|
(後編)
「ねぇ、クリフってグレイくんと仲、いいんだっけ」
食べ終わって再びベッドに横になりながら、何気ない風を装って。
「わりと」
驚くほどあっけない返事で少し肩透かしをくらった気分。
ひょっとして私が言いかけてること、分かっちゃってる、とか。
少し迷って・ ・ ・
「グレイくんって誰か好きなコ、いるのかな・ ・ ・」
クリフはその問いに対して、大層魅惑的に微笑んで言った。
「友人として忠告させてもらうなら、相手にされないと思うから
諦めた方がいいよ」
「ま、まだ何も言ってないでしょ、そんなこと」
いきなり引導を渡されて、柄にもなく口ごもってしまう。
「グレイはさ、おとなしくて芯の強いコが好みだからさ。
間違ってもクレアみたいに、ガサツでさ口が悪くて、思いやりが
なくて、男勝りなコは相手にされな・ ・ ・」
クリフの言葉が突然途切れた。
多分、私がいきなり布団をすっぽり頭から被ってしまったせい。
「ご、ごめん・ ・ ・いくらほんとのことでもちょっと
言い過ぎたかも・ ・ ・」
オロオロとした頼りない声が頭の上から降ってくる感じ。
「クレア。ねえ、クレアってば」
声が凄く近くで聞こえる。
そっと布団をめくってみると息が触れ合うほど、すれすれのところに
クリフの顔。
私がちょっと頭を持ち上げただけで、その頬に唇が触れる。
「うわっ?!」
まったく素晴らしい反射神経で、クリフはざっと軽く2メートルは
後ろに跳び退った。
驚いたように私を見るその顔は真っ赤で。
私はしてやったりとほくそ笑む。
「ウブいねえ、クリフは。たかがちょっとほっぺにキスしたくらいで」
すぐには二の句が告げないといった感じで、クリフは何度も
口の開閉を繰り返している。
「私と何年付き合えば分かるのかなあ。私があの程度のことで
メゲる人間じゃないって。イカることはあっても」
私はニッコリ笑いかける。
「さっきは随分なこと、言ってくれたわね。相手にされない?
その言葉、撤回させてあげようじゃないの。目標は・ ・ ・
そうねぇ。うん。春の女神祭のエスコート。これにしよう」
「そんなこと一人で決めたってどうしようも・ ・ ・」
言いかけてクリフは私と目が合って口をつぐむ。
「もちろん、協力者は必要よね」
「ボクに何をさせる気だよ」
クリフは既に早くも諦めモードに入っている。
いい心がけよね。
「グレイくんに目一杯私のこと、アピールしてね。
もちろん、さりげなくよ。クレアさんっていい人だよね。
一人で牧場立て直して健気だよね。頑張り屋だよね。って
ことあるごとに言ってね。何かの話のついででいいのよ。
ふと、思い出したように。ね。それくらいのこと、
あんたにだって出来るわよね」
私はにっこりと微笑みつつ、もちろん、凄みをきかせることは
忘れない。
「嫌だよ!!そんな心にもないことばっかり言えないよ。
第一、ボクが言ったって説得力ないよ、きっと」
「ふうん。私に逆う気?いい度胸してるじゃない。
いいのよ、別に。今日このままウチに閉じ込めておいて
明日になったら町中の人にあることないこと、言いふらしてやる」
「卑怯者」
精一杯の抵抗をにじませて憎々しげにクリフは呟く。
ふん。何とでもおっしゃい。
私は目的の遂行のためには手段を選ばないんだから。
「期待してるわよ。あんまり日がないからしっかりやってね」
少し食べ物を口に入れたおかげで、俄然力が湧いてきた私とは
対照的に、フラフラと今にもぶっ倒れそうな足取りでクリフが
帰って行く。
そして、いよいよ運命の日がやってきた。
もちろん今日まで私だって精一杯アピールしたわよ。
去年からストックしておいた彼の大好物のジャガイモ持参で
毎日、会いに行ったし、なぜか図書館通いを欠かさない彼の
目的がまさか読書とも思えなくて、さりげなく邪魔を
しに行くことも忘れなかったわ。
後はクリフの洗脳攻撃が効を奏してくれれば・ ・ ・
今日ばかりは行き違いになってもまずいので、泣く泣く
鉱石掘りも筍掘りも諦めて、ひたすら彼が来るのを待ち続ける。
なのに・ ・ ・
どうして?!どうして彼は来てくれないの?!
ギリギリまで待ち続けて、宿屋さんが閉まる直前に滑り込み
一気に階段を駆け上がる。
バン!!
突然の私の訪問にクリフは驚きを隠そうとはしなかった。
「どーゆーことなの?!」
「な、何が?」
クリフは私の剣幕に恐れをなして、ジリジリと後ずさりながら
問い掛ける。
「何が、じゃないわよ。今日と言う日がどういう日か
知らないわけじゃないでしょ!!私が頼んだこと、ちゃんと
やってくれたんでしょうね?!」
「ク、クレア・ ・ ・声・ ・ ・グレイに聞こえるよ」
トン!と背中を壁にぶつけてそれ以上下がれないのを
悟ると、今度は壁伝いにソロソロと横に移動しながら
恐る恐る進言してくる。
「うっとおしいわね。ジッとしていられないの?!
それより、グレイ君のとこ行って、明日のエスコート、
誰に申し込んだのか聞いて来て」
「って・ ・ ・それじゃあ・ ・ ・」
言いかけてさすがにまずいと悟ったのか、クリフは慌てて
言葉を呑み込む。
「いいからとにかく聞いて来て」
これはお願いしてるんじゃなくて、命令。
言葉では言わないけど、目で思いっきりそう訴える。
しぶしぶ・ ・ ・
その言葉をそのまま体に貼りつけたような足取りで
クリフは隣の部屋をノックする。
カチャリ・ ・ ・
パタン・ ・ ・
ドアが閉まった音を確認して私もそぉっと部屋を出て
グレイくんの部屋のドアに耳をくっつける。
「え?明日のエスコート?」
あぁ・ ・ ・グレイくんの声。
私と話す時とは少し違うのね。割とはっきりした声。
私と話してくれる時には、なんだかいつも少しくぐもった声で
つかえつかえで・ ・ ・あんまりはっきりしない声なのに・ ・ ・
「クレアさん?」
あぁ・ ・ ・グレイくんの口から私の名前が・ ・ ・
感激で顔がニヤけて・ ・ ・じゃなくて、口元がほころんで
しまうわ・ ・ ・
「なんで?お前、申し込むんじゃなかったの?いっつも
クレアさんの話しばっかりしてるから、てっきりそうなんだと
ばっかり・ ・ ・今もクレアさん、部屋に来てるんじゃないのか?
声が聞こえてたような気がしたけど・ ・ ・」
え?それって・ ・ ・
へなへなとその場に崩れ落ちそうになるのをかろうじてこらえ、
私は瀕死の重傷を負ったケガ人のようなおぼつかない足取りで
クリフの部屋に戻りつつ・ ・ ・
ああ・ ・ ・どうしてこんな事になってしまったのかしら・ ・ ・?
人選ミス?
大体、あの頼りないクリフに頼んだのが間違いだったのよ。
そうよ。そうに違いないわ。
私の脳裏にあの日の半熟目玉焼きがふわりと蘇った。
あのプ二プ二と頼りない感触で、フォークで突つくと、くにゃりと
ひしゃげる様がなんとなくクリフを連想させて、私はつくづく
情けない気持ちになりながら溜息をつく。
こうなったら次は誰に・ ・ ・
私は頭の中で目まぐるしく町の人の顔を思い浮かべながら
歯軋りしていた。
|