|
【2】
18日PM17時。
社内に終業を知らせる柔らかな音色が響く頃。
「あ、中居くん?」
例のように、例の如く。
書類にせっせと目を通す傍らで、思い出したように呼び掛けられて。
「ちょっと手間を掛けさせて申し訳ないんだけどね。一足先に社を出てMATUYAに寄って
所用を済ませてから、例の接待のお店に来てくれる?」
とても上司が部下に向って指示しているとは思えないほどに柔和な声音で、柔らかく小首を
傾げる社長の様子に、もし、自分がオンナだったら、この瞬間にオチてんじゃねぇ?と言う
ような下らない思考を、つい、走らせてしまいながらも。
「所用、と仰いますと?」
顔では何食わぬ振りで、その用件を促す。
「行ってもらえば分かるようにしてあるから。必ず、その用事を済ませてから来るように」
そうして、先ほどよりはほんの少し上司らしく言葉を伝えられ。
「分かりました」
意味が分からないなりに、中居はそれでも席を立ち、素直に言いつけに従う。
指定された時間よりも早めに店に到着した中居は、上質この上ない佇まいを漂わせる店内には
不似合いなほどに、憮然とした納得行かなさそうな表情を隠そうともせず。
取引先よりも先に到着していなくてはならない事は、接待側として当然の配慮で、それにしたって、
そろそろ時刻は約束の時間に差し掛かろうとしていて。
肝心の接待主である我が上司はいつになったら姿を現すのかとやきもきし始めた頃。
匂い立つような、と言うのはこう言う事を言うのだ、と思い知らされるように。
店内に現れた待ち人は、上質なスーツを難なく着こなし、メートルに伴われてこちらに段々と
近づいて来る様は颯爽としていて、上品な美しさが漂う。
普段から見知っていて、見慣れてもいるはずの自分でさえが、溜息をつきそうな、こんな場所に
これほど華々しく映える人間もそうは居ないんじゃないか、と。
そんな事まで思えながら、中居は先ほどまでの仏頂面を取り敢えず仕舞い、余所行きの当たり
障りのない顔つきを浮かべた。
現れたのがもし、取引先であったなら、そこに更に人好きのする笑みを添える事も忘れないが。
「お時間ギリギリですね」
おっとりと席についたその様子がまた、悔しいほど嵌っていて、それはそれとして、つい、
普段なら口にしないような、少しあてつけがましいセリフが迸り出てしまい。
「ん?」
そんな中居の言葉は端からまるで気にもならないのか、相変わらず、吾郎はおっとりと笑みを
浮かべ、自分を正面から見詰めていて。
・・・・・正面?
そうして、ふ、と。
吾郎が席に腰を落ち着けてから初めてその違和感に気付いた中居は、一瞬、露骨に眉間に皺を
寄せた。
「ところで、大切な大切なお取引先は・・・いつ、おいでになられるんですか?」
そのセリフに吾郎が少しだけ楽しそうに、眉を持ち上げて見せて。
「今の中居くんの険しい表情で、全部、悟ってくれたんだと思ったんだけど、僕は」
してやられた、と言う気持ちが自然と迸る。
この店に来る前に寄るように指示されたMATUYAで中居を待ち構えていたのは、吾郎自身が
主に好んで自分の洋服を仕立てたりもする老舗の大手ブランドの店長で。
吾郎から発注されていたスーツをきちんと中居に合うように、最終的に合わせて欲しい、と
言うような内容の用件で。
更に、それをきちんと着用の上、接待の場所を訪れるように、と言う申し伝えまでされており。
たかが取引先との接待に、どうして自分までが?と言う懸念が微かに、けれど、確実に中居の
脳裏に違和感を伝えてはいた。
その懸念を抱いたまま店で吾郎の到着を待っていたせいで、いつも以上に愛想の宜しくない
顔つきになってしまってもいたのだが。
「既に賢明な中居くんの事だから、察しはついてると思うけど、今日の大切な大切なお取引先
って言うのは、他ならぬ中居くん、って事で」
満面に笑顔が咲くように。
余りに綺麗に微笑み掛けられてしまった事で、中居は後の言葉を続けられずにいる。
「だから、今日はもう仕事も終わりって事で。無礼講で行こうね?僕は中居くんのただの
友人の吾郎だから」
「・・・・・・誰がいつから、俺のただの友人になったんだよ?」
吾郎の方から仕事を離れて、と振ってくれたから、言葉遣いはいつもの自分のまま。
「え?ずっと昔、僕が入院してた頃から、僕と中居くんは木村くんを通じて友人関係にあった
はずたけど?」
・・・・・・嘘をつけ、嘘を!!
はっきり、まんま、苦虫を噛み潰したような表情を隠そうとさえせず。
「で?何か?こんな場所に呼び出して、わざわざこんな恰好までさせて?お誕生会をしてくれる、
っつーんか?」
「そんな露骨にイヤそうな顔しないでよ」
「これを嫌がらせっつわずして何つーんだ?俺がこーゆー場所がいっちばん苦手な事ぐれぇ
おめぇだって知ってんだろ?それにこんなカッコもな!!」
せっせと苦情を申し立てる中居の横をすっとギャルソンが通り過ぎ。
吾郎のすぐ横に立って。
「メニューをお持ち致しました」
恭しく頭を垂れて差し出されるそれを、吾郎が優雅な動きで手に取り。
同じものを中居の目の前にも広げられて。
一目見て、日本語と、そして英語でもない事を辛うじて読み取って、中居はすぐにそれを
ギャルソンに押し返した。
そんな中居の態度に吾郎は少し、眼差しの中にすまなさそうな色を浮かべて。
「今日のお勧めはある?」
だとか。贔屓目でなく、中居から見ても吾郎にそうして声を掛けられて、意気揚々と説明を
し始めるギャルソンは明らかに嬉しそうでもあって。
「あ、それ、美味しそうだね。じゃあ、それと・・・・後はね・・・・」
自分の説明にそうした相槌を吾郎から貰って、まるでそれが自分の手柄でもあるかのように
喜ぶ様を、それでも、その気持ちも分からなくはないよな、と、至って広い心で眺めつつ。
そう言う吾郎は自分から見ても華々しくて、誇らしい気持ちまでが湧いて来て。
自分と特に特別な関係にある、と言う訳でもなく、強いて言えば上司と部下、と言う関係が
自分の中では1番、しっくりと嵌ってもいて。
だから、さっき、吾郎自身が口にしてくれた友人と言う立場には、何となく違和感を感じない
でもない。
それほど親しい関係でもない、と言う認識は自分の中にはあって。
ただ、職務上、必然的に一緒にいる時間は長く、時にプライベートなスペースや、そうした
事にうもすもなく、立ち入らなくてはならない場面に遭遇する事はあるのだとしても。
だから、こんな風にして、本当は仕事抜きで一対一で吾郎と向き合っている、今現在のこの
シチュエーションが、実は何よりも中居を落ち着かない気持ちにさせている。
「中居くんがさー、こう言う場所が苦手だって事は僕も知ってるつもりではあったんだけどね」
そうして、吾郎はネタばらしをするように、ほんの少しだけ気まずげに、こんな打ち明け話を
中居に聞かせた。
「中居くんの誕生日に、普段からお世話になってる中居くんに何かしたいな、って思って。
でも、僕は中居くんとは個人的にそう親しい訳でもないしさ、かと言って本人に聞けないじゃん、
誕生日に何が欲しい?とか。恋人じゃあるまいし」
そこで何気なく吾郎の口から出された場違いな名詞に中居はぎょっとして口を開き、けれど
言葉を継げずに、また、吾郎から続けられる言葉を聞かされ続ける羽目になり。
「でね、うちには幸い、中居くんと幼馴染の木村くんが居るからさ。聞いてみたの。中居くんは
どういうのを喜んでくれるかな、って」
自分の知らない所でそうした会話をされている事自体が、中居にとっては既にどうしようもなく
気恥ずかしいものでもあって。
「そうしたらね、木村くんが中居くんは1回でいいから、こういう贅沢な場所で目一杯オシャレ
して食事してみたい、って言ってた、って・・・・」
露骨に中居の背後に氷のように冷たい、けれど、ゆらり、と立ち上る怒気を感じて。
「は、半信半疑だったんだよ、僕も。いつも仕事でこうした場所に同席させられる中居くんは
職務柄しようがないけど、本当は嫌で嫌で堪らないんだ、って事をね、取引先が帰られる
タクシーを見送るのと同時に、ま、それでも、僕にも遠慮がちには漂わせてたからね」
気付かれてたか、やっぱり・・・・・と中居は心の中で少しだけ唇を噛む。
本気で真剣に隠し果そうと思ったのだとしたら、それはそれで、全然、可能でもあっただろうが。
それとなく知らせて、出来れば・・・と言う思惑も中居の中で皆無ではなかったから。
「ただ、それは仕事だったからであって、プライベートは違うのかな、とか、さ」
どう考えたって木村がわざと自分に対して嫌がらせをするためだけに、吾郎にそう申告したに
違いない事は疑う余地もない現実にも関わらず、それでも、吾郎の中で、木村はそんな風に
して吾郎からの信頼を得ているのだ、と。
妙な所で妙な感心を感じながら。
「仕事でもプライベートでも真っ平だ」
漸く、開いた口から迸った言葉に、吾郎は若干、気落ちしたように苦笑を滲ませ。
「ま、それも一応、想定内だったからさ」
・・・・・想定内だったんなら、始めっから分かってて、わざわざ嫌がらせしてくれた、って
事なんだな?
と、中居の中で面白くない思いが走りもするが。
「まぁ、今日のメインは何も食事って訳じゃないからさ」
続けられた吾郎の言葉に中居はぎょっとしたように。
「ま、まだ、これ以上に何か用意してるとか言うんじゃねぇべ?!おい、もう勘弁しろよ。
折角、一応はこうやって俺の誕生日を、こんな形ででも?祝おうって思ってくれたおめぇの
気持ちまで無にはしたくねぇんだよっ!」
余りに切実に訴え掛けられた中居のセリフに、吾郎はきょとんと中居を見詰め。
見る間にその瞳に嬉しげな笑みが溢れ返る。
「な、何だよ?!」
ただ瞳の中に笑みを浮かべたまま、けれど、いつも煩いほどに饒舌な唇は、こう言う時に
限って、どう言う訳か綺麗な形の弧を描いたまま、言葉を発せられる事はなく。
「笑ってねぇで何か言いやがれ、おい!」
「あ、別に。ふふ。うん、何でもないよ」
「何でもねぇのに、何で笑ってんだ、おめぇは?!」
「うん、まぁ、それは置いといて・・・・・」
「置くなっ!」
「ほら、乾杯しよう?折角、こうしてセッティングした訳だから。中居くんのお気には
召さなかったみたいだけど」
「だからぁ・・・その気持ちは・・・・・」
そこまで言い掛けて、ふ、と中居は言葉を詰まらせ。
「その気持ちは・・・何?」
吾郎は瞳の中に先ほどとは違った種類の笑みを携えた。
「何でもねぇっ!!」
思いがけず中居の声が上品な店内に響いて。
「お客様?お静かに」
向かいの席から吾郎がふざけた口調で投げ掛けて来るセリフに、中居は忌々しそうに吾郎を
睨み返し。
「てめ・・・覚えてろよ・・・」
小声で、その昔、まだ、ほんの子供だった時代には俗に言うヤンキーと呼ばれた頃の迫力
そのままに凄む中居を、吾郎はにっこりとただ、笑ってやり過ごし。
「まぁ、とにかく、気分を改めてさ、せめて食事ぐらいは美味しく頂こうよ。一応、木村くんから
中居くんの食の好みもリサーチしといたからさ、どうしても食べられない、なんてものは
出ないはずだし」
そんな風に言い添えられて。
中居も取り敢えずは、それまでの不機嫌を幾らか鎮めて。
確かに吾郎が言った通り、そうした店にありがちな変わった食材、と言うか、中居にとって
口にした事もないような珍しい香草類だとか、そうしたものはまるで使われてなく。
コースのデザートまでをちゃんと美味しく頂けて。
食の選り好みの激しい中居にとって、それは余り経験のない珍しい事でもあって。
この席についてから、吾郎が料理を注文する所は自分の目でも確認済みで。
前以てコース料理等を準備していた訳でもないのに、これはもしかして、凄い事なんじゃないか、と。
そうした好みに関する色々を料理を注文する前から既に伝えられていて、それに基づいて
今夜の料理が拵えられたのだとしたら。
それはそうした階級では、割合、当たり前の事であったとしても、極一般的な家庭に生まれ
育った中居にとっては、俄かには信じ難い事でもあって。
「なんか・・・・」
言いかけて中居は一端、言葉を切り。
やがて思い切ったように。
「美味かったわ、マジで。こう言うとこのこう言う料理って、正直、これまであんましうめぇ、
って感じた事なかったけど、今日のはマジで美味かった。・・・・・・ありがとな」
「どう致しまして」
照れ臭さに茹で上がりそうになりながら、懸命に紡いだ感謝の言葉を、吾郎もまた、しっかりと
真正面から受け止めてくれたようで。
中居の表情にほっとしたような安堵が浮かび上がる。
「それじゃあ、いい雰囲気になった所で。今日のメインね?」
吾郎が切り出して来た言葉に、それでも、中居はそれまでのほんわかとした感覚を急に強張らせ。
「ちょ?何、企んでやがんだよ、おめぇは。もういい。もう十分だって。頼むから、これで
バースデーケーキとかゆって、花火の刺さったような、生演奏つきのバースデーソングとか、
ぜってぇに願い下げだかんな!」
「へぇ?中居くんにしては、意外にそう言うのも知ってるんだね?」
中居のセリフに吾郎はちょっと驚いたように、けれど、楽しげに笑って。
「さすがに幾ら僕でも、同性の友人相手にそんな恥ずかしい事はしないって」
そうした少し気取った空間であるにも関わらず、コロコロと声を立てて笑う、こんな吾郎を
見たのは初めてな気がして。
思わず、マジマジとそんな吾郎から目を離せずにいる中居が居て。
ひとしきり笑った後で、少し呼吸を整え。
「メインって言うのはね・・・・」
そうして、ジャケットの胸ポケットからやや細長い、丁度、商品券が入るぐらいの薄型の
箱を取り出し。
濃いシルバーグレイの包装紙に淡いブルーと紺の二色の細いリボンの掛かったそれを中居の
方に差し向けて。
「プレゼント」
す・・・、と。
音もなくテーブルの上を滑らせるようにして、手元に差し出されて来たそれに、中居ははっきり
見て分かるほど頬を紅潮させた。
恥ずかしい。
ただ、恥ずかしかった。
こんな場所で、こんな風に、同性の友人からプレゼントを渡されるシチュエーションなど、
中居のこれまで生きた来た経験のどこにも存在し得なかったし、また、あり得ない。
ただ、プレゼントを渡されているだけなのに、なぜ、こんな、泣き出しそうな羞恥にまみれ
なくてはならないのか。
「は、早く仕舞えよ、そんなもん!」
「・・・・え?」
「何、こっぱずかしい事やってんだよっ!何で、んなとこで、んなもん、渡そうとすんだよ?!」
低く押し殺した声音で、それでも、その声がはっきりと怒気を孕む。
「・・・・・え、と・・・じゃあ、どこでなら受け取ってくれるの?」
2人の丁度、真ん中辺りで、その薄い箱が所在無さげに、ただ、テーブルを彩って。
「ど、どこで、って・・・とにかく、ここじゃねぇどっか」
「ここじゃないどこか・・・・・」
中居の言葉をオウム返しして、吾郎はす、と。
差し出したそれを指先で引き戻した。
吾郎の予定では食事を終えて店を出た後は、それぞれにハイヤーで自宅へ戻る予定だったから。
とにかくここじゃないどこか、と言われて、少し一生懸命になって考え込んでしまう吾郎が
居て。
眉間に心持ち皺を刻んで、黙り込んでしまった吾郎に、中居は当たり前に良心の呵責に苛まれる。
恥ずかしさの余り、つい、あんな事を口走ってしまったけれど。
吾郎はただプレゼントを渡そうとしてくれただけで、自分のあの反応は幾ら何でも過剰過ぎた
んじゃないか、と。
「・・・・・あ・・吾郎・・・?」
つい、名前を呼び掛けてみて。
けれど、自分がそうして吾郎に、名前で呼び掛けてしまった事が初めてだった、と言う事実に
突然、行き当たる。
いつも木村の口から耳にする「吾郎」と言う名詞は、余りに自分にも馴染みあるものでは
あったけれど、それでも、自分がその名前を口にして直接、呼び掛ける事はこれまでなかった
と思えて。
ぱぁ・・・と。
無意識にまた、顔に朱が滲みそうで、その事がまた恥ずかしい。
吾郎は名前を呼ばれて顔を上げ、こちらに視線を当てていて。
けれど、どうやら中居があたふたと思うほどには、中居が名前で呼び掛けた事に関して、
頓着している風も見せず。
「・・・・あ、いや、その・・・・悪かったな、あ・・・さっきはあんな言い方しちまって」
「・・・・・・・・・・」
「え、と・・・その・・・さっきのアレ、今更だけどよ、え、と・・・渡してもらってもいいか?」
辛うじてどうにかそれだけを伝えて、中居は慌てて顔を伏せた。
「え?いいの?」
露骨に驚いた声が耳に刺さり。
「・・・あ、や、その・・・」
もごもごと口篭る中居に。
「中居くん、誕生日おめでとう。いつもお世話になってありがとう。これからも宜しく
お願いします、って事で」
す、と。
再び、落としたままの中居の視界の中にそれが差し出されて来て。
「お、おぅ・・・・サンキュ、な」
どうにかその言葉を伝えて、慌てて、それを自分の方に引き寄せ、慌しく胸ポケットへ
仕舞おうとする中居に。
「開けてみてよ」
吾郎の通告が突き刺さる。
「や、その・・・折角だかんな、うちでゆっくり・・・・」
「開けてみて」
言い訳がましく口篭る中居のセリフをぶった切るように。
再び吾郎の声がして。
んだよ・・・仕事ん時だって、そんな上からの物言いなんかした事ねぇくせしやがって。
何だってんだよ、一体。
それが吾郎にしては本当に珍しく有無を言わせないような口調でもあったから。
渋々、その場でリボンと包装を解いて箱の蓋を開け。
ご丁寧にその上、まだ何か封書に入ってるいるその中身を少し面倒そうに覗き込み。
刹那、中居の表情が一瞬のブランクの後、会心の笑みに変わる。
「マジでぇ?!」
迸った声を、今度は吾郎も窘めようとはせず、むしろ、酷く嬉しそうに見守っていて。
「3度の食事より野球が好きだって聞いたから」
「だ、でも、これ・・・・あ、すっげー嬉しいんだけどな」
そうして、浮かべられた会心の笑みは、間もなく、力ない苦笑に変わって行く。
「仕事休んでまでは行けねぇわ・・・・往復だけでも優に2日は掛かりそうだしな」
「もちろん、有給休暇つきに決まってるでしょ」
「・・・・・・・は?」
「いつも、いつも、中居くんには本当に助けてもらってるから。ほんとに感謝してるんだよ、
こう見えても。だから、そんな僕からのささやかなバースデープレゼント。3日間の有給休暇
つき、メジャーリーグ観戦チケット。本当はもう少し長く休ませてもあげたい気持ちは山々
なんだけど・・・・・ごめん。君が居てくれないと、色々とね、業務に支障を来して来る
部分もまた、否定出来ない現実でもあってね・・・・・」
心底、申し訳なさそうに、そう付け加える吾郎に。
昔から割合、それほど強い方でもなかった涙腺が、つい、緩みかけ。
慌てて、それを引き締めたせいで、若干、表情が強張る。
「3日ありゃあ十分」
そうして、吾郎の目の前にグッと親指を立てて見せて。
「サンキューな。今までもらった誕生日プレゼントん中で、いっちばん嬉しいプレゼントだわ」
そうして、袋から大切そうに取り出し。
「・・・・は?」
綺麗に重なり合っていた2枚のチケットがその瞬間、僅かにずれて。
「2枚あんだけど?」
「1人で行ってもつまんないでしょ?誰か・・・友達とか、ふふ、恋人とか誘って、ね?」
カクン、と確信的に小首を傾げて、瞳の真ん中を覗き込んで笑うその笑みが、いつもにも
増して小悪魔チックに中居には映ったのだとしても、それは仕方のない事だった。
|