br> |
○がつ△にち。
ほぇぇぇぇぇ、かぁいい・・・・
初めて見た時、そう思った。
おれの行ってる幼稚園は今時、めずらしい紺に白の丸襟のついた上着に、エンジのハーフ
パンツに、上着の中は白のポロシャツって言う・・・要するに、男も女もおんなじ格好の
制服で。
兄弟が男でも女でも着回せるって言う母親にとってはすこぶる有難い制服みてぇだけど。
男か女か一見しただけじゃ分からない事もあるって難点があって。
入園式の日。
桜の花びらが降り注ぐ桜の木の下で、幼稚園の門の入り口でじっと中を睨むようにして
突っ立ってるやつと、そいつの背中に隠れるようにして恐る恐るって感じで中を覗き込む
ようにしてるやつと。
どうやらそいつらの親はお互いに友達同士らしくて、自分達のお喋りに夢中で、自分とこの
子供がそこで立ち止まっちまってる事には気付いてねぇみてぇで。
始めは、二人連れ立ってる様子がなんか可笑しくて。
別に幼稚園なんどうって事ねぇじゃん。
別に親と離れたって寂しくもなんともねぇじゃん。
これから、新しい世界が広がんだぜ?
これまでとは別の生活が始まんだぜ?
ワクワクする事があったって、怖気づく事なんかなぁんもねぇじゃん、って。
けど・・・・・・
睨みつけるように強張った顔で突っ立ってるやつは、自分の背中にへばりつくやつを庇う
ようにして、ぎゅ、と手ぇとか繋いじゃってんのとか見て。
ほぇぇぇ。かぁいい、って。
強張ってる方は天然なのか染めてるのか、明るい茶髪のショートカットに大きなアーモンド
型の目が印象的で。
後ろに隠れるようにしてくっついてる方は、真っ黒でくりんくりん、ふわんふわんの
髪に、それと同じ色の黒目がちな目をうるうると潤ませて。
うん。顔の作りも確かにかぁいいんだけど、その表情が、また、何とも言えずかぁいく
思えた。
自分も不安なくせして、自分以上に不安がってる風の後ろのやつ、庇って必死に不安そうな
素振りを隠して、突っ張ってるその雰囲気も。
そして、そんな風にして守ってもらう事が当たり前みてぇに、ただ、一心にそいつの背中
頼って、へばりついて、不安そうにしているその雰囲気も。
突っ張ってるやつが健気だと思ったし、その後ろのやつの不安そうな様子は思わず、俺が
守ってやるよって言いたくなるような可愛らしさを感じさせて。
どっちもかぁいい、って思ったけど、もし、どっちか一人って言われたら、後ろのやつ
かなぁ、とか、そんな事思いながら、これから始まる幼稚園生活を俺は思いっきり愉しむ
ぞ!!って心に決めて。
これまで、近所の女にはモテ捲くりだったから、幼稚園でもその記録を更新するぞ!とか
思ったりもしていた。
・・・・・なのに、何で?
入園式に見かけた二人はどうやら別の組らしくて、なかなか顔を合わせる事もなくて。
それらしい顔を一生懸命捜したりもしたけど、どの組かもわかんなくて。
もちろん、名前なんかも分かんねぇし、俺、まだ、自分の名前ぐれぇしか、字、読めねぇし。
そうこうして、暫く経ったある日。
もうすぐお帰りの用意で、トイレに行きたい人は行きましょうっつわれて、トイレに行った
時・・・・・
ちょうど、中から出て来たやつとぶつかりかけて。
「気ぃつけろよな!」
ぶつかった訳じゃなかったけど、ぶつかってからじゃ遅ぇし、とも思ったから、相手に
そう言ってやったら。
「・・・ごめんなさい」
って。ちっせぇ、ちっせぇ声で俯いたまま呟く声が辛うじて聞こえて。
んだよ、うじうじしたやつ、鬱陶しい・・・とか思ってたら、すぐ、後ろからまた声がして。
「んだよ、ゴロー、何やってんだよ?」
とか。洗った手をぱっぱと振って、今、俺にぶつかりかけたやつに声を掛け、ついでに
そいつの肩を掴む振りで、手拭いたりしながら。
「あ、ヒロちゃん・・・この人にさ、ぶつかり掛けちゃって、怒られちゃった」
しゅーん・・・って、ご主人様に叱られた犬みてぇに弱々しい態度で、そいつが顔を
あげて後ろを振り返った瞬間。
「・・・・・あぁぁぁぁぁ?!」
思わず、悲鳴を上げていた。
嘘っ!!
嘘だろぉ?!
誰か嘘っつってくれよぉ!!
ついでに、振り返ったそいつの視線の先を追って、確認した後ろのやつの顔も・・・・・
やっぱり、と言うべきか当然、と言うべきか・・・・・
入園式の・・・・一目で俺を虜にした二人組み。
もしかして、まさか、って思ぉけど・・・・
ついてんの?こいつら?
俺とおんなじモノ、ついてる、とか言う?!
入るとこ、間違った、とか、ちょっとした悪戯気分で、1回男子トイレを探検してみたかった
とか言う訳でもなくて?!
こいつら、お・と・こ、なの?!
嘘ぉ・・・・・
足元がぐらぐらと揺れて、立っていられないような感じがして。
「うっせえよ、お前!!何、喚いてんだよっ!!」
顔に似つかわしくないぶっきらぼうで乱暴な言葉遣いで、そんなセリフを俺に浴びせた
そいつは更に
「ぶつかりそうになったんだとしたら、何もこいつだけが一方的に悪ぃって訳じゃねぇん
じゃねぇの?おめぇもちゃんと前とか見てたんかよ?」
なんて、至極、ご尤もな説教まで垂れてきやがるし。
どぇぇぇぇ・・・・
立ち直れねぇ・・・・・
信じんねぇ・・・・
こんな・・・・
こんなかぁいい顔してやがんのに・・・男?両方?
あり得ねぇ・・・・・
誰か嘘だって言ってくれ・・・・・
頭抱えてしゃがみ込んだ俺の横を不審そうな顔で見下ろしながら通りすぎ掛けて
「おら!邪魔だよ、どけよ!」
なんて、俺の上靴、蹴ってきやがったりして。
むっかつくぅ!!
「ヒロちゃん、そんな事、しちゃダメじゃん。あの・・・ごめんね?でも、確かにそんな
とこにしゃがんでると他の人の邪魔になるからさ、あの・・・もしかして、お腹とか、
痛いの?」
とか。
俺とおんなじようにしゃがみ込んで、顔、覗き込まれて。
くりん、とした黒目がちな瞳に俺を映して、ちょっと心配そうに曇らせた顔が、めちゃくちゃ
かぁいくて。
ぅわぁぁぁぁ・・・
声に出せない声を上げた。
そっか・・・・
男なんだよな、こいつ。
待てよ、よぉく考えるとそれって案外、ラッキーなんじゃねぇ?
最近のオンナっつーのはよ、マセちまってて、ちょっとぶつかったりだとかしただけでも、
何かっちゃあ、セクハラだ、とか意味、分かってんのかよ?って言いたくなるような事、
言って来たりしやがるけど。
男だったら、そういうの、当然、アリな訳じゃん?
触り放題?
風呂もトイレも、ダチになってお泊りとか、一緒に寝るとかもアリって事じゃん?!
何か、それって、すっげー良くねぇ?
そっか、男、か。
ラッキーvv
俺はすっくと立ち上がり、心配そうに俺を覗き込むそいつの肩をぐっと抱いて。
「心配してくれてありがとな。全然、平気だから。俺、雪組みのタクヤ。キムラタクヤ、
っつーんだ。お前は?」
「え?僕?ゴロウ、だよ。イナガキゴロウ」
「ゴロウ、か。その桃色のワッペン、花組だよな?」
「うん」
素直に俺に肩を抱かれたまま、頷く様子がこれまた、かぁいくて。
「そっか。これから宜しくな。友達になろうぜ」
そう言った途端、ドカッ!!と背中に蹴りを食らって。
「何、ふざけた事、ほざいてやがんだよ?!なんで、おめぇなんかとゴローがダチになんか
なる事、あんだよっ?!」
喚いているのは、やっぱし、顔だけはかぁいい、そいつで。
「何で?何でお前にそんな事、言われなきゃなんねぇの?第一、センセイ、いつも言って
んじゃん、みんな仲良くしましょう、って。俺がこいつとダチんなって何が悪ぃんだよ?!」
グイッ!!とそいつの襟首掴んで、睨みつける。
「それに誰とダチになっか、決めんのは、こいつだろ?」
右手でそいつの襟首掴んだまま、左手でゴロウの方を指差したら・・・・
今、そこに居たはずのゴロウの姿がなくて。
「「え?」」
思わず、そいつと声がシンクロして。
「ゴロウ、どこ、行っちまったんだよ?大体、お前が横からごちゃごちゃと抜かしやがる
から!」
「何をぉ?!おめぇがふざけた事、抜かしてんのが悪ぃんだろっ?!」
とか、ごちゃごちゃやってたら、パタパタと上靴の足音がして。
「センセイ、こっち、こっち。速く来て。ヒロちゃんとキムラくんがケンカしてるの!!」
必死の顔でセンセイの手を引っ張って、段々、近づいて来るゴロウが見えて。
それから、俺達はセンセイにたっぷりお説教を食らって、ゴロウはそんな俺達二人を
ただ、ぼんやりと眺めているだけだった。
|