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後に残った二人。
どちらともなくイスに腰を下ろす。
「彼女はいつになったら、目を覚ますんでしょうね」
カーター神父は誰に言うとはなしに問いかける。
「知っていますか、クリフ。眠り姫は王子のキスで目覚めるんですよ」
神父のいたずらっぽい瞳がクリフを捉える。
クリフは憮然として神父を睨み返した。
「何言ってんですか・ ・ ・!」
さっきの意地悪にまだ、かなり腹を立てている様子。
「クリフはずいぶんとそちらのお嬢さんにご執心のようですから」
神父の言葉にクリフは長い長い、そして、深いため息をついた。
「・ ・ ・そんなんじゃ、ないですよ・ ・ ・」
長い沈黙の後、まるで吐息のようにささやかにクリフは呟いた。
そして、クリフはもう一度心の中で繰り返す。
(・ ・ ・そんなんじゃ、ないですよ・ ・ ・)
カーター神父の耳にその言葉が届いたのかどうか・ ・ ・。
「もう春がそこまでやってきていると言うのに、今日はやけに冷えますね」
彼女を担架で運ぶとき、冷やさないようにと多目にかけてきたブランケットの
二枚のうちの一枚をクリフに手渡しながら神父は微笑み、
小さな声で賛美歌を口ずさみ始めた。
柔らかいその声音はあたりの静寂を静かに包み込み、安らかな安堵に
満ちた時を呈している。
クリフはすやすやと安らかな寝息を立てている少女の横顔を
不安げに見つめている。
(・ ・ ・ただ、心の傷が彼女を眠らせたままにしているんだろうって、先生が)
エリィのセリフがグルグル頭の中を回っている。
(助けない方が彼女のためには、良かったのかな・ ・ ・)
(死ぬつもりだったんだろうか・ ・ ・)
フワッと不意に背中が温かくなった。
伝わってくるのは人肌のぬくもりと、微かな重み。
「クリフ・ ・ ・死んでしまっても良い人間なんて、この世の中には
誰一人としていないのですよ。主は自らの命を自ら絶ってしまうことを
お許しにはなりません」
すぐ耳元でなだめるようなカーター神父の声が聞こえる。
「必ず彼女は目覚めます。そして、生あることに感謝する日が来ます。
だから、クリフ・ ・ ・そんな悲しそうな顔をしないで・ ・ ・」
カーター神父はクリフに回した手に少し力を込めた。
「・ ・ ・ありがとう・ ・ ・カーターさん・ ・ ・」
けれど、クリフは思う。
(でも・ ・ ・ボクは・ ・ ・今のボクは・ ・ ・
生きてることを感謝出来ずにいます・ ・ ・
だから、彼女にも言えない・ ・ ・
生きてればいいことがある、なんて・ ・ ・)
ボクは彼女にとって、余計なことをしたのかもしれない・ ・ ・
クリフは出口のない迷路に迷い込んでしまった小さな子供のように
不安なため息を漏らし、一向に目を覚まそうという気配すら見せない
彼女をただ、じっと見つめ続けていた・ ・ ・(end)
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