それから5人で・・・・ママ達も入れて10人で縁日をあちこち見て回り始めたんだけど、
途中で気がついたら、ツヨちゃんとシンくんとヒロちゃんの3人の姿が見えなくなってて。
そりゃあね、ママ達は案外、楽しそうに自分達のお喋りに夢中になってる時間も少なくは
なかったし、5人も居ると、当然、好みの露店も違うから、誰か1人とか2人がそのお店に
夢中になってても、他の3人は知らん顔、とか言う事もちょくちょくあって。
そのうち、段々、それぞれの好みのお店に夢中になる余り、はぐれちゃったんだろうな、
なんて、ボクがレイセイにゲンジョウをブンセキしていると。
顔面ソーハクになったママ達が
「ちょっとみんなで手分けして探して来るから、たっくんとゴローちゃんはここでじっと
しててね」
なんて、大鳥居の境内の隅の石畳までボク達を連れて行って。
それぞれにリンゴ飴を持たせてくれて。
「いい子だから、これ食べて、ここで大人しく待っててね。絶対に2人で勝手にどこかへ
行っちゃダメよ!!」
メッ!って顔つきでそんなセリフを言い残して、ママ達は慌てて駆け出して行った。
暫く、2人して、カリカリ、シャリシャリと音をさせてリンゴ飴を齧ってたけれど。
「なんで、その浴衣なの?」
不意にキムラくんが低い声でそんな質問をして来た。
「え?似合わない?」
そう言えば、ずっと、何となくキムラくんは不機嫌で、それがどうやら、ボクの着てる
浴衣が気にいらないせいらしい、って事は何となく感じてて。
「いや、似合ってるけど・・・・」
そう答えたキムラくんが少しだけボクから視線を逸らす。
「すげー似合ってるけど。可愛いんだけどよ」
キムラくんはボクに向かって『可愛い』って表現を良くするけれど。
ボクはボクで、案外、自分でも可愛いって思ってたりもするから、その事については、
そんなに違和感もないんだけど。
おんなじ幼稚園でも、キムラくんははっきりカッコイイ、で、ボクとかヒロちゃんなんかは
可愛い、になるのがちょっと不思議だったりはするけれど。
「何でナカイとペアなんだよ?」
「何かね、ヒロちゃんのママがお揃いで買ってくれちゃったんだって」
「・・・・・ふぅん」
「ボクもねぇ、ほんとの事言うと、ちょっと子供っぽくてあんまり好きじゃなかったり
するんだけどね、でも、ママもヒロちゃんのママも凄く嬉しそうだからさ、そんな事、
言っちゃダメかなぁ、って」
こっそり、そんな打ち明け話なんかもしながら。
「そっか・・・・」
ボクの話に、キムラくんがやっとちょっとだけほっとしたように笑った。
キムラくんが笑ってくれたのが嬉しくて。
「ねぇ、ねぇ?夏休みの間とかどんな事して遊んだの?どっか旅行とか行った?」
そんな話を振ったら、近所の小学生のお兄ちゃんに誘われてラジオ体操に行った話だとか、
お父さんと一緒に釣りに連れて行ってもらった話だとか、おじいちゃんちに行った話だとかを
してくれて。
幼稚園ではあんまりキムラくんと2人で喋った事がなくて、ほんとは2人だけ残されて
ちょっとだけ緊張してたんだけど。
大体、幼稚園ではキムラくんはいつもヒロちゃんとケンカばっかりしてて、ボクと喋る
事なんてあんまりなかったんだよね。
そんなキムラくんが一生懸命、色んな話をしてくれるのを聞いてるのが、案外、楽しくて。
「おじいちゃんちに行った時によぉ、こーんなでっかいカブトムシ見つけてぇ」
「え?!カブトムシ?!こんなおっきいの?!凄いねぇ!」
ボクはキムラくんが指で示してくれたその大きさにビックリして。
「え?何。お前もカブトムシ、好きなの?」
キムラくんの目がきらん、と光った。
「うん!大好き!今日もね、朝、早起きして、パパと一緒にこの神社の境内の奥にある
くぬぎの木のとこに仕掛け、作りに来たんだよ?」
「へぇ?」
「黒蜜とかで作る特製の蜜をガーゼに染み込ませてねぇ、木の幹に剥がれ落ちないように
しっかりと結びつけるの」
「捕れんの?その仕掛けで?」
ちょっとだけ疑わしそうにキムラくんが首を傾げた。
「捕れるよ、ちゃんと!その仕掛けでね、カブトムシ2匹とクワガタ1匹、捕まえたん
だもん!」
ボクの説明が拙かったのかなぁ・・・・
そうは思ったけど、パパが一生懸命作ってくれた仕掛けまでバカにされてる気がして、
ボクはつい、ムキになってしまった。
「今からちょっと見に行ってみようよ、この奥だから!」
ボクはキムラくんの手を引っ張る。
「ちょ?やべぇよ。絶対にここ、動くなっつわれたじゃん、さっき」
「大丈夫だよ。ちょっとだけだから。すぐこの奥だもん!ママ達、まだ、そんなにすぐに
なんか戻って来ないよ、きっと」
「ダメだって」
「大丈夫だってば!それとも、何?キムラくん、もしかして怖いの?」
「バっ?!怖いわきゃねーだろ!」
急にキムラくんの声がおっきくなって、びっくりする。
「ほんとにちょっとだけだからなっ!」
怒ったように、キムラくんは逆にボクの手をぎゅっと握って来て。
「どの辺?」
とか聞きながら、キムラくんの方が少し先に立って歩き出す。
「もうちょっと奥・・・多分・・・・」
「多分て何だよ?」
外から見てたくぬぎの林は、中に入って見ると、境内の明かりも届かなくて、想像してた
よりずっと暗くて。
そう言えば、パパと一緒に来た時、パパが懐中電灯を持ってたんだ、って事に気付いた時には
もう、結構、中に入っちゃった後で。
「どの辺?」
そんなには進んでないけど、キムラくんの声も段々、ちっちゃくなって来た。
「ってゆーか・・・こんな暗くて見えんの?」
キムラくんの手が少し湿り気を帯びて来て。
「・・・・・・分かんない」
そう答えたボクの声はちょっと震えて、凄く小さいものになってしまった。
「戻ろう」
ぎゅっとキムラくんの手に力が篭って。
ボクは声も出せずにただ、頷いただけだった。
そんなに奥まで進んだつもりじゃなかったのに、ボク達は境内の方に向かって歩いている
つもりなのに、全然、境内に辿り着けない。
ほんとは多分、さっきまでとそんなに変わっていないはずなのに、ボク達の周りの闇は
もっと、暗さと深さを増してるみたいに感じられて、どうしようもなく心細くなって来て。
「・・・・・ママぁ・・・」
思わず、ちっちゃく声が漏れた。
「泣くなよ!」
キムラくんの怒ったような声にビックリして、しゃくりあげそうになってた息が、ひっ、
って止まった。
「泣くな!大丈夫だから!俺が絶対にお前をちゃんとママ達の居るとこまで連れて帰って
やるから!」
真っ直ぐに前だけを見詰めたキムラくんの横顔が凄く、お兄さんぽく見えて。
ぎゅっと繋がれた手が、とても頼り甲斐あるものに感じられて。
「・・・・・キムラくん」
「タクヤ」
「え?」
「俺の名前、タクヤっつーの。お前、ずっと俺の事、キムラくんって呼んでっけどよ、
タクヤだから」
「・・・・・うん」
頷いた時、突然。
ひゅー・・・・
ドンッ!!
パパパパッ!!
って音と同時に空が一瞬、明るくなって。
「「あっ!!」」
キムラくんと2人して一言叫んで、空を見上げた。
真っ黒な空に光の花が咲いたみたいに。
一瞬、明るくなった空はまた、すぐ、元の真っ暗に戻ったけど。
また、すぐ。
今度は何発か続けざまに打ち上げられて、空が明るくなった瞬間に、キムラくんは素早く
あちこち見回して、境内の明かりのある方を見つけてくれて。
「あっち!あっちの方だ!」
いきなり、キムラくんが駆け出して、ボクは手を引っ張られながら、転ばないように必死で
後をついて行った。
それから、何回も花火が打ち上げられて、その度に不安な足元を照らしてくれて。
「たっくん?!ゴローちゃん?!」
ママ達の驚いた声が花火の音に負けないぐらいのボリュームで辺りに響いて。
「どこ行ってたのっ?!あんなに動いちゃダメって言ったでしょう?!」
そう言いながら、ボクのママとたっくんのママがそれぞれ、ボク達を抱き締める。
その瞬間、ほっとしたみたいに、ちょっと泣き笑いみたいな顔をほんの一瞬だけ浮かべた
たっくんの表情を見て。
たっくんもボクとおんなじように不安で、怖かったんだ、って。
でも、ボクがたっくんよりも怖がったから、一生懸命になって頑張ってくれたんだ、って。
ボクは初めて気付いて。
それから、少しの間だけ、ボク達はママ達から叱られたけれど。
境内から、花火の見やすいちょっと高台になったような場所に、その後、みんなで移動して。
ボクはそっと、たっくんの隣に立つと、軽くシャツの裾を引っ張った。
「ん?」
花火から目を逸らして、ボクを振り返ったたっくんの顔が、花火に照らされて、何だか、
ライトを浴びて煌くアイドルみたいにカッコ良く見えて。
「さっきはありがと、たっくん・・・・」
ちょっと恥ずかしくてちっちゃくなったボクの声が、たっくんの耳に届いたか、少し不安
だったけど。
「別に」
そんなセリフで。
でも、零れるような笑顔を見せてくれたから。
お兄ちゃん、て、こんな感じなのかな、って。
そんな事を考えながら、ボクも笑った。
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