「お疲れ〜」
「・・・・・・」
しっかり聞こえたはずなのに、シカト、かよ。
俺は数歩前を歩く吾郎の肩を掴まえ、そのままグイッと肩を引き、強引にこっちを向かせた。
「お疲れ」
「・・・・お疲れさま・・・・」
観念したように極低く、口の中で言葉を転がす吾郎の、逸らされたままの視線の
先に無理矢理自分の顔を割り込ませる。
「怒ってんだ?」
吾郎の手には金色の包みが握られている。
それを見るとはなしに見て。
「・・・・別に」
その態度が既に怒ってんだろ。
「それ、どーすんの?」
吾郎の手のモノを指差して。
「捨てる」
即答。
たった一言。
そして、漸く俺の顔を見た。
恨めしそうに、上目遣いで睨んでいる。
「なんで?」
「必要のないモノだから」
今にもその場に叩きつけかねない雰囲気をありありと匂わせて、吾郎は語気を
荒げる。
珍しい・・・・・
こんな風にこいつが露骨に怒ってるの、見るの、すげー久し振りかも。
最近はみんな、割りと大人になっちまって、露骨に怒る、とか、そういう表情を
見る事もめっきり少なくなってたし。
中居とでさえ、めったな事でない限り、口論にすらなんねぇしな。
「捨てるんなら、俺にくれ」
「ヤだよ。木村くんがいらないって言ったんじゃない」
「言ってねぇだろ、そんな事」
「言葉で言ってなくたって、選ばなきゃ同じ事でしょ」
「しょーがねぇだろ、一個しか選べなかったんだから。中居のパンツも剛の
パスタセットも、もちろん、これも、全部欲しいに決まってんだろ。お前らが
用意してくれたプレゼントなんだからよ」
「・・・・そう。全部同じレベルなんだよね、慎吾の以外は」
「お前・・・・いい加減にしねぇと俺も本気で怒るぞ」
番組上仕様のない事で、そんな事は分かり切ってるはずなのに。
どれか一つって言われて、散々迷って・・・・結局、ダーツセットに決めたけど、
その事がそんなに気に入らねぇのかよ。
「次、同じ企画があったら、俺、絶対に木村くんのだけは選ばないからね!!」
まるで幼稚園児だろ。
自分のが選ばれなかったのがそんなにショックなのかよ。
「お前ら、邪魔!!通路で痴話喧嘩なんかすんな」
突然、中居が声と同時に体をぶつけて来た。その拍子に中居が脇に抱えて
いたデカい箱の角が脇腹にモロに当たって、マジに痛い。
「痴話喧嘩じゃねぇだろ!!」
痛いのと、苛々しているのとで、分かり切っているバカバカしい冗談にもつい、
ムキになって反論してしまう。
「これ。俺が自分で使ってもいいんだけど、折角だからな。お前にやるわ」
中居は持っていた嵩高い包みを俺の胸元に押し付ける。
そして、そのまま通り過ぎた後ろには剛が立っていた。
「俺も。自分で使ってもいいんだけどね。木村くんほどパスタ好きな訳でも
ないしさ。家であんまし作らないらしいけど、たまにはいいでしょ?」
そう言って既に両手が塞がっている俺の目の前に、これまた、そこそこに
嵩張る箱を押し付けて来る。
「んじゃね。吾郎ちゃんもお疲れ」
通り過ぎながら、吾郎にも声をかけて行く。
この辺が中居とは少し違う所で。
・・・・だよな。
・・・・だろう。
普通、こうだろ。
『捨てる』なんて憎たらしい発言と発想には至らないだろ。
俺は、バツが悪そうに俺から顔を背けている吾郎の横顔を見て、溜息をつく。
「・・・・俺がプレゼント開けながら、言ってた事、覚えてる?っつーか、
気付いてた?俺が・・・・・」
そこまで言いかけて、赤面しそうで言葉を呑み込む。
吾郎はチラッと一瞬だけ俺に視線を移し、微妙に考え込むように通路の天井を
仰ぐ。
やがて、その顔に少しずつ朱がさして来る。
俺はその顔を見ながら、内心でザマーミロとほくそえむ。
「・・・・で?それ、どうすんの?」
タイミングを見計らって声を掛けると
「・・・・持って帰る。持って帰って自分ちに飾る」
今度はそんなセリフをのたまう。
「はぁ?!なんでそうなんだよ?!」
想像もしていなかった答えに思わず声を荒げると
「折角買ったんだしさ。やっぱ、捨てるの、勿体ないし。そういう資源の無駄
遣いするような事、地球のために良くないよね」
ニッコリと吾郎得意の悪魔の微笑み&天使の首傾げを見舞われる。
「・・・・そうじゃなくて・・・・」
完全に脱力する俺を至極楽しげに見詰め、
「良かったら木村くんもたまに俺んちまで、見に来れば?」
となんとも可愛くない提案を持ちかけて来る。
「お前んちにあるより、俺んちにある方がしっくり来るだろ、そういうのは」
「そんな事ないでしょ。俺、結構、こういうアンティークとか好きだよ」
「お前、本気で俺に寄越さないつもりなの?」
「俺が買ったものを俺がどうしようと俺の自由でしょ」
「一応、それ、俺にって思って買ったんだろ?そういうの、自分ちに置いといて
虚しくねぇ?」
「・・・・欲しい?」
クラクラするような可愛い笑顔で、死ぬほど可愛くないセリフを口にする。
「条件次第ではあげない事もないけど・・・・」
そのセリフを耳にしながら、俺は考える。
いつの間に立場が入れ替わったんだ?
なんで俺の方が弱い立場になっちゃってる訳?
俺は誰に聞いたら答えが出るのか分からない問いを心の中で問い掛ける。
「剛に貰ったパスタセット、あったじゃない?あれ、うちで料理してくれる
っ言うのはどう?美味しいワイン、ご馳走するけど」
・・・・ってそれが条件かよ?
って言うか・・・・やっぱし、それって何かおかしくねぇ?
元々、俺にくれるモンじゃなかったの?
散々、考えて、結局・・・・・
「・・・・わーった。わーったから・・・・・」
俺はガックシうな垂れて、吾郎の提示した条件、とやらを飲む羽目になっていた。
「ほんと?じゃあ、楽しみにしてるね?」
ニッコリ笑って、吾郎はヒラヒラと手を振る。
「って、おい!!地球儀は?!」
「パスタ食べさせてくれたらあげる」
金色の包みを軽く上げて見せて、吾郎はあっと言う間に、俺の視界から消えて
しまっていた。
両手に荷物を抱えて、動くに動けない俺は、吾郎の後を追う事すら出来ず、
ただ呆然と見送りながら、何でそうなんだよ・・・・と呟いていた。
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