「ドクター、こんにちわー!!」
僕は声の主をゆっくり振り返る。
けれど、振り返らなくても本当は分かっている。
聞き慣れた、耳に馴染んだ柔らかい声。
春の陽射しが君の笑顔を優しく包んで、
君はいつもにも増して輝いている。
この湖の水面のようにキラキラと・ ・ ・
一体、どこから駆けてきたんだろう・ ・ ・
そんなに息を切らして・ ・ ・
僕のすぐそばで立ち止まり、少し息を弾ませたまま
もう一度。
「ドクター、こんにちわ」
「やぁ、クレアくん・ ・ ・」
我ながら愕然とするほど、素っ気無い態度・ ・ ・
なのに、彼女はそんなこと、全く気にも留めていない様子で
ニコニコと話し出す。
あぁ・ ・ ・
いつの頃からだろう・ ・ ・
そんな風に輝くような笑顔で君が話しをするようになったのは・ ・ ・
この町に来たばかりの頃は・ ・ ・
どこかなげやりで・ ・ ・切なげで・ ・ ・
そんな君をただ見守ることしか出来ない自分が歯がゆくて・ ・ ・
医者と患者・ ・ ・
その関係を超えてはいけないと・ ・ ・
思う以上に意識して・ ・ ・
僕はいつも自分の心を押し殺し、君に接してきた。
必要以上に素っ気無い態度は、いつの間にか身についてしまった
カムフラージュ・ ・ ・
君が僕のためにわざわざ、誕生日のプレゼントを届けてくれた
あの日でさえ・ ・ ・
「・ ・ ・私、結婚するんですよ・ ・ ・」
大切な秘め事を打ち明ける時のように、息をひそめて
囁くように、君は僕の耳元にそっとその言葉を届けて来た。
「・ ・ ・あ・ ・ ・それは・ ・ ・」
すぐには言葉が出せなくて・ ・ ・
驚いている僕を君は楽しげに眺めていたね。
「おめでとう」
僕はちゃんと微笑んで言えただろうか・ ・ ・
君の心を射止めた幸せなヤツは、きっと、君にその
笑顔を取り戻させた、その人なんだろうね・ ・ ・
もっと素直に自分の心を表せていたら・ ・ ・
自分の気持ちを伝えることが出来ていたなら・ ・ ・
僕は君の心を癒してあげることが出来たんだろうか・ ・ ・
僕がパートナーとして、君の瞳に映ることが出来たんだろうか・ ・ ・
「ドクターに一番に知らせたかったんです。
いつも、色々とお世話になってるから」
君は無邪気に笑っている。
ポーカーフェイスがこんな所で役に立つはと思ってもみなかった・ ・ ・
「お祝いは何がいいかな・ ・ ・」
「そんなー、いいですよ」
君は僕の隣に足を投げ出して座り、空を仰いだまま、微笑んでいる。
今、君を抱きしめたら・ ・ ・君はどうするだろう・ ・ ・
不意に湧き上がってきた荒ぶる感情・ ・ ・
嫉妬・ ・ ・?
これが嫉妬という感情だろうか・ ・ ・
僕はこれからもこの想いを秘めたまま、仮面を被って
君と接していくんだろうか・ ・ ・
それとも・ ・ ・いつか・ ・ ・
君のことは想い出として、他の誰かと
幸せになる日が訪れるのだろうか・ ・ ・
今はそんなこと、考えられないけれど・ ・ ・
「ドクターもちゃんと、自分の気持ち、伝えないと
他の誰かさんに取られちゃいますよ・ ・ ・」
駄目押しの一言・ ・ ・
すでに他の誰かさんに取られちゃった後なんだけどね・ ・ ・
僕はなんだか笑うしかなくて・ ・ ・
「お幸せに」
返事の変わりに君は輝くように笑った。
どうか、その笑顔のままいつまでも・ ・ ・
今はただ、それだけを願おう・ ・ ・
他に僕の出来ることは何もないのだから・ ・ ・
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