「おはよう」
「うん」
「『うん』じゃなくて『おはよう』って言われたら『おはよう』だろう」
「おはよう」
心ここにあらずの吾郎はただ今読書に夢中である。
「ほら、体温計」
「うん」
「うんじゃなくて。」
「うん」
手だけ伸ばして体温計を受け取り、惰性で脇へと持って行く。
木村にチェックをさせている間も自分は本から目を離そうとしない。
ピピッ
表示された数字も見ようともせずにぞんざいに木村に押し付け、
夢中で読んでいる。
呆れたようにその顔を見つつ、体温計を確認した木村は眉を上げた。
「吾郎」
「……」
「吾郎君」
「何?」
吾郎が木村に「先生」を付ける時同様、木村が吾郎に「君」を付ける時には余り
いい事は起きない。さすがに返事を返す。
「これ、何度?」
「ん?ちょっと待って」
「ダ〜メ。ほら」
目の前に突き出され、漸く吾郎は本から目を離した。
「何度?」
「30……38度4分」
「って事は?」
「ちょっと待って。今いい所だから。ね。」
「ダメ!」
無理矢理木村に本を取られそうになり吾郎は必死で抵抗する。
「もうすぐ犯人分かるんだから〜!」
「約束したろ」
いとも簡単に取り上げられ、吾郎は一瞬泣きそうな顔をした。
暫く睨み合いが続いたが、木村の強い視線に吾郎が折れた。
無言でベッドに潜り込む。しかし
「じゃあ、これは預かっとくから。」
と、本を手に取る木村を見て、吾郎は慌てて身を起こした。
「ちょっとぉ!下がったら読んでいいんでしょう?持って行かないでよ」
「次、体温計と一緒に持って来るから。」
「じゃあ体温計も置いていってよ。計って下がったら読むんだから」
「昼には来るから、それまでは寝てな」
「ねぇ〜!」
「ほら。寝るの?寝ないの?」
自分の言う事を聞くのか聞かないのかと迫る木村をまたも吾郎は鋭く見返すが、
結局悔しそうに唇を噛み締め、体を横たえた。
「熱い?冷やす?」
「いい」
「これ。水分だけちゃんと取って」
「うん」
「じゃあおやすみ」
「うん」
すっかり拗ねてしまった吾郎の姿に苦笑しながら木村はそっとドアを閉めた。
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