大きい組さんになった。
クラス替えがあって、それまで仲良かった友達と違う組になって、凄いヤな感じ。
新しい組で俺は、センセイにもクラスにもなかなか馴染めずに、いつもポツンと
独りでいた。
小さい組の時、おんなじ組だったコの顔ぐらいは覚えてたけど、そんなに仲いいって
方でもなかったから、自分から一緒に遊ぼうとか、声、掛けらんなかったし、小さい
組の時に仲良かった友達は、新しい組でもう新しい友達を作ってて、何となく、それが
面白くなくて、やっぱり一緒に遊ぼうって言えずに居て。
俺はいつも、教室の隅の方で独り、お絵かきをしたり、粘土遊びをしたりしながら、
教室の中を見ていた。
そんなある日。
今日はボウサイクンレンって言うのをします、ってセンセイが言って。
「火事とか、地震とか、後、変な人が勝手に幼稚園に入って来たりして、幼稚園に危ない
事が起こりそうになった時に大きなベルの音が鳴って、みんなに危ないよ、って事を
知らせてくれます。みんなはもう大きい組さんだから、小さい組さんの時に聞いて知ってる
と思うけど、今日もまた、それが鳴ります。園長先生のお話の後で鳴るから、どんな音が
鳴るかよぉく、聞いててね」
センセイの説明にみんながざわつき始める。
「あー、知ってる」
「去年も聞いたもんね?」
「凄い大きな音がする」
そこここでそんな声が上がって。
「はーい。静かに。静かに聞いてね。園長先生のお話が始まるからね」
センセイの声に急にしゅん・・・と教室が静かになった。
去年、聞いた事があったけど、滅多に聞かないし、その音は決して、いい音じゃないから、
待ってる間、何だかどきどきして心細くて。
仲のいい友達が居ない事が、この時ほど寂しい気がした時はなくて。
ほんとは、ぎゅ、って、誰かと手とか繋いでいたいのに、そう出来なくて、俺は、膝小僧を
ぎゅっと掌で包んで小さくなっていた。
園長先生のお話が終わって少しして、ジリリリリリリ!!!って物凄い音がして。
心臓がひゅ・・・って少しだけ痛くなりかけた時。
「ぅわぁぁぁぁんっ!!やだっ!!怖いよぉ!!ヒロちゃん!怖い!!」
って、いきなり、そのベルの音より煩いんじゃないか、って思えるような大きな泣き声が
して。
何だよ?!って。
思わず、ムッ!!としてその声のした方を睨んだ。
見ると、ちっこい茶色の髪の毛の、あぐらかいてるヤツの腰の辺りにぎゅっとしがみついて、
震えて泣いてる背中が見えて。
くるんくるんの真っ黒な髪の、細い背中。
声の感じじゃ男か女かちょっと分かり難かったけど、喋り方で男かなぁ、って。
そんな事を思いながら見てたら。
「でぇじょーぶだって!んな、泣くなよな。男のくせにみっともねぇじゃん?女でも
そんな風に泣いてるヤツ、いねぇぞ。何でもねぇじゃん。ただ、ベルが鳴っただけだろぉ」
呆れた風に茶色い髪のヒトが言いながら、おざなりにぽんぽん、て、背中叩いてんだけど、
その叩き方が何か優しくて。
「泣くなよ、ゴロウ。大丈夫だって。もし、何かあった時には俺がちゃあんと守ってやる
から。お前はなぁんも心配する事なんかねぇんだって」
二人のすぐ隣にへばりつくようにして座ってるヒト・・・小さい組の時、おんなじ組だった
キムラくんが、そのくるんくるんの髪をぐしゃぐしゃと撫でながら、熱心に、泣いてる
ソイツの顔を覗き込もうとする。
「んだよ。何、ほざいてんだ?!何で、おめぇが守んだよ?!ゴローはな、俺がずっと
ちっせぇ時から守って来てやってたんだよ?!横入りして来んじゃねぇよ!!」
「だったら、ごくろうさん、お疲れさん。今日から俺がその役、代わってやっから。
とっとと、引退でもなんでもしろ!」
「誰が引退なんかするか?!俺ぁな、生涯現役なんだよっ!!」
「うぜぇ!」
「うぜぇって何だよ?!」
「うぜぇから、うぜぇっつってんだろ?!」
「だから。何がうぜぇんだよ?!」
「お前?」
「んだと?!このやろー!!」
「お?!やるか?!」
いつの間にか泣いてるヤツの事はそっちのけでバトルが始まり掛けて。
「やるんだったら、向こうでやってよ」
そんな二人に声を掛けたのは、キムラくんの反対側の隣に座ってた小さい組でやっぱり
おんなじ組だったつよぽんだった。
人見知りの激しい俺と時々、遊んでくれたりして、割りと好きだったけど、つよぽんは
こっちから遊ぼうって言わないとあんまり遊んでくれなくて、俺は遊ぼうって言って
いいのかどうか分からなくて、なかなか声を掛けられずにいる事が多くて。
1年間おんなじ組だったけど、一緒に遊んだのはほんとの少しだけだった。
「ゴローちゃん。大丈夫だよ?ね?そんなに泣かないでよ。ほら、もうベルの音、鳴り
終わったよ?ね?もう、怖くなんかないからさ」
そんなつよぽんがさりげなく、茶色の髪のヤツの服を握り締めてるそいつの手を、上から
そっと自分の手で包んでた。
何だよ、何なんだよ、たった一人に寄ってたかってさ、慰めたりとかしちゃってさ。
バッカじゃないの、って。
アイドルとかお姫様かよ、って。
何か無性にムカついて。
あんなベルの音一つにさ、あんなにビビってみっともねぇー、とか。
そう思った気持ちが思わず口に出てた。
「わーー!バッカみたぁい!あんなベルの音にビビって泣いてやがんのぉ!男のくせに!
恥っずかしーーー!!」
途端に、ギロッ!!って。
茶色の髪のヤツとキムラくんが物凄い顔で俺を睨んで来て。
つよぽんがちょっとびっくりしたみたいな顔で俺を見た。
「シンゴくん、どうして、そんな事、言うのかなぁ?ゴロウくんはちょっとびっくりしちゃった
だけだよねぇ?そういうの、バカみたい?恥ずかしい?男の子は泣いちゃダメ?」
センセイが目の前にしゃがんで、俺の顔を見る。
そんな風に言われちゃうと、自分が凄く酷い事をした人間に思えて、俺は何となく、また、
その泣いてるヤツの方を見た。
くりんくりんの髪の毛の・・・ゴロー?が顔を上げて、ぐしぐし涙を拭きながら、こっちを
見て。
目と鼻と耳を真っ赤にして。
黒目がちの目から、それでも、まだ、涙が零れ落ちて。
男だって分かってたけど、何か男に思えないぐらい、その顔が可愛くて。
不安そうな目が真っ直ぐに俺を映して、何か言いたそうに唇が少しだけ震えた。
「・・・・・ごめんなさい」
センセイと・・・そして、ゴロー?の両方の顔を見て、ほとんど聞こえないぐらいの
ちっさい声で俺は呟く。
そんな俺の頭をセンセイはぽんぽん、てして。
「シンゴくんは強いね?あんなベルぐらいへっちゃらだもんね?ゴロウくんにも怖いけど、
大丈夫だよ、って教えてあげてね?」
にこにこと笑いながらそんな事を言われて。
ゴロー、は、また、俺から顔を背けて、ぎゅっと茶色い髪のヤツにしがみつく。
・・・・・・ほんとはへっちゃらなんかじゃない。泣きたいぐらい怖かったのは、俺も
おんなじ。
ほんとは・・・・あんな風に縋りついて泣ける相手が居るあいつが羨ましかっただけ。
あんな風に心配されて慰められて、庇われてるあいつが羨ましかっただけ。
そんなあいつが何か無性に面白くなかっただけ。
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