!待ってよ。そんな・・・違うって・・・・」
言い訳めいたセリフがうぜぇ・・・・
「何が、どう、違うんだよ?」
言えるもんなら、言ってみろ!!
「だから・・・・あの時、木村くんだって言ったんじゃない。みんな嬉しかった
って。みんな選びたかったって。俺もおんなじだって」
縋りつくような瞳が捨てられた子犬を連想させて、クラリとする。
けれど、胸を抉られるような痛みも、全身を締めつけられるような息苦しさも
それで、和らげられる事はなかった。
「で、お前は言ったよな。『慎吾の以外は同じレベルなんだ』って」
あん時は何、バカな事、言ってんだ、コイツ、とか思ってたのにな。
今だったら、あん時のお前の気持ちもちょっとは理解してやれるんだけどな。
けど・・・・
お前は・・・・
そんな気持ちを知った上で、あいつのを選んだんだからな。
「お前、今日、中居のワインセラー選んだ時に自分ではっきり言ったんだぞ。
『心にくるものが大事』って。俺の選んだものはお前の心に来なかったって
事だよな」
「・・・あれは・・・えっと・・・」
案の定、吾郎は言葉を詰まらせて目を伏せた。
「マジですっげー自信あったんだけどな」
声の震えを隠そうとして、台車を握り締めている手に力を込めたら、腕が
小刻みに震えた。
・・・・だせぇ・・・・
こんなつまんねぇ事で、なんで、俺、こんなにショック、受けてんの?!
ハッとしたように一瞬、顔を上げた吾郎が、すぐにまた顔を伏せて沈黙が訪れ、
出口の見えない迷路に迷い込んだ時のような苛立たしさが俺を襲う。
「木村くん、こんなとこで何やってんの?」
突然、頭の上から降って来た能天気な声に、イライラが爆発する。
「何でもねぇよ!!」
怒鳴りつけてやったのに、どこ吹く風で慎吾は俺の手元を覗き込んだ。
「あぁ、それね。持って帰るんだ?折角、持って来たのにねぇ?これがあの場に
残ってた時には、俺、ほんと驚いたもん」
バーカ!!
俺が一番、驚いたっつーの!!
その時の衝撃がまざまざと蘇って、俺は顔が歪むのを自分でもどうする事も
出来なかった。
「おぅ。慎吾。これ、やる。お前、持って帰れ。考えて見れば、苦労して
わざわざここまで運んで来たのに、なんで、も1回、自分ちに運ばなきゃ
なんねぇんだよなぁ?!ばっかばかしい!!」
考えてみりゃー・・・・
そうだろ。
その通りだよな。
「その代わり、お前の健康グッズ、あれ、寄越せ。お前、どうせ、あんなもん
使わねぇだろ」
健康管理なんて、根っから似合わなさそうな人間だからな。
健康管理どころか、体重管理すら出来ねぇじゃん。
それより何より、サイズ、合わねぇだろ。
「ちょ!!木村くん?!」
俯いて黙り込んでいた吾郎が叫ぶように声を上げた。
傷ついたように漆黒の瞳が揺らいで、今にも血が滲みそうなくらい、強く唇を
噛み締めている。
そんな吾郎に慎吾もチラリと視線をやり
「残念でした。俺のプレゼントはもう、マネージャーに頼んで吾郎ちゃんの
車に運んで貰ってるから」
とぬかしやがる。
人を小ばかにしたような笑顔が憎たらしい。
「あんだけ色々集めるの、大変だったんだよぉ!!大事に使ってくれないと
バチが当たるんだからね!!」
吾郎に向き直ってわざとらしく力説する慎吾の勢いに圧倒されて
「あ、ありがと・・・」
なんて律儀に礼を言う辺りは、いつもの吾郎で。
僅かにフワリと見慣れた笑みが浮かび、その笑顔に慎吾の顔もほころぶ。
吾郎に笑顔を向けられて、つられないのは中居ぐらいのもんだからな。
あいつは、素直じゃねぇから・・・
「それに、折角だけどさ、それ、俺、貰えないよ?」
俺に視線を戻した慎吾が酷く真面目な顔で言う。
「だってこいつ、俺の所に来たがってないもん。こいつは本当はちゃんと行きたい
所があるんだもん。木村くんだって、ほんとはそんな事ぐらいちゃんと分かってる
くせに」
こいつ(ザク)が本当に行きてぇ所。
俺が本当にこいつを置いておいて欲しい場所。
慎吾の無言の視線を受けて、吾郎が口を開く。
「ねぇ、木村くん。こんな事今更言ったら、余計に怒るかも知れないけど・・・
シャアザク、俺に下さい。お願いします」
嘘だろ・・・・
こいつが頭下げるとこ、芝居以外で見んの、何年ぶりだ?
っつーか・・・・
そんなに必死になる事か?これって・・・・・
そうは思いはしても、胸の中でわだかまっているモヤモヤはそんなに簡単には
消えやしねぇ。
「・・・・心に来なかったんじゃねぇの・・・・?」
ブツブツ言ってると
「俺のが、吾郎のハート、ズキュン!だもんねぇ!!」
ザマーミロと言わんばかりの中居の得意げな声が辺りに響き渡った。
「大体、こいつ。俺からなのに『中居くんはないと思うね』っつったんだぜ!!
そういう事いうヤツに『心にくる』とか言われても、説得力ねぇっつーの!
なぁ?慎吾もそう思うべ?!」
話を振られた慎吾が苦笑して
「ま、ね。吾郎ちゃん、すっとぼけてるからね。何を基準にセレクトしたかなんて
イマイチ、良く分かんないよね」
意味深なセリフを口走る。
「何、木村。それ、持って帰んの?俺、貰ってやろうか?俺の知り合いに
ガンダムにはまってる子、居んのよ。すっげー喜ぶと思うんだよねぇ。こんなの、
滅多に手に入んねぇんだろ?」
本当に、今にも持って帰りそうな勢いで伸ばされた中居の手に、反射的に反応
してしまう。
「誰がお前にやるっつったよ?!」
「あ、何だよ、その態度は。あの部屋で俺の車の助手席に乗せろっつったのは
誰よ?」
突っ込まれて一瞬、言葉に詰まる。
「大体、吾郎んちに合わねぇだろ、それ」
控え室でも盛り上がったそのセリフを中居がわざわざ口にする。
・・・・それは・・・俺も一瞬、思った、正直。
吾郎は確かにガンダム好きだが、これをあの家に置くとすると・・・どうよ?
冷静になって見れば、それが吾郎がこれを選ばなかった理由かも知れねぇとも
思えて。
「そんな事ないよ。俺、ちゃんとコーディネートするもん!!寝室のベッドの
横に置く!!」
かぶりつくように強い口調で、吾郎が中居に食ってかかり、それを聞いた慎吾が
「って、それって怖くない?夜中に目が覚めた時とかさ」
と、可笑しそうに笑っている。
なのに、吾郎のやつ、真顔で・・・・
「なんでよ?何か木村くんが居てくれるみたいでさ、安心出来るじゃん」
・・・・・え?
・・・・・何だよ、それ。
俺は知らず知らずのうちに顔が赤らむのを、中居達に気づかれないために
横を向く。
「これ、木村なの?!」
明らかにからかいを含んだ中居の声にも怯む様子は見えない。
「・・・・見た目は全然違うけどさ・・・でも、木村くんに貰ったんだから、
木村くんみたいなもんだよ」
・・・・だから。真顔で言うな。
「まだ、貰ってねぇだろ」
悪魔みたいな笑みを浮かべ、中居にそう指摘されて吾郎は
「・・・・あ・・・」
と極小さく声を洩らして、気まずそうに俺に視線を戻して来た。
窺うように下から覗き込まれて、俺は益々、顔に血が集まるのをはっきり
自覚させられる。
吾郎と目が合って、顔のデッサンが崩れそうになるのを誤魔化すために、
わざとらしく顔をしかめ
「・・・運んでやるから。お前の車まで。さっさと帰る支度しろ」
俺はあらぬ方を向いて、唸るように言った。
俺がそう言った瞬間、弾けるような笑顔が吾郎の顔一杯に広がり
「あ、うん!!」
頷いた吾郎が楽屋へ飛び込んで行く。
その後ろ姿を見送っていた俺の背中に、何とも言いがたい微妙な視線が
突き刺さってくるのを感じて、俺はバッと勢い良く振り返った。
案の定、中居と慎吾が何か言いたげにニヤニヤと笑っている。
笑われついでだ・・・・・・・
「中居」
俺は極めて厳かな声で中居に呼び掛けた。
突然の俺の変わりように中居が少したじろぐ。
「お前がゲットした、吾郎と一緒にワインを飲む権利、俺に譲ってくれ」
途端に中居の顔に人を食った、小憎らしい表情が覗く。
「ぜってぇ、ヤだ!!」
「お前、ワインの味なんかどうせ分かんねぇんだろ?!折角のワインがそれじゃ
勿体ねぇだろーがっ?!」
「おめぇだって、分かんねぇだろーが!!」
「お前と吾郎じゃ、どうせ喋る事とかもねぇじゃん。二人して黙ってワイン
飲んでるだけなんて、虚しいだろ」
「そんな事ねぇよ。俺、吾郎の部屋で、吾郎と二人でワイン、飲みてぇもん」
『吾郎の部屋』と『吾郎と二人で』をやたら強調して言う中居の顔が悪魔に見える。
「中居、お前何か欲しいモン、ねぇの?」
「モノで釣る作戦に出たか」
・・・・・何とでも言え。
バカにしたように言う中居のセリフはあえて無視する事にして。
「しょうがねぇな。そこまで言うんなら、考えてやらねぇ事もねぇけど」
キラリと瞳を光らせる中居のそんな表情は、まるでガキ。
「松井が出るヤンキースの試合のチケットと、渡米のためのスケジュール調整。
この両方をクリアしたら、譲ってやる。旅費くらいは自腹切るから」
「はぁ?!」
開いた口が塞がらねぇ。
無理だろ、そんなの・・・・
福岡ドームに行くのが、どんだけ大変だったか、知ってっぞ、一応。
それを、アメリカ、だと?!
出来る訳、ねぇだろうがっ?!
「無理ならいいんだけどな。別に、俺は」
余裕綽綽で笑う中居に、いつかぜってぇ、目にモノ見せてやる!!と心の
中で呟き。
こうなったら、吾郎の方から口説き落としてやる・・・・・と密かに俺は
誓いを立てた。
余談ではあるが、中居に『ワインを一緒に飲む権利を譲ってくれ』と
申し入れた直後辺りで、慎吾が姿を消した事は言うまでもない。
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