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(5)
その日の朝。
みんなに言っておいた時間よりも2時間以上も前に港につく。
見送られるのは辛いし、苦手だから。
昨日の夜遅くザクにだけそのことを言って、船も早い時間を
手配してもらった。
誰もいないはずの港に見覚えのある横顔を見つけて足を止める。
長い金髪、蒼い瞳。
ほんの少し会わなかっただけなのに、もう何年も会っていなかったように
懐かしい。
いつも傍にいたい。
いつも傍に居て欲しい。
そう願ってやまなかったヒト。
砂浜に積もってた雪を踏みしめる音に、その人影はゆっくりと
振り返ってこちらを見た。
「やっぱり・ ・ ・」
皮肉そうな笑いを浮かべて彼女は呟いた。
彼女が来ていることにボクもそんなには驚かなかった。
多分、かなり高い確率で彼女が来ることは想像していたから。
いや、違うな・ ・ ・
心のどこかで期待していた。
願っていた。
会わずに出て行こうと思っていたはずなのに・ ・ ・
「あなたのことだからみんなを騙してサッサと一人で
行っちゃうんだろうと思ってたわ」
自信に満ちた、ある意味憎々しい声音。
見抜かれてる・ ・ ・
そのことがけれど、ボクと彼女の結びつきの強さを物語っているようで
なんだか嬉しい。
ボクはこの場に似つかわしくないのを承知の上で、微笑んだ。
そんなボクを見て彼女は悔しそうに顔をひきつらせた。
そんな表情でも彼女はやっぱり酷く美しくて、ボクは彼女を
抱きしめたくなる。
「さよならも言わせてくれないつもりだったのね」
彼女は相変わらずキツい表情でボクを睨み付けていたかと思ったら
いきなりツカツカと近付いてきて、あっと思う間にボクは彼女に
抱きしめられていた。
牧場を立派に立て直したわりには、その腕はそんなことを
感じさせないくらい細くて、冷え切って酷く冷たかった。
服の上から伝わってくる、本当なら温かいはずの体温も
ヒンヤリとしていてどれほどの長い時間、ここで立ち尽くして
いたのかが感じられる。
「あなたにどうしても言っておきたいことがあって待ってたの」
ボクの胸に顔をうずめたまま、くぐもった声で。
「あなた、勘違いしてる。って言うより全然わかってない。
私がこの世の中で一番大切なもの。」
顔をあげた彼女の目がまっすぐボクに注がれている。
迷いのないきっぱりとした表情。
「それはあなただっていうこと。
牧場はもちろん、大切。でも、それが一番じゃない。
こんな簡単なことなのに、言わなきゃ分かって貰えないなんて・ ・ ・」
彼女の瞳から大粒の涙が幾つも零れ落ちる。
ボクは・ ・ ・
ボクはただ呆然として、彼女の涙を眺めていた。
何か言わなくちゃ・ ・ ・
そう思いながら胸の上にとてつもなく大きな石でも乗せられて
いるかのように苦しくて声を出すことが出来ない。
言われなきゃ分からなかった彼女の想い。
分かってるつもりで、結局何も分かってなかった彼女のこと。
ぶつかることが怖くてただ逃げていた自分の不甲斐なさが、
胸を締めつける。
牧場よりも大切に思ってくれてたなんて・ ・ ・
「・ ・ ・ごめん」
何から言ったらいいのか分からないけど・ ・ ・
「私がここまで言ってもまだ、一人で行くつもり?!」
問い掛けるクレアの口調はきっぱりしていて迷いがない。
彼女に・ ・ ・女のコにここまで言わせてるなんて。
ボクは・ ・ ・
ボクってヤツは・ ・ ・
ゆっくり彼女の背中に腕を回し、強く力をこめる。
ボクを映していた彼女の瞳に驚きの色が浮かぶ。
「今更だけどさ、ボクはやっぱりクレアのこと好きだって
よく分かったよ。いつも、いつも一緒に居たいと思ってた。
ずっと、ずっと・ ・ ・」
そうなんだ。
簡単なことだったんだ。
自分の気持ちに正直にぶつかること。
ただそれだけで良かったのに。
ずいぶん遠回りになっちゃったけど・ ・ ・
「ボク、クレアと一緒に生きていきたいんだ。
これから先もずっと・ ・ ・ついて来てくれる?」
クレアがきゅっと腕に力を込める。
ボクも負けずにぎゅっと力を込めたら
「苦しいってば・ ・ ・」
文句を言うクレアの泣き笑いみたいな笑顔が
たまらなく愛しくて、やっぱりボクはそのまま抱きしめていた。
まるで時が止まってしまったように、ずっと、ずっと・ ・ ・
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