ガラガラガラ・・・・
普段余り耳にする事のない、台車が通る音が楽屋の前をゆっくり、ゆっくり
過ぎて行く。
あの音はもしかして・・・・・
恐る恐る楽屋のドアを開けると、まるで、ドアが開くのを待っていたように
真正面に木村くんの顔があって、正直、凄くビックリした。
「・・・・あ・・・・」
何をどう口にしていいのか分からなくて、俺はただ、ぽかんと口を開けたまま、
台車の上に乗せられたザクフィギアと、その台車を押す木村くんとを見ていた。
「・・・・あの・・・・」
木村くんはふいっと俺から目を逸らせて、また、ゆっくりと足を進め出す。
「木村くん!」
「・・・・お前、前に言ってたもんな。絶対に俺のは選ばないって・・・」
感情のない声。
長い付き合いになるけど、こんな木村くんの声を聞いたのは初めてだった。
感情の起伏が激しくて、とても表に表れやすい木村くんが、怒りでもなく、
悲しみでもなく、寂しさでも悔しさでもなくて・・・・
何の感情も灯さない瞳。
「ちょ!待ってよ。そんな・・・違うって・・・・」
「何が、どう、違うんだよ?」
下から覗き込むようにして俺の目を捉えた木村くんの眼差しには、明らかな
非難の色が浮かんでいる。
「だから・・・・あの時、木村くんだって言ったんじゃない。みんな嬉しかった
って。みんな選びたかったって。俺もおんなじだって」
「で、お前は言ったよな。『慎吾の以外は同じレベルなんだ』って。お前、
今日、中居のワインセラー選んだ時に自分ではっきり言ったんだぞ。
『心にくるものが大事』って。俺の選んだものはお前の心に来なかったって
事だよな」
まっすぐに俺に注がれている、いつも鋭い眼光を湛えている綺麗な瞳が、今にも
壊れそうに揺らぐ。
「・・・あれは・・・えっと・・・」
思いがけない所を突かれた気がして、言葉に詰まる。
確かにそう言ったかも知れないけど・・・・
「マジですっげー自信あったんだけどな」
台車のバーを握っていた木村くんの手が僅かに震え、それを隠すように、
握った手に力を込めているのが分かる。
・・・・違うって・・・・木村くんの選んでくれたものは、本当に嬉しかったんだって・・・・
たださ、やっぱ、一瞬、思うじゃない?これ、移動するの、大変かなって・・・・・
割とそんな安易な気持ちで・・・・
まさか、木村くんがここまで落ち込むなんて思ってなかったし。
気まずくて、胸を締め付けられるような沈黙が続く。
「木村くん、こんなとこで何やってんの?」
絶対零度以下のその場の空気に全く気づかないのか、能天気な声が二人の間に
割り込んでくる。
「何でもねぇよ!!」
露骨に木村くんに怒鳴りつけられて、一瞬、シュンとなりながら、雄々しく
慎吾は言葉を続けようとする。
・・・・慎吾も何だかんだ言って、逞しくなったよね。ちょっとやそっとの
事じゃめげなくなったもんね・・・・・
こんな時でも、そんな慎吾の成長ぶりがなんだか、嬉しいような可笑しいような
気分になれる自分に、少しだけ驚いて。
「あぁ、それね。持って帰るんだ?折角、持って来たのにねぇ?これがあの場に
残ってた時には、俺、ほんと驚いたもん」
なのに、そんな慎吾の口から紡ぎ出された言葉に愕然とする。
・・・・慎吾ぉーーーーー。つまんない事言わないでよね。余計に木村くんの
機嫌、悪くなっちゃうじゃんよぉ・・・・
慎吾のどうやら悪気はなさそうな笑顔を見ながら、俺は恐る恐る木村くんの
顔を見遣る。
一瞬、痛みを堪えるように木村くんの顔が歪んで、それをなんとか誤魔化す
ように、木村くんはいつものシニカルな笑みを浮かべた。
「おぅ。慎吾。これ、やるよ。お前、持って帰れ。考えて見れば、苦労して
わざわざここまで運んで来たのに、なんで、も1回、自分ちに運ばなきゃ
なんねぇんだよなぁ?!ばっかばかしい!!」
木村くんは今にもそれを蹴り飛ばさんばかりの勢いで。
「その代わり、お前の健康グッズ、あれ、寄越せ。お前、どうせ、あんなもん
使わねぇだろ」
「ちょ!!木村くん?!」
ビックリして思わず叫んでいた。
それって酷いじゃん。
いくら何でも俺の目の前でそんな事、言わなくても・・・・・!!
木村くんの、普段ならあり得ない意地悪い態度に、木村くんがいかに腹を
立ててるか、思い知らされる気がして、しくしくと胃の辺りが痛くなる。
青ざめる俺を少しだけ気の毒そうに見て、慎吾が口を開いた。
「残念でした。俺のプレゼントはもう、マネージャーに頼んで吾郎ちゃんの
車に運んで貰ってるから」
ニカッと口の両端を持ち上げて木村くんに笑いかけ、唖然とする木村くんには
お構いなしで、慎吾が俺に向き直る。
「あんだけ色々集めるの、大変だったんだよぉ!!大事に使ってくれないと
バチが当たるんだからね!!」
「あ、ありがと・・・」
不意打ちをくらった気分で、でも、凄く嬉しくて、ほんの一瞬だけだけど、
気持ちが温かくなる。
少しだけ笑顔らしいものを浮かべた俺に満足そうに頷いて見せて、慎吾は
もう一度木村くんに向き直った。
「それに、折角だけどさ、それ、俺、貰えないよ?」
慎吾の声に木村くんが、激しく慎吾を睨みつける。
その木村くんの視線を真っ向から受けとめて、慎吾は驚くほど静かに言った。
「だってこいつ、俺の所に来たがってないもん。こいつは本当はちゃんと行きたい
所があるんだもん。木村くんだって、ほんとはそんな事ぐらいちゃんと分かってる
くせに」
慎吾はそうして俺に視線を流してくる。
後は吾郎ちゃん次第でしょ・・・・
そんな慎吾の声が聞こえた気がして。
「ねぇ、木村くん。こんな事今更言ったら、余計に怒るかも知れないけど・・・
シャアザク、俺に下さい。お願いします」
頭を下げる俺を見て、木村くんの顔に一瞬、迷いの表情が浮かぶ。
「・・・・心に来なかったんじゃねぇの・・・・?」
木村くんが不貞腐れたように口の中で言葉を転がすように呟いた途端、
「俺のが、吾郎のハート、ズキュン!だもんねぇ!!」
バカにしたような声が辺りに響き渡った。
・・・・この人は、またぁ・・・・
わざわざ、木村くんの神経、逆撫でするような事、言うんだから・・・・
俺はげんなりして恨めしい気持ちになりながら、声の主に冷たい視線を送る。
「大体、こいつ。俺からなのに『中居くんはないと思うね』っつったんだぜ!!
そういう事いうヤツに『心にくる』とか言われても、説得力ねぇっつーの!
なぁ?慎吾もそう思うべ?!」
話を振られた慎吾が苦笑している。
「ま、ね。吾郎ちゃん、すっとぼけてるからね。何を基準にセレクトしたかなんて
イマイチ、良く分かんないよね」
「何、木村。それ、持って帰んの?俺、貰ってやろうか?俺の知り合いに
ガンダムにはまってる子、居んのよ。すっげー喜ぶと思うんだよねぇ。
こんなの、滅多に手に入んねぇんだろ?」
言いながら、中居くんが台車に手を伸ばし
「誰がお前にやるっつったよ?!」
木村くんが慌てて台車を引き寄せている。
「あ、何だよ、その態度は。あの部屋で俺の車の助手席に乗せろっつったのは
誰よ?」
・・・・・木村くん・・・・そんな事まで言ってたの・・・・?
「大体、吾郎んちに合わねぇだろ、それ」
「そんな事ないよ。俺、ちゃんとコーディネートするもん!!寝室のベッドの
横に置く!!」
「って、それって怖くない?夜中に目が覚めた時とかさ」
慎吾が可笑しそうに笑うけど。
「なんでよ?何か木村くんが居てくれるみたいでさ、安心出来るじゃん」
「これ、木村なの?!」
「・・・・見た目は全然違うけどさ・・・でも、木村くんに貰ったんだから、
木村くんみたいなもんだよ」
「まだ、貰ってねぇだろ」
中居くんの顔に悪魔みたいな笑みが浮かんだ。
「・・・・あ・・・」
俺はもう一度、木村くんに視線を戻す。目が合って木村くんは少し眉を寄せ
「・・・運んでやるから。お前の車まで。さっさと帰る支度しろ」
あらぬ方を向いて、唸るように言った。
「あ、うん!!」
慌てて楽屋に飛び込んで、帰り支度をしていたら、剛がすぐそばまで来て
俺の顔を覗き込んだ。
「木村くんの機嫌、直った?」
細い目を一層細めて、悪戯っ子のように笑う。
「・・・・微妙・・・・」
俺は少しだけ考えて、曖昧に返事を返す。
機嫌が直ったかどうかは、イマイチ定かじゃないけど、とりあえず、フィギアは
俺にくれる気になってくれたみたいだから、今はそれでいいか、って思うし。
「木村くんのあのメッセージ聞いて、他のを選べる吾郎ちゃんて、やっぱ、
凄いよね」
心底感心したように言う剛に苦笑する。
・・・・・おかげで胃が痛くなっちゃったけど・・・・
「あ、俺からのプレゼントも車に運んどいて貰ったから。空気清浄器、何か、
中居くんにも貰ってるらしいけど、ま、中居くんのが壊れたら、俺のも使ってよ」
「ありがと。いいよ、両方使うからさ。中居くんのは寝室で、剛のはリビング」
「うわ。何かそれ、贅沢だね?」
「いいでしょ」
剛に笑いかけながら、ふとある事が俺の頭の中をよぎって行く。
・・・・え?それじゃ、何?慎吾の健康グッズセットと、剛からの空気清浄器&
ドライヤー、ジェルセットが、俺の車に載ってんの?
・・・・って事は・・・・
あれ・・・・車に載らないんじゃないのかな・・・・
どうしたらいいんだろ・・・・
ま、そんな事は車に着いてから考えればいいか。
そして、俺は『中居くんはない』と信じて疑わなかった銀色に輝く
ワインセラーを手に、軽く肩を竦め、溜息をつく。
この企画、みんなにお祝いして貰えて、すっごく嬉しいけど・・・・
なかなかにしんどい企画でもあるよね・・・・・
なんて、呟いている自分がいたりもするんだよね、実は。
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