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【4】
結局、俺が自力で自分の身の回りの事が出来るようになるまでの丸2日間。
何だかんだ仰りながら、先生が世話を焼いて下さって。
それはそれで申し訳なくて、けど、やっぱり有難くて。
自分が先生に対してそうさせて頂いてた時、先生もこんな気持ちになられたんだろうか、って
ちょっと想像してみたりもしながら。
けど、多分・・・・俺の方がもっとずっと、勿体無くて、有難くて、嬉しい気持ち、とそれを
まだほんの少し上回るぐらいの申し訳なさを感じてるんだろうな、とは思うんだけど。
何て言っても、性格に多少の難はあるにしたって、やっぱり、その指先からどうしようもない
ほど、素晴らしい作品を紡ぎ出される、大好きな憧れの先生でいらっしゃる事には違いないんだし。
とか、思うにつけ・・・・・・
「あ、の・・・・先生、こんな時にナンですけど・・・・お仕事の方・・・原稿は・・・・」
少しずつ元気も出始めて来ると、俺の心配は必然的にその方向に向かい。
「んだよぉ、お前。自分で言っててそのセリフの理不尽さとか、感じねぇ?」
先生ははっきり呆れた溜息を隠そうともせず。
「いや、だって・・・・俺のせいで先生の原稿を頂けなかった、とか言う事になっちゃったら、
俺、また、減給とか・・・・それよりも、中居さんに叱られますし」
「編集長、じゃなくて、中居、な訳?」
「え?あ・・・直接の上司が中居さんなので・・・・俺の不始末は中居さんに編集長に頭を
下げてもらう形になる事が多いみたいなんで・・・・」
「ふぅん・・・・・」
半目で俺をねめつけるようにして、軽い唸りを上げた先生はスクリーンの向こうに行かれた
かと思ったら、すぐにまた、戻って来られて。
「ま、一応?お前が寝てる間、暇で死にそうだったからな。他にする事もねぇんで、上げといた、
原稿」
「え?」
「病み上がりにいきなり、俺みてぇなうぜぇヤツの原稿督促業務とか、ヤだろうよ」
そうして先生はポン、と軽くメモリースティックをベッドの上に放り投げて。
「もうちょい元気になったら、ざっと目ぇ通してプリントアウトすればいいだろ」
「・・・・・・・先生・・・・・」
タオルケットの上にぞんざいに放り投げられたそれを拾い上げ、掌の中にそっと包み込む。
「んじゃ、そろそろお着替えすっか?汗、かいて気持ち悪ぃだろうよ」
そんな俺の感激を他所に、先生はいい事をしてしまった埋め合わせのように、また、そう言う
下卑た笑いを、わざわざ口端に貼り付ける。
「いや、大丈夫です。だいぶ身体も楽になって来たんで、今日は思いきってシャワー、浴びて
みようかな、って」
「あ、そ」
意外にあっさり引き下がった先生に、若干、不穏なものを感じないでもなかったけど。
「シャワー浴びて見て、それで、身体、大丈夫なようだったら、俺もそろそろ用なし、つーの?
あ、いや・・・俺様も面倒な我が儘坊主の介抱から解放されてやれやれ、ってか?」
「誰が我が儘坊主なんですか・・・・」
その言い草に苦笑を覚えながら。
「本当に・・・何から何まで、色々とありがとうございました」
ベッドから降りて深く頭を下げても、もうふらつく感じもなくて。
「ん。顔色も随分と良くなったみてぇだしな。もう大丈夫だろ。そんじゃ、俺、行くわ」
「あ・・・はい。3日間、本当にありがとうございました」
もう一度、深く頭を下げる。
「んじゃな」
軽く片手を上げてそれに応えて下さった先生の、滅多に見る事もないような、晴れやかな
笑顔の意味を、俺はそれから暫くして知る事になる。
「せ、せ、先生っ!!な、何なんですか、一体これはっ?!」
携帯を耳に押し当てたまま、俺は先生宅へ向うため、自宅マンションの廊下を走りつつ喚く。
「んだよ、お前こそ、えっらい鼻声じゃねぇかよ。まだ、完全に治ってねぇんじゃねぇの?
あんま無理して後で後悔する事になっても知んねぇぞ」
とか言うそうしたセリフからは、けど、先生が俺の体調に関して、本気で案じて下さってる
空気は感じられなくて。
「いや、とにかくね、もう入稿時間ギリギリなんで!」
「おぅ。原稿な。ちゃーーんと渡しただろうよ」
「ええ、戴きましたよ。それで、先ほど中を確認させて頂きまして!あ、あれは何なんですか、
一体?!」
「んー?主人公がぁ風邪で寝込んでる彼女の元に馳せ参じてぇ、甲斐甲斐しく世話を焼く?
ってシチュエーションのそれが何か?」
「って・・って・・・!書き直して下さいっ!!」
「んだよ。何でだよ。ちゃんと理由を説明しろよ、俺様に向ってそんなクチを利くからには」
一気に先生の声音がドスの利いた低いものに変わり。
そ、そんな風に脅されたって・・・ひ、引き下がったりなんかしないんだからなっ!
「何か拙い部分でもあんのか?物語りとして読者を楽しませらんねぇような内容だって言い
てぇの?お前は」
「そ、そんな事は・・・・」
「じゃあ、何で?何がダメでわざわざ書き直しを命ぜられなきゃなんねぇ訳?」
「そ、それは・・・・・・」
先生宅へ向い掛けていた足が止まる。
「何てったって俺様の実体験を元に書いてる訳だからな、これ以上のリアリティーはねぇだろうよ。
久々の自信作なんだけど?それをお前は書き直せ、と?」
・・・・・・・溜息
・・・・・・・溜息
・・・・・・・溜息
やっぱり・・・・転んでもタダでは起きないセーカクって言うか・・・・・・
もちろん、物語りとして何の文句もつけようのない?むしろ、普段よりもリキ入って、作者が
すこぶる楽しんでこのシーンを書上げたんだろうな、って事が読み手にまで感じられるぐらい?
・・・・・・・はぁぁぁぁぁぁ
これが活字になった時の・・・・
嘗て、先生の担当だった中居さんが、それに目を通さないはずもなく・・・・・
そうなった時の中居さんの無駄にテンション高い反応が目に浮かぶようでもあって・・・・・
勘の鋭い中居さんの事だから、この時期のこのタイミングでこの内容の、このシチュエーションの
元になってるものの出所まで、簡単に察しちゃうんだろうし・・・・・
先生、ってばほんとに・・・・・
どこまで俺を虐めて楽しめば気が済む訳、って・・・・・
こんな羞恥プレイって・・・・・
俺は会話の途切れた携帯の回線をらしくもなく乱暴にぶち切って。
そこが廊下の真ん中であるにも関わらず、涙ぐみそうになっていた。
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