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「そろそろ帰らないと・ ・ ・」
遠慮がちなクリフくんの声。
「うん」
クリフくんは私が自力で立ち上がれないのを気配で察したのか、
私に手を差し伸べた。
その手に掴まってなんとか立ちあがる。
もうだいぶ暗くなってきた山道を用心しながら、ゆっくり降りて行く。
「一人で来ちゃ、だめだよ」
不意にクリフくんは私を振り返って言った。
「えっ?」
「泣きたいとき、一人で来ちゃだめだよ」
聞き分けの無い子供に言い聞かせるときのように、クリフくんは
ゆっくりとした口調で念を押すように、その言葉を繰り返した。
(どうして・ ・ ・一人で泣きたいときもあるのに・ ・ ・)
まるで私の心の呟きが聞こえたかのようにクリフくんは続けた。
「一人で泣きたいときはベッドの中とかで泣けばいいから。
もし、一人で泣いていて、悲しみに押しつぶされて
何もかも投げ出してしまいたくなってしまったとき、
あそこはとても、危険だから・ ・ ・」
クリフくんはそんな思いで泣いたことがあるの・ ・ ・?
悲しみに押しつぶされて何もかも投げ出してしまいたくなったことが・ ・ ・
私はまだ、あなたのことを何も知らないんだ・ ・ ・
「クリフくんも・ ・ ・泣いたりする?」
やだっ!!私ってばなんてこと、聞いてるんだろ。
男のコに向かって「泣くの?」なんて・ ・ ・
さすがにクリフくんは困ったように少しだけ笑って。
「泣いたりしない!・ ・ ・って答えられればカッコいいんだろうけど。
嘘ついてもしょうがないしね・ ・ ・」
クリフくんは穏やかな大人びた笑顔を見せた。
けれど、その笑顔は今まで見たどの笑顔よりも切なくて・ ・ ・
そんなクリフくんに私の心臓はまた、ドキドキと
強く早い鼓動を打ち始める。
「じゃぁ、この次は私がつきあうよ」
自分でもどうしていいのか分からない胸の鼓動にどぎまぎして、
思いっきり変なこと言ってない?私。
「それは勘弁してよ・ ・ ・」
ツイ・ ・ ・っと視線をはずして、クリフくんはまた、歩き始めた。
「ごめん・ ・ ・変なこと、言って・ ・ ・」
クリフくんの背中に言ってみたけど、クリフくんは前を見たままだった。
「・ ・ ・えっと・ ・ ・今日は誘ってくれてありがと・ ・ ・」
なんだかちょっぴり気まずい雰囲気のまま、牧場に到着してしまった・ ・ ・
「なんか、強引に引っ張り出したみたいで・ ・ ・」
クリフくんはちょっと申し訳なさそうに俯いた。
「そ、そんなこと全然ないよ。嬉しかった。ほんとに!!」
そう・ ・ ・ほんとに。
倒れている私を見て、驚いてすごく心配してくれたことも・ ・ ・
泣いてることに気づかないふりをしてくれたことも・ ・ ・
思いっきり泣ける場所に連れ出してくれたことも・ ・ ・
泣いている間中、ただ黙ってそばにいてくれたことも・ ・ ・
私の心が、まだ、あんな風に感じることを教えてくれたことも・ ・ ・
何もかもすごく嬉しかった。
どうしたらあなたに伝えられるんだろう、
今のこの私の気持ち、私の想い・ ・ ・
必死に考えて、でも、やっぱり思いつかなくて・ ・ ・
「ありがと」
ありったけの想いを込めて。
フワッとクリフくんは微笑った。
周りの全てを幸せで包んでくれる・ ・ ・
そんな優しい笑顔・ ・ ・
「ありがと」
もう一度。
素敵な笑顔をありがとう。
優しい時間をありがとう・ ・ ・
生きてても仕方ないと思ってたけど・ ・ ・
生きてる意味なんてないと思ってたけど・ ・ ・
世界はこんなにも優しくて
こんなにも美しくて・ ・ ・
そのことを知っただけでも、十分だね。
そして、そのことを教えてくれたのは、クリフくん、あなた・ ・ ・
ほんとにありがと・ ・ ・
今夜は久しぶりに優しい気持ちで眠れそう。
素敵な夢が見られそう・ ・ ・
夢であなたに会えたら、いいな・ ・ ・(end)
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