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コン・ ・ コンコン・ ・ ・
微妙にリズムの狂ったノックの音。そして
「グレェー、いるぅー?」
聞きなれた隣の住人、クリフの声。
でも、なんか変だな。
ガチャリ。
ドアを開けると同時にドサッと何かが降ってきて、
不意を突かれたオレはモロにひっくり返って、ベッドの角で
したたか頭をぶつけてしまった。
「いってぇー!!」
更にブワッと辺りに充満するアルコールの匂い。
「うっ・ ・ ・酒くせー」
当たり前のようにオレはクリフを抱き止める形で
床に倒れていた。
「お、重い・ ・ ・」
なんとかクリフを引き剥がそうとして、ふと、クリフと目があった。
アルコールのせいなんだろうな。
ちょっと目がうるんで、頬がほんのりと赤い・ ・ ・というか
ピンク・ ・ ・かな・ ・ ・
いや、そんなことはどうでもいいんだけど。
なんか・ ・ ・かわいーな・ ・ ・
って男相手に何、盛り上がってんだ、オレは。
一瞬、湧き上がった不気味な感情を力一杯否定しつつ叫ぶ。
「どけっ!!重い!!」
クリフはノロノロと起き上がり、そのまま、ふにゃり、と
床の上に座り込んだ。
「お前、酒飲んだのか」
判りきってはいたが、一応確認する。
「うん、少し・ ・ ・」
ニコニコしてクリフは答えた。
「少しって・ ・ ・少しじゃないだろ。へべれけだぜ、お前」
言われてようやく自覚したのか
「う・ ・ ん・ ・ ・。さっきまでは少し緊張してたからかな・ ・ ・
何ともなかったんだけど・ ・ ・何か急に廻ってきたみたいだ・ ・ ・」
シュンとするところが何とも言えず、憎めない。
「何だよ、何かあったのか」
急に心配になって尋ねる。
わりと長いこと隣同士でいるけど、こいつが酒飲むなんて、
初めてなんじゃないか。
って、オイ!こいつまだ、未成年なんじゃ・ ・ ・
「お前、未成年じゃないのか?!」
「19だよ。今年19になった!」
クリフはムッとしているが、やっぱ未成年じゃないかよ。
まぁ、けど、そのことはそんなに重要でもないか。
中学生が酒のんでるわけじゃないんだし。
それより気になるのはさっきのことだよな。
何かあったんじゃないのか、ってこと。
「なぁ、何かあったのか?」
本人が何も言い出さないうちから聞くのも、まずいのかも知れないけど。
「へへ・ ・ ・実は、さ・ ・ ・」
ところがオレの心配をよそに、何とも幸せそうに笑ってクリフは言いかけた。
「クレアさんがさ・ ・ ・」
けど、その名前が出た途端、オレは何とも表現しがたい感情に襲われた。
背中がゾワゾワするような、嫌な感じ・ ・ ・
今すぐにでも耳を塞いで、こいつを部屋から放り出したくなる衝動を
かろうじて押さえる。
「果樹園のバイト、一緒に行かない?って・ ・ ・」
えっ?!それって・ ・ ・
オレの頭の中で、昼間のクレアさんとのやりとりがフラッシュバックする。
****************
「あっ、グレイくん。探してたんだ。ちょうど、良かった」
嬉しそうに笑いながらクレアさんが俺に駆け寄ってくる。
いつ見てもかわいーよなぁ・ ・ ・
ボ-ッと見とれている間に、気がつくとクレアさんはオレのすぐそば、
ほんとのちょっとの間隔を空けたところまで来て、立ち止まった。
ちょ、ちょっと近過ぎ・ ・ ・
さりげなーく少しだけ後ずさりしてるオレの顔を覗き込むクレアさん。
あ、あの・ ・ ・だから・ ・ ・それは・ ・ ・
あせりまくるオレ。
けど、クレアさんはそんな俺のキモチなんてまったくお構いなし、
みたいな感じでニコッと笑った。
「ねぇ、グレイくん、明日から果樹園にバイトに行くんだけど、
良かったら一緒に行かない?」
えぇーっ?!クレアさんと一緒にバイトぉ?!
行きたい!!それは行きたいに決まってるけど・ ・ ・
でも、今はちゃんと修行して、一日も早くじいさんに認められて、
一人前になりたい。
そして、一人前になってクレアさんに・ ・ ・
そこまで考えて一人ドギマギしてしまう。
そのことをクレアさんにバレちゃまずい、と思ったオレの返事は
自分でも驚くぐらい素っ気無いものになってしまっていた。
「ごめん、オレ、今、余裕なくてさ・ ・ ・」
「そっか・ ・ ・そうだよね。グレイくん、今、鍛冶屋さんの修行、
頑張ってるんだもんね。ごめんね。気にしないで」
クレアさんの瞳がすこーしだけ悲しげに揺らいだのは、
ほんの一瞬だった。
すぐまた、いつもの元気笑顔に戻ったクレアさんは
「じゃ、修行、頑張って!!」
手をひらひらさせたかと思うと、あっという間にオレの前から
走り去っていた。
そんなクレアさんの後姿を見送りながら、
(ひょっとしてオレ、今、すげぇミス、やっちまったんじゃ・ ・ ・?)
とボーゼンとしたんだけど・ ・ ・
****************
オレが内なる衝動と必死で闘っているというのに、まったく
そんなことには気づく気配すら見せずに、クリフはまだ、夢でも
見ているようなほわわんとした様子でさらに言い続ける。
「それってさ・ ・ ・ちょっとは期待しちゃうよね・ ・ ・
顔を見るのも嫌なヤツ、誘ったりはしないよね・ ・ ・」
自分の身の上に降って沸いたような幸福が、自分でも信じられないんだろうな。
しきりにオレに同意を求めてくる。
けど、オレに聞くなよ・ ・ ・
「それはちがーう!!!クレアさんは先にこのオレを誘ったんだからな!!」
とはさすがに言えない。
「この町で決まった仕事もなくてフラフラしてんの、
お前ぐらいしか思いつかなかったんじゃないの」
言ってすぐ後悔した。
嫉妬じゃん・ ・ ・これって。
見るとクリフは今までの幸せそうな雰囲気はどこへやら
どよーん、と教会にいるときの懺悔モードに目一杯、突入していた。
「あっ、いや、だからさ、きっとクレアさんもお前のこと、
心配してたんだよ。良かったじゃん。一緒にバイトできることになって」
って、なんでオレがこいつのこと、慰めてやんなきゃならないんだよー。
慰めて欲しいのは、オレの方だよ・ ・ ・
「そうかな・ ・ ・」
恐る恐るオレの顔を覗き込むヤツの目に、少しだけ明るさが戻る。
立ち直りの早いヤツ・ ・ ・
「そうだよ、きっと。明日からバイトなんだろ。遅れたりしたら
それこそ、ヤバイぜ。さっさと寝ろよ」
これ以上、つきあわされてたまるか・ ・ ・
「そうだよね。さっきもクレアさんが
『私達が摘むぶどうがワインやジュースになるんだよね』
って、ワイン、持ってきてくれてさ・ ・ ・」
え・ ・ ・?
「部屋で一緒に飲んだんだ。味見してみよっかって・ ・ ・」
クリフのセリフはまだ何か続いていたようだけど、
そんなことは知ったこっちゃぁない。
オレは無言で無理矢理ヤツを立たせると、そのまま外へ押し出し
バタァーーーーーーン!!と思いっきりドアを閉めた。
ワインを・ ・ ・部屋で・ ・ ・一緒に・ ・ ・飲んだ・ ・ ・
だとぉぉぉぉぉぉぉぉ?!
クリフ、てめぇぇぇぇぇ・ ・ ・!!!!!
明日、無事にバイトに行ける幸運をしっかり噛み締めるんだな!!
俺にぶん殴られて骨折しなかったことを有難く思え!!
ちくしょー!!!!!!!!!!
クリフと・ ・ ・クレアさんが・ ・ ・一緒に・ ・ ・
しかも、隣の果樹園で・ ・ ・
明日からオレ・ ・ ・修行どころじゃなくなるな・ ・ ・きっと・ ・ ・
また、じいさんにどやされる・ ・ ・
あぁーーーーーーーっ!!!!!!
ちくしょー!!!!!!!!
はぁー・ ・ ・今夜はとても、眠れそうにねぇな・ ・ ・
夜の内にクリフの首を無意識のうちにシメにいかないようにするためにも、
オレは一晩中まんじりともせずに、徹夜させられるハメになったのだった・ ・ ・
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